040-1 観 光 sightseeing
「まあ、ちょっと腰落ち着けよう」
りおなはホテルの個室に入り内装を見渡す。
――間取りはけっこう広いにゃ。
ドアすぐにバスタブ付きのシャワールーム。おーー、ねこ足つきのバスタブ。一回は入ってみたいとか思っとった。
鏡台やテーブル、ソファーがあんのか。ベッドも大っきいにゃあ。これじゃったら2~3人軽く眠れるわ。
んでトイレは個室、当たり前か。
この世界のひとらぁはトイレを使う必要はぜんぜんないみたいじゃけんど、インテリアの一種として実際にも使えるようにしとるって話じゃったな。
りおなが気にすることでもないけど、一泊なんぼくらいするんじゃろ、日本じゃったら2万、いや5万円くらいするやもしれんな。
精神的な疲れでベッドに勢いよく腰を下ろしたりおなは、そのまま仰向けになりポケットからトランスフォンを取り出した。
『冷蔵庫』のアイコンをタップしてお菓子バケツをありったけ出現させたあと、お菓子を食べきれないだけ取り出しベッドに投げた。
ピーナツチョコをかじりながら窓に近づくと薄いカーテン越しに外の景色が良く見える。
「りおなー、入るよー」ノックの音と共に陽子が部屋に入って来た。
「なにむくれてんのー? せっかく買い物するんだから楽しそうにしなよ。全部チーフさんのおごりなんでしょ」
陽子はりおなを気遣ってか、りおなと腕を組んで喧騒の雑踏を歩く。が、当のりおなの顔は渋いままだ。
「りおなあんまり賑やかなとこ好かんけん。それに買い物ちゅうてもりおなのもんやないし、言ってみりゃ必要経費じゃ」
「それでもこの世界を活性化させるためには必要なんでしょ? だったらやることはひとつじゃない」
陽子は街並みに視線を移しながらりおなを励ますが、言われた方のりおなは気が気でない。
――まったく、歩きスマホとか危ないじゃろ。っちゅうかチーフにはおでこにも目がついとんのか?
りおな達を先導するチーフは歩きながらタブレット端末に目を落とし、それでも通行人をうまくかわしながらきびきびと歩いていく。
街の中は人間と同じサイズのおもちゃたちでごったがえしていて、常時仮装パレードでもしているかのようだった。
――まーー、このひとらにとってはこの感じが普通なんじゃろけど。
一行はネオンの明かりが少ない裏通りに入った。そこは近代化された表通りとは少し趣が異なり、古びた雑居ビルが多く立ち並んでいる。
中には大衆食堂や酒場があり大きなポリバケツがいくつか置いてある。点滅する街路灯も相まって少しうらぶれた印象だ。
「ここですね」
チーフに言われてりおながビルを見上げると、そこには“Wepon shop”という看板を掲げた7階建てのビルがあった。
ちょうど買い物を終えたらしい、金属製の生きたおもちゃティング族が手にショットガンを抱えている。目を丸くするりおなと陽子にチーフが告げた。
「ここはモデルガンや模造刀などのおもちゃの武器が多数販売されています。
この近辺に生成されるダンジョンにはノービスタウン辺りとは比べ物にならないくらい強力なモンスター『
それに合わせて武器を購入し『ウェアラブル・イクイップ』に変えていけば冒険者たちの戦力はさらに跳ね上がります。多めに購入して戦力増強を図りましょう」
「……うん、いいんじゃけどこんなん買うの?」
りおなは店頭に目をやる。
ガラスケースに陳列されているのは拳銃やサブマシンガン、コンバットナイフなどの素人目に見ても解るれっきとした『武器』だ。
――りおなよりおっきいぬいぐるみがショットガンとか斧持ってたらホラー映画じゃろ、興行収入10億くらいの。
「ええ、これらはただ買ってもただのモデルガンで、住人が長い間使って経験を積まないと武器としてあまり機能しません。
ですが『心の光』を吹き込めば、スタグネイトに対するストッピングパワーはすぐに跳ね上がります。
逆にこれくらいの装備が無いと、冒険者たちにはだいぶ負担になるでしょうね」
「わかったわ、ここで話してもしょうがないし中で話すか」
少々手狭な店内に入ると、迷彩柄のエプロンを着けた恰幅のいいクマのスタフ族がカウンターの中で銃身を磨いている。
店内を薄茶色で士官の服を着たシャム猫の店員があちこち掃除していた。
壁に展示されている商品は様々あり、銃火器だけでなく古今東西のステンレス製の刀剣やナイフ類、特撮番組や映画でよく見る架空の武器など種類は多岐にわたっていた。
