042-1 作 戦 elaborate

「なんか、長野県が舞台の……お医者さんの小説であったんだけど」


 陽子が焼肉屋で熱せられた金網に向かい、トングで厚切りにした肉をひっくり返しながらりおなに話題を振る。

 焼肉屋の中は仕事を終えたスタフぬいぐるみ族やティングブリキ族でごった返していた。


「うん」


「『この世には二種類の女がいる。一つは食わない女、もう一つは良く食う女だ』……だったかな?」


「うん」


「……今の私たちって……」


「『食う女』で確定でいいじゃろ」


 りおなは素早く両面焼けた肉を小皿に取り、上から粗塩を少々振り口に運ぶ。

 その様子はかなり鬼気迫るものがあった。


 『お疲れ焼肉』を兼ねた『作戦会議』をする。

 その流れで物騒な話をエムクマとはりこグマに聞かせるわけにいかないので、ふたりのクマは少し離れた課長と同じテーブルに座ってもらった。

 りおなと陽子、それにチーフは衝立ついたてで仕切られた畳敷きの部屋で同じ金網に向かっている。


「りおな普段は結構制限しとるけど、今日だけは別じゃ。『リミッター解除!』」


 小さく叫びつつ大皿に並べられた肉を、炭火で熱くなった金網に広げる。その様子は、とても味や雰囲気を楽しんでいる風ではなかった。


 ――うん、口に広がる味とか香り、食感は黒毛和牛じゃ。

 それもりおなのパパがボーナスが出た時に家族全員で行った焼肉屋の米沢牛、それとほぼ同じ味じゃな。

 んだけど、異世界Rudiblium Capsaで同じ牛が育てられてるわけないしにゃあ。


 何かの牛に近い、謎動物の肉なのだろうがそのことはあまり考えず、りおなは焼けた肉を次々に小皿、そして口へと運ぶ。


「りおな、気持ちはすごいよく解るんだけど、あんなやつの挑発に乗っちゃだめだよ。

 チーフさん、こう言っちゃなんだけどホントに世界って広いねーー。

 まさかぬいぐるみにあんな露骨な『口先番長』がいるとは思わなかったわーー」


 陽子はグラスに入ったビールに口をつけながら、同じ座卓にに同席しているチーフに話を向ける。


「高校卒業してすぐくらいに、使えない雇われ店長の下でバイトしてたけど、今さっきのグレーの何?

