043-3

「セリザワじゃろ」

 りおなが先んじて答える。

「りおなが知ってるのでそんな気ぃ回してくるのんて、逆にそれくらいしか思いつかんわ。

 まあ、事前に情報知っとくのはいいけど、なんだかなーー」


「誰かの思惑通り動きたくない」りおなの後ろに座っている陽子が話を補足する。


「まあそういう事じゃねーー。結果が一緒でもそこに誰かの考えが絡むとのう。

 んでチーフ、もういっこの質問じゃけど」


「ええ、そちらも芹沢経由で新型の偽装マスカレードプログラムと、それに対応した通行許可証を入手しています。

 りおなさんとしては本意ではないでしょうが」


「うーーん……」

 りおなは上体を座席からずり落とさせて少し考える。りおなの考えを陽子が代弁した。


「要は手助けしてもらうのはありがたいけど、なんとなく貸し作ってるみたいで面白くない、と」

 陽子はりおなが腰かけている座席に両肘をついて、りおなを見下ろす。


「気持ちは解るけど、人生そんなもんだから観念したほうがいいって。

 それより相手とか周りを利用するくらいの気持ちでないと、これから先やってけないよ」


「そうは言ってもりおな、まだ14歳やけん。そんな簡単に割り切れんて」

 むすくれるりおなの返事に、陽子はしばらくくすくすと笑っていた。



「Boisterous,V,Cからそんなに離れてないのにえらい曇り空じゃのう」

 りおなはバスの窓から天を仰ぎ見て誰に言うともなくつぶやく。


 目前には高く武骨なコンクリート製の壁で囲まれた、巨大な要塞のような建築物がある。

 りおなは立ち上がって運転席に近寄り目を凝らすが、両端がどうしても見えない。

 まだ午前中にもかかわらず、車道のわきには街路灯が煌々と明かりをともしているが、視界はそれでも良好とはいえない。

 それこそ墨を溶かし込んだような黒く厚く立ち込めた雲は見る者の気分を落ち着かせなくさせる。

 同時に直径何kmかもわからないほど、濃いスモッグに覆われた城塞都市の威容も圧迫感しか与えてこなかった。


「なんでここだけこんなケムいと? 排気ガス?」


「いえ、直接的な関連は解明してないけど、伊澤が『縫神の縫い針』の持ち主になった時くらいからかしら。

 それまではここの空も他と同じくらい澄み切ってたんだけど」


 マイクロバスを運転しながら課長がりおなに説明する。

「それと同時期に外周を全部あんな高い塀で覆っちゃって、内側の中央にあんな高い本社ビルを建てちゃったの。それから社長もどんどん変わっちゃってね。


 もともとワンマンはワンマンだったけど、それでも会社はうまく回ってたの。

 でも『縫神の縫い針』を手にしてから、ささいなことで社員を左遷させたり『追い出し部屋』って呼ばれる閑職部署に閉じ込めたり。

 経験は浅いけど自分のいう事だけ聞くイエスマンを出世させてみたり。

 おかげで本社だけでなく地方も混乱しちゃって。

 それに加えて『大消失』でしょ、この世界は弱っていく一方よ」


「ですが、希望はあります。カンパニーシステム、それを実行できるのはりおなさんのソーイングレイピアだけです」


 チーフも運転席に近づきりおなに話す。一方のりおなの顔は苦いままだ。

「プレッシャーかけんでいい。んで、あんたが持っとんのは何?」

 りおなはチーフが手に持っているデジタルカメラを指で突っつく。


「このカメラで撮影したぬいぐるみのRudiblium本社の社員証、もしくは入場許可証を作れるカメラです。

 それと同時に社員証や入場許可証の情報は、本社のデータバンクへ何の痕跡も残さず上書きできます。難なく本社の敷地に入られます」


「またえらいハイテクじゃのう」


「ねえ、それじゃあ私たちは?」陽子も運転席近くに来た。


「りおなさんと陽子さんは、それぞれバーサーカーイシューとガラス繊維の着ぐるみに替えて下さい。

 その姿を撮影した上で同様に通行許可証を作成します。ネックストラップを着けますから決して外さないでください」


 マイクロバスは本社敷地のすぐ手前、10tトラックやコンクリートミキサー車、重機搬入用のトレーラーが多数停車している駐車場に入り、一旦停まった。

 言われるままりおなと陽子それぞれキジトラ猫の着ぐるみ、それに白いオオカミの着ぐるみに姿を変えた。

 チーフは座席にノートパソコンとプリンターを置き、それにデジカメをコードで接続してりおなから順に撮影する。



「ああ、福利厚生課のやしろさんね。Rudiblium本社には就職活動や社会見学を兼ねて入場、と。

 うん、ちゃんとタブレットに登録されてるな。

 面倒だろうけど、ここに代表して誰か一人出入表に署名とサインして。まあ形だけのものだから、ちゃっちゃっと書いてくれればいいよ」


 課長に勝るとも劣らない巨体の警備員は、本社入り口の詰所から出て太く笑う。

 風体は恐ろしげだがマスティフと同じ緩んだ顔を崩して、笑顔になると人懐こい印象を受けた。

 りおなはその様子を黙って見ていた。