りおなは有名な宇宙戦争映画を代表する光の剣の柄を手に取る。手元のスイッチを押すと1,3mほど光の刃が出現した。
「うわっ!」りおなは思わず声を上げるが陽子は大喜びだ。
「すごーい! ねー、チーフさんこれ武器として使えるの?」
「いえ、それはレプリカですから。ですが『心の光』を吹き込めば対スタグネイト用の武器になります。
熟練すれば強力な武器になりますね。せっかくですから買いましょう」チーフは買い物かごに剣の柄を入れる。
「いいけど世界観とか設定むちゃくちゃじゃな。もっちょい統一感とか出した方がいいんじゃなかと?」
「えー、おもちゃの国でしょ? りおな結構設定とかこだわる方?」
壁に展示されているハンドガンを構えながら陽子が尋ねる。
「まー、言ってもぬいぐるみがマシンガン撃ったり日本刀振り回してたらおかしいじゃろ」
「そのミスマッチが面白いんじゃない。この剣だって小っちゃいおじいちゃんが使いこなしてたし」
「そうですね、そういう武器が混在しているタイプのダンジョンRPGもありますから」
「んーー……」
りおなは生返事をする。
――いちおうりおな、『普通の感覚持ってる女子中学生』なんじゃけど。興味がないわけでもないけんど、あんましここでがっつり食いつきたくないにゃあ。
そんでも、冒険者たちのスタグネイト退治用ったら話は別やけ、慎重に吟味せにゃいけん。
「えーと、会計ね。
M92F五丁、シグザウエルP226五丁、デザートイーグル三丁、スパス三丁、MP5KA4が一五丁、G3が七丁、TOWが三丁。
それから模造刀新撰組版が八振り、バタフライナイフ、カイザーナックル、特殊警戒棒、トンファー、多節棍、ゴルフクラブ、有刺鉄線金属バット……」
レジにいるクマのスタフ族が会計をしてくれるが、りおなには種類が全く解らない。おとなしくレジを打っているのを聞いていた。
続いて一行は防具の店に入る。
背の高い猫のスタフ族がエプロンをしてカウンターに鎮座しているのは武器屋と同じだった。
だが、陳列されている防具は古代ローマや中国に始まって、西洋や日本の甲冑、タクティカルベストに機動隊の盾やヘルメットなどだった。
――やっぱし防具屋もカオスじゃな。『おおきいおともだち』みたいに好きな人は好きなんじゃろうけど。
黙々と防具を選んでいくチーフに対し、りおなは文句を言う事も出来ない。
黙ったまま西洋甲冑の五本指の
「それじゃあ稀代の変身アイドル、ソーイングフェンサーの大江りおなさんが、おもちゃの武器と防具に『心の光』を吹き込みます。張り切ってどうぞーー!」
りおなの部屋のベッドに腰かけてぱちぱちと拍手をする陽子に対して、りおなは渋い顔になる。
ホテルの部屋に戻ったりおな達は、フローリングの床に買い込んだ武器や防具を並べる。
武器の種類はナイフ類にステンレス製の模造刀、モデルガン、電動ガンにBB弾を詰めた容器など多彩だ。もちろん光の剣の柄もある。
タイヨウフェネックのソルはベッドに出したお菓子を目ざとく見つけ、大喜びで定価十円の駄菓子をかじっていた。
「別に見るのは構わんけど、まぶしいだけで面白くないけん」
「この世界のためにやってるんでしょ? お世辞じゃなくてすごいことだよ」
手放しで褒められるのにむず痒さを覚えながら、りおなは一つ息を吐きソーイングレイピアを構える。
「かなり光が強くなりますからサングラスをかけてください」
陽子は言われるままレノン風のサングラスを着ける。
りおなは目を閉じてソーイングレイピアの柄を眉間に当て、強く念じるとレイピアの剣針が強く光った。
そのままレイピアで床に所狭しと並べてあった武器や防具を指し示すと、おもちゃの武器や防具は順に浮かび上がった。
りおなはおもちゃの武器が光り輝くイメージ、それにスタグネイトたちの中に巣食う落胆する気持ちが解放されるイメージを思い描いた。
剣針で示された武器は順に輝きを増し、それ自体が光を放ちだす。
ソルはお菓子を食べるのをやめ、不思議な光景に目を奪われていた。下に黒いふちどりのある大きな目を細めてじっと見ている。
光が止むと順に武器は床にゆっくりと音も無く降りた。りおなは深くゆっくり息を吐く。
「お疲れさまです、成功ですね」
言われたりおなはレイピアのミシンの形をした護拳部分で、ぽんぽんと肩を叩く。チーフは携帯電話を操作しておもちゃの武器を亜空間に収納した。
