034-3
「チーフ、もしヴァイスフィギュアじゃとしたらどこに何体くらいおる?」
「特定……できません。悪意が大きいのかヴァイスとまた違うのか、まずは広場の住人たちを守りましょう!」
チーフに促され、りおなは広場中央に出る。
こんな状況下でも部長は鈍感なのかそれとも自分が歌っている曲に入り込んでいるのか動じた様子もなく歌い続けている。
――……ったく、こんの非常時にーー、まあみんなが必要以上に心配せんからいいか。
「部長はともかく住人たちに動揺を与えないように捜しましょう」
チーフに小声で言われたりおなは住人たちに気取られないように忍び足で周囲を警戒する。
――なんじゃこの全身にまとわりつくみたいな気持ち悪い感じ。
頭の上のネコ耳もあちこち向き変えるから余計落ち着かんわ。
ネコ耳が悪意の発生源を特定できないのだ。
そんなりおなたちの行動を知ってか知らずか部長は朗々と歌い続ける。
「ありがとう、みんな。これで終わるがアンコールがあれば聞くが何かないか?」 ギターを片手で高々と上げ皆に告げる。
――何をのんきしとんのじゃ。まあ部長に当たってもしゃあない、探さんと。
不意に、空気を裂くような音がして暗闇の中を何かが飛び、広場中央の消えかけた
突然衝撃を受け、熾火は激しく燃え上がり火の粉や火がついた炭が辺りに飛び散る。
その飛散した熾火をもろに背中に浴び、部長はおおげさに飛び跳ねて背中を払いながらあちこち走り回る。
「あぢっ! あぢぢぢぢぢぢ! なんだ!? 何が起こった!?」
それがきっかけで開拓村の住人たちにも動揺が走り、騒ぎ出す。
バーサーカーイシューのネコ耳が、村で一番大きな建物の上を向いて激しく震えだした。
りおながそちらに顔を向けると暗がりに何か人影のようなものが見えた。
シルエットは若い女性のようだが、りおなはその姿や立ち居振る舞いに見覚えがあった。
――あの妙ちきりんな変身アイドルのような姿は間違えるわけない。
「あいつは……」
「盛り上がってる中すいませーん、失礼しまーす、天野でーす!」
能天気な言動とは裏腹に、出所が瞬時に特定できないほどの悪意を周囲にまき散らしている。不快感で顔をしかめているりおなに対して天野は大声で話しかけてきた。
「こないだの今日ですいませーん! 皆さんに迷惑かけるつもりはないんですけど社長命令でぬいぐるみひとり連れて来いって言われててー。
申し訳ないんですけど出してもらえます?」
口調は割に丁寧だがひどく馴れ馴れしい。りおなとしては口も利きたくなかったがしぶしぶ話をする。
「誰もやらんけんじょ、一応聞いとくわ、連れてくって誰を?」
「あー、それはこっちで勝手に連れてくんでお気遣いなくーー」
両手をひらひらと振って愛想を振りまいているが、りおなとしてはこの間の今日でだいぶ機嫌が悪い。
開拓村の住人たちをチーフと課長、冒険者たちが前に立ちこどもや戦いに向かない住人を守っている。
「あんたらにやるようなぬいぐるみはないけん、さっさと帰れ、二度と来んな。
ってゆーか人と話すんのに高いところいるな! 降りてしゃべれ!」
「えー、こっちは用事済んだら帰りますから大丈夫ですよー」
天野は両手を後ろ手に構えてから前に突き出すと、両手いっぱいに何かを握っていた。それをばらばらと広場に投げる。
「なんじゃ?」
りおなの足元にも落ちてきたそれは薄ピンク色の小さいゴム人形だった。かすかにだが確かに悪意を感じる。
りおなが天野にこの人形は何か問い質す間もなくゴム人形が見る間に膨れ上がり立ち上がった。
身長175cmほどの大きさまで膨れ上がった20体ほどの人形はりおなの周囲をぐるりと取り囲む。
頭部は裸電球のようにつるりとしたいわゆるのっぺらぼうで、身体の下の方にかけて黒鉛でも塗りたくったようにどす黒く変色していた。
各々手に特殊警戒棒に似たロッドを持って一斉にりおなを殴りつけるように高く構えた。
「――ったく、戦闘員かい」
りおなは一言つぶやき、右手を伸ばして強く念じる。手のひらから棒状の光が溢れ出しソーイングレイピアが瞬時に現れた。
レイピアの柄を強く握って左足を踏み込み人形一体を一刀のもとに切り伏せる。
人形の胴体からオレンジ色の光が立ち昇り元の小さなサイズに戻った。
建物の上にいる天野は人形が一体倒されたにもかかわらず、嬉しそうに拍手をする。