 今のやり取りだけで解ったわーー。ああコイツは『スタンドプレーの魔術師』だなって」


 チーフは少し考え込んでから自分の考えを述べる。


「……あまり自分の会社の上司の陰口を叩くのは、められたことではないんですが、噂には聞いたことがあります。

 大叢おおむら課長というのは元々はRudiblium本社勤務ではなくほかのヒュージティングの会社、自動車型のティング族を修理する会社に勤めていたらしいです。

 ですが、そこでの独善的な振る舞いが目立ったため、関連会社に出向させられたようです。

 そこでも専横的な動きが目立っでいたので、自然と孤立していったようですね。

 本人は『自分のような出来るサラリーマンは孤高の存在だ』、などと言い捨て出向会社を辞職したというのは聞いています。

 形の上では自己退職ですが下馬評では依頼解雇、ともすれば懲戒解雇に近かった模様です。

 彼が伊澤の娘婿というのは、運命の巡り会わせというかなんというか……」


「単純に『割れ鍋にぶた』でしょ。隣で聞いててもめちゃくちゃハラたったもん。

 それでチーフさん、あの『灰色アタマ』が言ってたヒュージティングって、TVアニメとかでよくある誰かが乗って戦うロボットってこと?」


「おそらく多分そうでしょうね。

 私も企画開発までは手がけていました。

 その際操縦者と搭乗するティング族との間に信頼関係、もしくは高いシンクロ率がないと稼働させることすら難しいはずです。

 対策としては魂のないティング族を重機のように操作するか、操作性そのものを向上させるかどちらかでしょうね。

 それと戦う戦術ですが――」


 チーフはりおなにヒュージティングへの対処法を話す。


「んや、それはやらん。あっこまでバカにバカにされて引き下がったら絶対いけんわ。りおながじきじきにやっつける。

 んで、チーフ、そのひゅーじてぃんぐの弱点ってなんかない?」


「いきなり他力本願? まー気持ちはわかるけどねー」

 陽子は苦笑しながら肉を金網に追加し、焼けた肉を和風おろしダレに浸して頬張る。


「恐らくですが、奴が言っていたヒュージティングは創られて間が無いはず。

 あるいはまだ完成していないと思います。

 加えて操縦者はあの・・大叢です。りおなさんが単独で戦っても勝機や付け入る隙は十分にありますね」

 ですが、と前置きしてチーフが話を続ける。

「やはり万全を期すためには一人より二人、です。そこでりおなさんのサポートを陽子さんにお願いしたいのですが」


「いいよ」

 特に気負うことなく、焼けた肉を取り皿に移しながら陽子が答える。

「もし言ってくれなかったら私の方で頼んでたわ。

 そのロボットを足止めして今さっきの『灰色アタマ』をけちょんけちょんにすればいいんでしょ?」


「まあ、ありていにいえばそうですね。

 ただ、市街地には砂礫されきの類いがほとんどないですから、陽子さんのグラスクリスタライザーの長所を最大限活かすため、それに被害を最小限にするためにも街の外に誘導する必要がありますね」


