4話 転入生
みるくに呼ばれてD組の教室へと足を踏み入れた少女に、みんなが驚嘆したように息を呑んだ。
さらさらの銀髪。すらっと長い手足に、ほっそりとした胴体。ガラス細工のように洗練された顔造形。
誰あろう――御影がB組男子の魔の手から助けた、あの銀髪少女だった。
「うおおおおお! 超絶美少女キターっ!」
「銀髪! 銀髪!」
「ありがたやありがたや。神は我らを見捨てておらなんだ……」
銀髪少女――それも文句なしの見目麗しい少女の登場に、みるくの性別発覚に盛り下がっていたD組男子のテンションが一気に急上昇した。
完全にお祭り騒ぎと化した男子どもに、
「はいはい落ち着いて~。今からちゃんと紹介するからね~」
とみるくが平素と変わらない緩い調子で場を静める。
「それじゃあ紹介するわね~。今日から皆さんのお友達になる、アイン・ソードフェルトさんよ~」
言って、みるくは銀髪少女――アインを隣りに立たせて、みんなに見えるように正面を向かせた。
「アインさんからも一言お願いしてもいいかしら~?」
「はい」
アインはそう抑揚なく頷いて、入室してからというものずっと無表情のままで――人形じみた顔で口を開いた。
「アイン・ソードフェルトです。よろしくお願いします」
なんというか――クールな見た目も相俟って、感情が窺えない無味乾燥な自己紹介だった。
また、表情を一切変えないせいもあって、ただでさえ人形っぽい雰囲気が強調されて、より無機質な印象を抱かせる。出会った当初からそうであったが、転校初日だというのに、彼女にしてみれば動じるほどのものではないということなのだろうか。だとするならば、御影が抱いた第一印象――肝っ玉が太いという感想は間違ってなかったことになる。単に緊張で表情筋が強張っている線も否定できないが。
「アインさんはドイツ人とイギリス人のハーフで、この通り日本語は流暢だから気兼ねなく話しかけてみてね~」
なるほど。言われてもみれば、『アイン』という言葉はドイツ語で数字の『1』を表す。常にトップでいられるようにと願いを込めてアインと名付けたのかもしれない。憶測でしかないが。
「いちご牛乳先生ー。その外人さんが先生のいうプレゼントなん?」
「一五みるくよー。ちょっと前にも同じ言い間違いをしたけれど、いい加減覚えてね~」
一向に名前を覚えようとしない美々奈をやんわりと注意しつつ、
「そうよ~。みんな、アインさんが来てくれて良かったわね~。パチパチパチ~」
と小さく拍手して、みるくは破顔した。
「つまり、そのパツギンな外人さんがウチらへのご褒美? そんなん言うてまた男ってオチなんとちゃうん?」
「マジで!?」
「ちきしょう! オレ達はまた持て遊ばれたっていうのか……!」
「許すまじ! 絶対許すまじ!」
「安心して~。正真正銘女の子よ~」
みるくの一言に、『いやっほおおおおおおうっ!』と男子どもが歓声を上げた。単純過ぎる。
だが、どこか腑に落ちない。確かに男子にとっては美少女という存在はご褒美以外の何物でもないのだろうが、それにしたって好みもあるだろうし、そもそもからして、女子にしてみれば何らメリットがない。いや、同性が増えて嬉しいと思っている女子もいるだろうが、しかしプレゼントと言うには大袈裟な気がする。
それに、みるくはこう言った。『D組へのプレゼント』であると。
ならばアインには、D組になにかしらの益となるものを持っているというわけだ。
そう、たとえば。
――異能、とか。
異能。
それは異形のものと渡り合う為の特殊な能力。
その特殊な能力を人為的に開花させ、組み分けまでして人材を育てている宝条学園が、ことアインという少女に対しては異例な対応をほどこしていた。
なぜなら、みるくの言が正しいのだとするならば、アインは異能の優劣に関係なくD組へと転入させられそうになっていたことになる。
アインの異能判定を行い、それでD組相当だと結果が出ているならばまだ納得できるが、それならば最初から御影達を試すような小細工などせず、この教室へ普通に転入させればいいだけの話だ。
なのにその手順を踏まず、プレゼントなどと称してアインを待機させた。
一体どういうつもりでこんな回りくどい真似をしたのかは不明だが、これだけ手の込んだことをしたのだ――アインになにかしら秘めた事情があると疑うのが普通であろう。それがD組にとってプラスになるかマイナスになるかは定かではないが。
――これは、僕から探りを入れてみた方がいいかな?