 ――作戦のためとはいえ、こっちが騙す側になったみたいじゃなあ。少し憂鬱ユーーツじゃ。



   ◆



「やはりソーイングフェンサーは闇の攻撃『縛られた棺チェインド・コフィン』を克服したようだな。

 しかもこのRudiblium本社に堂々と侵入している。誰か本社の者が手引きしているのかな。

 安野君、心当たりはないか?」


 Rudiblium Capsaの代表取締役社長の伊澤は、本社セントラルビルの最上階のガラス張りの壁際に立ち下を見下ろす。

 安野は伊澤の10m程後方に立ち、少し思案したあと答えた。


「いえ、思い浮かびません。考えられるとすればソーイングフェンサーが独力で復活して、そのまま自力でここに来たのでは?」


 その返事を聞いた伊澤は面白くなさそうに鼻を鳴らす。


「そんな当たり障りのない返事はいい。

 今やこの社内、いやRudiblium Capsaにおいて信じられる相手など誰もいなくなった。経営者、いや統治者なんて孤独なものだよ。


 まあいい、真に経営陣に相応しいかどうかソーイングフェンサーは大叢君に対応してもらおう。

 彼が・・陣頭指揮を執っていたムーバブル・ヒュージティングが今朝完成したと連絡があった。まあ、勝つのは大叢君だろうがな。

 それに、こちらには『縫神の縫い針』と同等の能力を持った者もいる。ソーイングフェンサーがまた来ても返り討ちにするだけだ」


 伊澤は薄く笑いケースから煙草を取り出すが安野は動かない。伊澤は自分で煙草に火を点ける。紫煙をくゆらせゆっくりと吐き出した。


「ようやくこれで願いが叶うな」



   ◆



「ではここからは徒歩でセントラルビルへ向かいます。皆さん、お降りの際これをお持ちではない方は一枚ずつ受け取ってください」


 偽造社員証IDを首にかけ、写真と同じ姿に変装したチーフがマイクロバスを降りるぬいぐるみたちに、りおなの創った『作戦その一』を一枚ずつ渡していく。

 受け取ったぬいぐるみたちは嬉しそうにしていた。


 日本の郊外型ショッピングモールほどの規模の駐車場は、Rudiblium本社の関連企業に勤めているサラリーマンたちの足なのだろう。様々な乗用車が駐車していた。


「じゃあ、みんな出発しましょう。私について来てね」


 言いながら先導する課長はいつものセントバーナード、山岳救助犬の顔ではなくゴールデンレトリバー、クリーム色の長い毛に細長い鼻面が巨体の上に乗っている。社員証の名前はやしろに変わっていた。


「とりあえずセントラルビル、この都市で一番高い建物が目的地なので迷う事は無いと思いますが、課長にしっかりついていってください。私が殿しんがり、最後尾につきます」


 変装したチーフがぬいぐるみたちに告げ行軍を開始する。それを見たりおなはいつも以上に仏頂面になり陽子はくすくす笑う。


 ほんの50m程も歩かないうちに、たまりかねたりおながチーフに苦言を呈する。

「なあ、あんたの今のかっこうじゃけど、それで変装って成立すんのか? それで本社ビルに潜り込めたら、それこそ警備システム成立してると?」


「ちゃんと入り口の警備員さんも通してくれましたし、問題ないでしょう。何か怪しげに見えますか?」

 チーフは歩きながら自分の手をじっと見る。その体毛の色は普段のクリーム色ではなくチョコレートブラウンだが――――


「課長はちゃんと顔変えてんのにあんただけ一緒じゃ。変装のていなしてないじゃろ!」

 言われたチーフは首を傾げ陽子はお腹を抱えて笑い出す。


 チーフに与えられたかりそめの姿は、体色こそ違ったが身長や体形は全く同じ。極め付けに顔は普段の細い鼻面のミニチュアダックスのままだった。


「おまけになんじゃ、この社員証の名前は!」


 りおなはチーフが首から下げている社員証を指ではじく。

「名前、富樫・・のまんまじゃろ。どこまでザルなんじゃここの警備は!」


 言われたチーフはりおなに社員証をかざす。

「いえ、よく見ると違います。

 私の名前はウかんむり富樫・・ですがこの社員証の名前はワ冠の冨樫・・です。それに役職も極東支部ではなく本社福利厚生課ですから、まずは気付かれないでしょう」


 りおなは右手の付け根で額を押さえる。


「……この偽造社員証作ったのって……」


「芹沢です。まあ彼なりの遊び心なんでしょう」

「あははははははは、りおなも心配性だねーー。あーーおかしーー」


 いつも通り淡々と返すチーフ、歩きながら大笑いしている陽子、緊張した様子で歩くぬいぐるみたち。一行は本社ビルへまっすぐ進んでいった。


 ――あんにゃろ、明らかにこっちをおちょくっとるじゃろ

 作戦の事だけに集中したいのに、ぜんぜん関係ないとこでムダに神経使うわーー。

 緊張感ないと、いざっちゅうときヘマしそうじゃ。



 本社ビルが近づくにつれりおなの歩みは徐々に重くなっていった。

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