「すごーい! 量産品で試作型とはいえヴァイストルーパーを一撃で倒すだなんてさすがソーイング
「レイピアじゃ!」
天野の歓声に大声で突っ込みながら彼女がヴァイストルーパーと呼ぶ人形達を数体切り倒し、広場中央にいる住人たちに近づく。
りおなが創ったぬいぐるみたち、それにこの世界に元からいる子供のスタフ族はヴァイス達におびえ縮こまっている。
りおなはヴァイスや天野を警戒しつつ住人たちをざっと見まわす。
――方法は解らんけど、天野は『ひとり連れ去る』とか言ってたな。誰を連れてくかがわかれば守りやすくなるんじゃけど――――
「やっぱし全員やっつけるしかないか」
住人たちを背に向け、飛びかかって来るヴァイストルーパーを順に倒していく。残りは五体になっていた。
だが、天野は全く動じた様子も無くまたもや両手を後ろに回しさっきよりも大きな人形を二つ出して広場に投げつける。
「やっぱトルーパーだけじゃ負けそうなんで二体追加しまーす! 今度のはちょっと強いからくじけずに頑張ってくださーい!」
地面に落ちた人形は、はじけるような音と共にみるまに膨れ上がる。
二体とも恐竜の頭部を持つ2mほどの巨体に変貌を遂げた。
一体は背骨に沿って大きなヒレが何枚も並んでいて、もう一体は額とはなに角が三本生えている。
二体のフィギュアが咆哮を上げるとりおなの後ろにいる住人たちはさらに縮こまった。
さらに強まった悪意に対してりおなはレイピアを構えたままヴァイスフィギュア達を注視する。
すると、頭のネコ耳が激しく震えだしバーサーカーイシューに変化が起きた。
今までのゆったりしていた胴体を覆う部分が細く絞まりタイトなミニスカートに変わった。
太腿や二の腕は半透明、シースルーになり、対照的に肘から先とひざからつま先までの部分が大きく膨らむ。
顔を覆う部分はネコ耳を残して顔にぴったりと張り付いた。バーサーカーイシューの変化が終わるとりおなの全身に力がみなぎる。
「すっごーい! 多段変身だーー! かぁーーっこいーーい!」
相変わらず高見の見物を決め込む天野が楽しそうに声を上げるが、りおなは取り合わない。雑兵のヴァイストルーパーを素早く斬りつけ全滅させた。
「それはバーサーカーの戦闘モードです。移動スピードや攻撃力がさらに上がります」
「みんなのことは私たちで守るからりおなちゃん、ヴァイスをお願い!」
チーフと課長、それに背中に焼け焦げをつけた部長が住人たちを守るのを見て、りおなは改めて二体のヴァイスフィギュアに向き直る。
「背中にヒレが生えているのはステゴヘッド、角が三本生えているのはトリケラヘッドって言いまーす! 頑張ってーー!」
――自分で怪人フィギュア出しておいて、頑張れもなんもないじゃろ!
りおなは天野の言葉には反応せず、状況を冷静に判断する。
――ヴァイスは二体、見た感じヒレが生えてんのはパワー重視、角が生えてんのは攻撃力重視じゃろ。
それに、とりおなは敢えて視線を直接向けず視界の端でへらへら観戦している天野を確認する。
――この二体でりおなを引き離している間に、あのバカ変身アイドルみたいなんがぬいぐるみをさらっていくつもりじゃろ。
方法が解らん以上ぬいぐるみ達と距離を置きすぎるのは危険じゃな。
突如ステゴヘッドがりおなに向かって距離を詰め上体を揺らしたかと思うと、鋭い棘のついた尻尾を振り回してきた。
りおなは
一瞬のスキを見逃さずにりおなは両脚を斬りつけ機動力を削いだ。
すぐに跳躍し肩口から腰にかけて一気に切り裂く。オレンジ色の光が立ち昇りステゴヘッドは元の人形に戻った。
だが、間髪入れずトリケラヘッドが2mを超す巨体をかがめてりおなにタックルを仕掛けてきた。
りおなは内心で舌打ちする。
――左右によけたりジャンプしてかわしたらみんなに突っ込んでまう。
それ分かった上で攻撃してきよるな。
りおなは軽く跳びあがり身体を丸めてヴァイスの鼻の上の角にふわりと足を添えるように乗せた。
そして一言つぶやく。
「ご存知、『ネコキック』!」
次の瞬間、りおなの身体は一気に伸びる。
轟音と派手なエフェクトと同時にトリケラヘッドの巨体が大きく荒野に吹っ飛んだ。
反動でりおなも飛ばされるが、宙返りをして体勢を立て直し着地する。
――天野は……どこじゃ? ……おらん!
