044-2

「しっかし芹沢っていうヒト、チーフさんの同期なんでしょ? よくもまあ色んな口実思いつくねえ」


 Rudiblium本社地下研究所で、りおなが創ったぬいぐるみのお守り役を買って出た陽子は、チーフに小声で耳打ちする。

 当のりおなは厚いガラスで四方を囲まれた、一辺が20m程の闘技場にいた。ゆっくりとした動きでストレッチをしている。


「ええ、芹沢は昔から情報収集を何より楽しむタイプでしたから。ソーイングフェンサーの戦闘データともなれば、一番欲しい情報の一つでしょうね」


「それは解るんだけど、『冒険者』のスタフ族とRudiblium本社で開発中の合成ラーバ族の模擬戦?

 合成ラーバ族なんて建て前で、本当はりおなが縫浜市ぬいはましの公園で戦ってたヴァイスフィギュアのことでしょ。

 そんなのと戦わすなんて普通に考えたら相当悪趣味だねえ」


 陽子は闘技場そばで、パソコンを操作している芹沢に目をやる。

 遠目に見ても、誕生日に欲しかったおもちゃを手に入れた幼児のように、目を輝かせている。

 彼にとっては名目などは二の次で、早くソーイングフェンサーの戦闘性能を直接見たいのだろう。


 一方のりおなは闘技場の隅で懐からB4サイズほどの紙を2枚取り出して、眺めては頭を抱えてしゃがみこんでいた。


「心配ご無用よ、りおなちゃんだったらヴァイスフィギュアの10体や20体余裕でねじ伏せるわ」と、課長がフォローする。


「だといいんだけど。そういえば部長さんとこのはちゃんともみじちゃんは?」


「三人なら本社内の喫茶コーナーで休んでもらっています。

 部長はともかくお孫さんたちには、ヴァイスフィギュアなどは見せたくありませんからね」


 芹沢はガラス製の壁の一角をドアのように開けりおなに近づく。


「さてキトゥンさん、そろそろ我々が開発した合成ラーバ族と戦闘訓練ですが、準備はいいですか?

 キトゥンさんが普段ダンジョンで戦っている『落胆する者たちスタグネイト』とは少々違いますがまあ似たようなものですね。

 それで戦闘の際はこれをお使い下さい」


 芹沢は芝居がかった調子で、鞘に入ったナイフをりおなに渡す。ナイフの鞘には固定用のベルトがついていた。

「なんじゃ、こら」


 りおなはナイフを鞘から取り出し、武骨な鉄骨のはりの間から照らされるライトの光にかざして見る。


「それは地球の近代軍隊でよく使われる鞘付きナイフ、通称シースナイフですね。 ほかの呼び方としてはコンバットナイフとか塹壕トレンチナイフなどと呼ばれています。

 自動小銃などが復旧した昨今では、戦闘用としての需要はだいぶ減りました。

 それでも登山家や日本で中二病と呼ばれている中高生が、漫画やゲームの主人公の気分を味わうために購入することが多いようですね」


「…………」


 りおなは、目深にかぶったネコ耳フードの下で下唇を突き出す。

 ――業務用、んやグランスタフか、講釈好きは誰でも同じらしいのう。


「ああ、説明がそれましたね。そのコンバットナイフですがヴァイス、いやもとい合成ラーバ族に有効な武器で、急所をうまく切り裂けば行動不能にする事が出来ます。まあ、『心の光』を大量に吹き込んで浄化することまでは出来ませんが、ね」


 もったいつけて話す芹沢の話を、りおなはナイフを真上にに回転させて投げては鞘に納めるというのを繰り返して聞いていた。

 やがて口を開き研究所の奥、薄暗い一角を指さす。


「なんでもいいんじゃけど……あの奥に置いてあるでっかいのはなんなんじゃ? おまけに金ピカじゃし。

 創ったんは名古屋人か? ミサイルとかレーザーの代わりに、エビフライとかきしめんとかが発射されんのか?」


 芹沢は大仰に両腕を広げる。

「あれは、わが社でようやく完成した合成ティング族です。

 キトゥンさんも見たでしょう。

 本社近辺では未だに工業エリアを建設中ですが、重機型のティング族では対応しきれない、細かな作業もあの機体なら楽にこなせる。

 人間世界でも言うでしょう『必要は発明の母』だと。

 ミサイルやレーザーなんて標準装備されてませんよ、あれは工事用ですからね。意味のない破壊行動なんて愚の骨頂だ」


「金ピカなんはなんで? 安全対策か? 目立ちたいんか?」


 りおなの質問に芹沢から笑みが消える。

「あれは今朝がた急に塗らされたんだ。『派手で見栄えがする方がいい』とか何とか言われてな。

 さあ質問の時間は終わりだ、合成ティング種と戦ってもらおうか」


 芹沢は闘技場から離れ、近くに設置してあったパソコンのモニターを注視しだした。さっきまでとは明らかに様子が違う。


【開発を担当したのは我々だが、急遽カラーリングを金色に替えてくれと要請してきたのは大叢課長だ】


 不意に頭上から渋い声でアナウンスが聞こえてくる。

 りおなが辺りを見回すと、大柄な本社の社員が卓上マイクを持って話していた。

 すぐそばにいる芹沢は、明らかに不機嫌そうな顔をしている。


【我々としては作業用なら黒か黄色、他のティング族に目立たせるためなら赤がいいと思っていたんだがな。

 今朝、深夜近い時間に芹沢がたたき起こされて、作業員と一緒に突貫で仕上げたんだ。

 ああ、自己紹介が遅れたな。俺は五十嵐、本社の営業を担当している。業務内容は各地のダンジョン先行探索とスタグネイトの調査などだ。

 お前の戦いには興味がある。よく見させてくれ】


 そこまで言うと、五十嵐は隣にいる白衣を着た気弱そうなグランスタフに話しかける。言われた柴犬の顔の青年は闘技場に近づく。


「あの、では、これから模擬戦を始めます。

 もし痛くしたり、もうかなわないなとか思ったら無理しないですぐにこちらに言ってください。

 すぐにヴァ……じゃなかった合成ラーバを撤収させますから。

 あっ、僕は開発部担当の三浦といいます、よろしくお願いします」


 気弱そうなグランスタフは、白衣のポケットから肌色のゴム人形を一つ取り出す。几帳面に闘技場の隅に直立させた。


「芹沢さん、準備できました。始めてください」

 三浦が片手を挙げると芹沢は腕を組んだまま不機嫌そうにしていたが、マイクに顔を近づけ三浦に告げた。


【おい三浦、一対一なんて公園のお遊戯じゃないんだ。もう二体追加しろ】


「ええっ……はっ、はい……」

 三浦は驚いてりおなの方を振り向くがりおなは動じない。

 少しためらっていたが、ポケットを探りゴム人形をもう二体並べる。

 だが、そこでりおなが三浦に告げる。




「時間もったいないけ、五体でいいわ」

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