「え? 巨大ロボットが街中で暴れるなんてあるっと?」

 りおなはレモン入りの塩ダレに浸した肉を、口に放り込みながら驚く。


「あり得ますね、大叢は簡単な業務ではすぐ調子に乗ります。

 その上、少しでも自分の手に負えなくなると、大声で叫んだり周りに当たり散らしたりするというのが日常茶飯事のようでしたから。

 もっとも、Rudiblium本社勤務という事で、自覚を持ってぬいぐるみとして精神的に成長していれば話は別ですが」


「「ないない」」


 りおなと陽子は、同時に箸を持った手を左右に振りながらチーフに突っ込む。


「あの短いやり取りだけで解ったわ、こいつは仕事が出来んて。あんな自分を大きく見せるヤツが出来るわけないじゃろ」


「同感。巨大ロボットが街中で暴れる前提で作戦立てようよ。チーフさん、何か対策ない?」


 尋ねられたチーフは我が意を得たりとばかりに大きく頷く。

「もちろんあります。対ヒュージティング種のシミュレーションバトルが、携帯ゲーム機でできますからホテルに戻ったらみっちりやってもらいます。

 この作戦は二人のコンビネーションが必須になりますから、りおなさんだけでなく陽子さんにも参加してもらいます。

 ちなみに陽子さん、ゲームは普段されますか?」


「うん、異世界に来るときは壊れるのイヤだから持ってこないけど、アパートに戻ったら結構やるねえ。

 チーフさんあれ知ってる? 自分の身長くらい大きな武器持って、恐竜みたいなでかいモンスターと戦うゲーム」


「ええ、知っています。では、操作性はそれに合わせたものにしますか。

 もし必要なら、ヒルンドさんと連携しての操作も可能ですがどうしますか?」


「え!? そんな事出来んの?」


「ええ、こんな事もあろうかと、陽子さんとヒルンドさんのアバターは作成済みです。ホテルへ戻ったらさっそく――」


 チーフが言いかけたところで、テーブルの上でで肉をかじっていたタイヨウフェネックのソルが抗議するようにチーフにキイキイと鳴き出す。


「ああ、そうですね、ソルさんのアバターも作ります。少々お時間をください」


「もー、アンタは関係ないでしょ」

 陽子はソルの頭を小突くように人差し指で軽く押す。


「いえ、ソルさんの索敵能力、それを加味しておきましょう」


 黙々と焼けた肉を小皿、そして口に運んでいたりおながチーフに対して口を開く。

「んじゃ、カルビとタン塩とロースと、くし切りキャベツとシーザーサラダ追加」



   ◆



「皆川部長、『滞在』お疲れ様です。酒でもどうですか? つまみも買ってきました、一緒に飲みましょう」

 安いノートに何事か書きつけていた部長は、ボールペンを動かしていた手を止めた。

 部屋を訪れた珍客、芹沢に目をやる。

 服装は昨日と全く同じで普段のぴしっとした着こなしとは違い、妙に全体がよれている。

 ――なんだ? 普段と違って妙にハイになってるな。


 部長はテーブルの上の雑誌や新聞を床に下ろして、忌々しげに左腕に目をやる。

 自分をこの部屋から出さないように制御している『腕輪』を見たあと、芹沢に口を開く。


「なんだ? 何かいい事でもあったのか? 変にテンションが高いようだが」


「いいこと、なんですかね? いえね、我々グランスタフ、あなた方風に言えば『業務用ぬいぐるみ』ですか。

 搭乗して操縦可能なヒュージティングの試作品が、たった今完成しましてね。試運転にまでこぎつけられました。

 搭乗者は恐らく大叢課長になります、ご存知でしょうか」


「風の噂というか、こんな所にいても情報は嫌でも入って来る。

 どうやらこの部屋を含めたこの階の一帯は、伊澤の意に沿わないのが島流しにされる『追い出し部屋』の一角らしいな。

 なんでもあの・・伊澤の娘婿だとかなんとか。次期社長の話も上がってるとか聞こえてきたが」


「そうなんですよ! 伊澤の娘婿ですよ? それが現場に来るっていうのはどういうことか解ります?」


 芹沢はグラスにウイスキーを七割ほど注ぎ、氷も水も入れず一息にあおる。

「今以上に本社は混乱、いや混沌に陥るでしょうね。

 本社はRudibliumのすべてではないが、主要な都市や幹線道路、流通の統治機構も担っている。

 もし仮にあんな親子が二代にも渡ってこの会社を運営していったら、この先がどうなるか想像できますか?」

 芹沢は自分のだけでなく部長のグラスにもウイスキーをどぼどぼと注ぎ、またひと息に飲み干す。


「最終的に、素人が作るキャンプ場の食事のようになるでしょうね。ただのごった煮だ。

 人間界風に言えば『イヌも食わないシロモノ』になる。

 そうならないためにも早急に手を打つ必要があります」

 部長は芹沢を見つめたままウイスキーで舌を湿らす。芹沢は話を続けた。


「使い古された言い回しだが、ピンチはチャンスです。この際会社の腐ったうみは徹底的に出し尽くすに限る。

 そうは言っても、我々本社の者にとってカードが不足しているのもまた確かだ」


「持って回った言い回しはよさねえか、俺は気が短けえんだ。さっさと本題に入れ」


「これは失礼、あなた方は我々に無い切り札ジョーカーを持っている。ただ、切り札というものは単独では効果も半減します――――」


   ゴホン

 部長の咳払いで芹沢は居住まいを正し話を続ける。

「ソーイングフェンサー用の新たな装備イシュー型紙ステンシルを用意しています。

 ソーイングフェンサー本人には伝えていますが、私が直接渡すわけにもいかないので皆川部長、あなたにお渡ししておきます。ヒュージティング対策に役立てて下さい」


 そこまで話を聞いた部長は顔をしかめウイスキーをゆっくりと飲む。


「おいおい、なんか矛盾してないか? お前たちがせっかく創ったヒュージティングをりお……いや。ソーイングフェンサーに壊させようって言うのか?」


「ええ、ですからヒュージティングは、搭乗者の魂に呼応せず、命令にのみ反応して作動するタイプの物にしています。

 いかに頑丈でも、露骨に捨て石にするのは気が引けますからね。

 お坊ちゃん向けにチュートリアルまで作りましたよ。良かったら見ますか?」


 芹沢はタブレット端末をバッグから取り出し画像を部長に渡した。

 部長がタブレットを覗きこむと、体高18m程の巨大ロボットが映し出されている。

 二足歩行で人間の両腕に近い五本指のマニピュレーター。

 恐らくはカメラ機能が搭載されているであろう頭部に、全体的に黒のカラーリングになっている。

 画像をスライドさせると起動から各部分の操作マニュアル、オプションの兵装まで事細かに記してあった。


「これらのデータは富樫に『確認したらこちら側から消去するので、他のタブレットに移し替えて即座に消せ』とメールしておきました。奴ならこの意味を正確に理解するはずです」


「そこまでして俺たち、いや、ソーイングフェンサーに塩を送るという事は……」


「ご想像にお任せしますよ。それに本社の警備部と私は懇意にしてますからね。

 ここの監視カメラに我々が会っている画像が伊澤や大叢に漏れる心配はない。可能性があるとすれば、あなた方がリークする場合ですかね」


「そんな事あるわけないだろう、俺達は実質島流しに合ってる身だ。

 だいたいどこの誰だろうが伊澤らに売って、さ晴らししたい奴なんてこの世のどこにもいねえよ」


 部長たちがいる部屋からだいぶ離れた場所でなにかくだを巻く声が聞こえる。

 最近分かったことだが、部長とは違う理由で自宅へ帰れず、ここで安酒を飲んで時間をつぶしている社員らしい。


「それを聞いて安心しました。ではこちらで用意している型紙ステンシルは二枚です。くれぐれもよろしく」


 部長は芹沢から四つ折りになっている紙を二枚受け取る。広げて見ると表記は暗黒騎士ダークナイトとあったが――――




「おい、暗黒騎士もそうだが、このステンシルは何だ?」

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