りおながどこに行ったか周りを見回すよりも先に「はい、十分楽しめましたー」
背後から声がした。ぞわりとした悪寒にりおなは反射的に背後にレイピアを振るうが天野に軽くかわされる。
「もっと遊んでたかったですけど仕事しなきゃダメなんでーー、用件先に終わらせちゃいますねーー」
天野は右手を後ろに回すと一辺10cmほどの正直方体の黒みがかった銀色の箱を取り出した。
「これはですねーー『ポータブルジェイル』って言って投げて最初に当たった人とかものを内側に閉じ込められる便利なアイテムなんですよーー。これで頼まれてたぬいぐるみを連れていきますね」
どこまでも得手勝手な振る舞いを続ける天野に、りおなはレイピアで斬りつける。 だが腰に付けた大きなリボンをひらひらさせ、天野は余裕で宙に飛んでかわす。
「みなさん、散らばって逃げて下さい!」
自分のスーツを脱ぎぬいぐるみひとりにかぶせたあとスーツごと抱えたままチーフは叫ぶ。その声を合図にして開拓村の住人たちは蜘蛛の子を散らすように広場から離れる。
「にがさないぞーー! 待てーー!」
天野はチーフの前に軽快に回り込んだ。チーフの隣には部長もいる。
「へっへっへっへっ、もう年貢の納め時だーー! そいつをよこせーー!」
言いながら天野は天野は手に持った箱を、チーフが抱えているスーツめがけてなげつけた。
次の瞬間、辺りを閃光が迸る。空中に投げ出された箱を天野は両手でキャッチする。
「えへへへへへへ、これにて任務完了ーー。これでお家に帰られるわーー。
みなさーーん、お疲れさまーー……って言いたいところだけど、もう一つ仕事があるんですよねーー。
送迎ってホント大変」
言いながら天野は新たな銀色の箱、彼女の言うところの『ポータブルジェイル』を取り出した。
地面にそっと置いて、上のスイッチを押すと先ほどと同じような閃光が迸った。
「あれは……!」
チーフと課長が同時に息をのむ声が聞こえる。箱が置かれていた所には何か肥った姿の影が見えた。
「久しぶりだな、富樫、それに寺田。天野、あれがトランスフォン、そしてその力で変身してソーイングレイピアを操る少女、ソーイングフェンサーか」
頭部がヨークシャーテリアだが貫禄とは程遠い脂ぎった身体を無駄に高そうな三つ揃えのスーツとネクタイで包んでいるが、それが逆に下卑た印象をさらに強めていた。
さらには猜疑心に満ちたような無遠慮な視線でりおなの身体をじろじろと見てくる。
「そーです、今ヴァイストルーパー20体とステゴヘッドを蹴散らしちゃいました。さっすがですねー」
「そうか、そして後ろにいるのがソーイングレイピアで創られた新しいスタフ族、『ネスタフ』に『心の光』を吹き込んで創られた装備品『ウェアラブル・イクイップ』か。なるほど素晴らしいな」
容姿と同じ粘着質な声でりおなに話しかけてきた。
「急に現れて誰じゃのアンタ? 見たところえらっそうじゃけど」
トリケラヘッドに対する警戒を解かずにりおなが尋ねる。
「ふん、俺が誰かだって? 富樫、説明してやれ」
りおながチーフの方を向けると彼は絞り出すような声でりおなに告げた。
「奴は伊澤、Rudiblium Capsa本社の現在の社長です」
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