「んで、この武器はこの街のヒトらに配んの?」
「いえ、ここであまり目立った動きをすると必要以上に警戒されますから、この武器はノービスタウンの冒険者に提供します。
ローグ商店のラーウスに安く譲った方がいいですね。ノービスタウンの冒険者たちには順を追ってこの街、Boisterous,V,Cに来てもらいます」
「あー、そうじゃね。あの仔猫店長元気にしてるじゃろか。
あとそうだ、この街には冒険者ギルドとかはなかと?」
「もちろんあります。あの裏路地近辺の地下にあり、スタグネイト退治で生計を立てている住人が多く集まります。
ですがりおなさんが訪ねるのは無事部長を助け出してからですね。
まずは私たちが今やれることをやりましょう」
そう言うとチーフは大きな紙を何枚か出現させる。と、同時にりおなは眉間にしわを寄せ下唇を突き出す。
「……えーと、富樫主任さん、それはなあに?」
大きな紙を広げながらチーフは告げる。
「もちろん新たなステンシルです。芹沢が開発を継続していた
「それはいいけどなんで二枚もあると?」
「それは――――」
チーフの説明を受けたりおなはトランスフォンを取り出し変身解除して部屋から廊下に出ようと駆け出した。そこへ陽子が止めに入る。
「なんで逃げるのー? チーフさんはりおなの事を思って装備品用意してるんじゃない」
「イヤ、もうイメージ悪すぎる! あんなん創って着るくらいじゃったら一生この異世界で過ごす!
大体いっこだけでもイメージ悪いのに
りおなは部屋のドアをつかんでわめきだす。なだめる係は自然と陽子になった。
「いまどきそんなドロボウいないって、いつの時代よ? チーフさん、
「服装としては白いショートトップのブラウスに黒いミニスカート、黄緑色のバンダナです。
主な能力は察しの通り相手が持っているアイテムを気付かれずに奪い取ることですね。
もっとも、スタグネイトと違い、ヴァイスフィギュアはめぼしいアイテムが無いので実用性は薄いですが他のイシューより素早さが特化しています。もう一つのイシューは――――」
「んじゃ、シーフだけ創る。他はいらん!」
「そんな事言ったって、その装備創らないと、また真っ黒いの受けて病気みたいになっちゃうよ。創り終わったら晩ごはんみんなで食べようよ」
いつになくごねるりおなを、陽子がなんとかなだめ変身させる。りおなは不平不満を並べながらもなんとかシーフの装備だけは創る。
「ではもう一つの装備ですが――」
「んじゃ服だけ創るわ。その素材注入とかは暗黒騎士ともう一つステンシル貰ってからやる」
「そうですね、ですが再び伊澤と遭遇する機会があれば……」
「まあ、それは今考えてもしょうがないんじゃない? とりあえず創って晩ごはん食べようよ」
りおなは無言でうなずく。時間を見ると7時を少し回っている。チーフが取り出した赤紫色の布にレイピアの切っ先を向けた。
「あー、美味しかったーー」
ホテル一階で陽子やぬいぐるみたちと一緒にビュッフェスタイルの夕食を満喫したりおなは
自室に戻ってベッドに仰向けになってくつろいでいるとノックの音が聞こえてきた。
「りおなさん、少しいいでしょうか」
「うん、いいよー」返事をしてからりおなは上体を起こす。
「ああ、休んでいたままでいいので話だけ聞いていて下さい」
チーフに言われるまま上体をベッドに預け、両腕を上に伸ばし大きく伸びをする。
「今さっき芹沢から連絡があって部長の『引き渡し』は
その際りおなさんが創ったぬいぐるみをなんにんか見せて欲しいとのことです」
「うん、わかったけんどなんであさって? 部長ほっといたらアル中になるんとちがうの?」
「下準備があると言ったら、芹沢は構わないという返事でしたので、ありがたく一日使おうと思いまして。
部長には……まあ我慢してもらうしかないですね」チーフは少し苦い顔をする。
「その、部長を一日待たすのってなんか作戦でもあんの?」
「ええ、内容としては古典的というか、誰にでも思いつきそうなものですけど、陽動とかかく乱というかそんな感じです」
「まあいいや、具体的にどんなことすんの?」
「それはですね、――――」
チーフは作戦の概要をりおなに説明する。
「却下」
りおなは食い気味に返事をした。
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