アインが戦局を動かす重要な存在となるか否か、ちゃんと見極める必要がある。
「先生、質問いいですか?」
クラスが賑やかになる中、御影は気付かれやすいように挙手した。
「あなた、あの時の……」
今になってようやく御影に気付いたのか、アインは僅かに眉を上げてそう呟き、こちらを見つめてきた。
「あら、お知り合い?」
「ええ、まあ……」
みるくの問いかけに、歯切れ悪く答えるアイン。実情を知っている御影だからこそ分かるが、ナンパしてきた生徒を追い払ってもらったと説明するのも、色々気恥ずかしかろう。
「先生、質問」
「あ、そうだったわね~」
みんなの意識が御影とアインの関係に傾く前に、強引に話を進める。
「さっきのカッコ可愛い感じの男の子よね~。なんだったかしら~」
「差し支えなければ、ソードフェルトさんの素性について訊きたいんですけれど」
途端。
みるくの瞳が、一瞬だけ鋭利なものに変わったのを見た。
「……どうしてそんなことが知りたいのかしら~?」
「単純な興味ですよ。宝条学園は一般の公立による編入も認められていますが、異能の評価が低いとその分出世も遠のくというのが周知のはずです。いくら公務員だからって、出世街道に乗れないくらいなら会社員にでもなった方がいいと考える人もいるぐらいですからね。まあ異能の素質がないと、そもそも公務員どころか宝条学園の生徒にすらなれませんけれど」
本来なら、僕もそうであるはずでしたし。
――とまで言うつもりはない。だったらなぜ無能力者である御影が宝条学園に入学できたのかということまで説明しなければならないし――クラスメイトはみんな知っているが――余計な話をして時間を食うのは本意ではない。
なので、御影はそのまま話を続行する。
「にも関わらず、その子――ソードフェルトさんはD判定を受けたわけでもなさそうなのに、このクラスへと転入させられたことになる。だとしたら、はっきり言って異常だ。ソードフェルトさんは別段D組に入るのを拒まなかったことになってしまう」
みるくの言う、『ある人』とやらの思惑に加担でもしていない限りは。
にわかに、D組の雰囲気が疑心に満ちたものへと変わりだした。御影の話を聞いて、確かに変だと思い始めたのだろう。
「そう考えると、ソードフェルトさんという存在が奇妙に映ってならなくなる。なにかしらよからぬ企みがあってD組に来たんじゃないかなって思われても仕方がないぐらいに。それこそ、スパイとか――」
「待って待って! 違うの~! それは違うのよ~!」
御影の話を遮る形で、みるくが慌てて割り込んできた。
「ちょっと先生もやり過ぎちゃったけれど~、アインさんは普通に転校生よ~。スパイなんかじゃないの~!」
おそらく、みるくの言うことは間違っていないだろう。最弱などと揶揄され、あそこまで落ちぶれるくらいならいっそ辞めるとまで侮蔑されているD組に――実際二学年へと進級した際、自主退学した者がいるらしい――わざわざスパイなんて潜り込ませるはずがない。スパイだなんて、みるくを揺さぶるための単なるはったりだ。
しかし、なにかあるのは確実だ。もう少し揺さぶってみるか。
「本当ですか? どうにも嘘くさいんですよねぇ」
「本当なのよ~! 事情は話せないけれど~!」
「――その件に関しては、私の口から説明します」
と。
御影がみるくを煽っていると、アインがおもむろに口を開いて二人の話を中断させた。
「いいの~? アインさん」
「はい。特に秘密事項というわけでもありませんから」
どうやら、アイン自ら釈明してくれるようだ。こっちにしてみれば好都合である。
「あらかじめ言っておきますが、私はスパイなどではありません。ちゃんと正規のルートで試験に受かり、この学園へと入りました」
あずかり知らぬところで、なにか取引がされていたようですが。
言って、みるくに冷やかな目を向けるアイン。当人はウフフと笑ってごまかそうとしているが。
「そもそもこの宝条学園に来たのも、私が
それは文字通り、異世界へと迷い込んだ子ども達の総称である。
今でこそゲートの抑制に成功し、異世界からの侵入を妨げているが、だがしかし、あくまでも昔に比べたらという前提の話で、現在でもゲートは各地でランダムに開かれている。
そうした中で、異世界へと連れ去られた者、または誤ってゲートに入ってしまった者が存在しており、後になって発見される場合があるのだ。
特に子ども達の割合が多く、だいたいは異世界へと遠征した際に見つかったりする。それも洗脳して勇者だの魔王軍だのに調教されているケースがほとんどで、日本政府としても頭を悩ませている問題のひとつだ。過去に神隠しとして行方不明だった人物も
――つまり、僕と同じ境遇だったってわけか。
「私が異世界からこの世界に帰還したのは二年ほど前で、その時に色々お世話になった方がいまして、それが縁で宝条学園へと編入する形になったのです」
「ほんまなん!? じゃあアインさんって、実はかなりすごい異能持ちだったりするん!?」
アインの話を聞き、いの一番に美々奈が疑問を投げかける。
アインがこうして宝条学園の生徒として来たからには、危険人物指定にはされていないのだろうが、先の話が事実なのだとしたら、強力な異能を得ている可能性が高い。これならばプレゼントという言葉も違和感なく頷ける。最弱クラスであるD組にとっても喜ばしい限りだ。
「どうなんどうなん!? アインさんはどんな異能持ってるん!?」
「それは……」
メモ帳を手にぐいぐい攻める美々奈に、アインは目線を逸らして言い淀んだ。
なにか言えない理由があるのか、一貫して口を閉ざすアインに、
「はーい。質問タイムはここまで~」
と、みるくが間に入ってきた。
「訊きたいことがあるならHRが終わってからにしてね~。時間もそんなにないから~」
「せやかて牛乳先生、こんなサプライズな真似した仕掛け人がだれかすら訊いてないねんで? こんな中途半端なところで終了とか、素直に引き下がれるわけないやん」
「そうだそうだ! 三船の意見に賛成だ!」
「私達は真実を知る権利がある!」
内情があまりにもブラックボックス化しているせいか、クラスメイト達が次々に不満の声を上げる。一度こういうことをされると、二度三度あるんじゃないかと危惧したくもなるし、情報を開示しない限り、この非難の嵐は当分やまないだろう。
今この時、二年D組は完全に一体と化していた。
「んもう~。そういうワガママを言っちゃういけない子達は、先生がチューしてお口を塞いじゃうぞ☆」
「てめぇら黙りやがれゴルァ! みるく先生様のご命令だぞっ!」
「卑劣だわ! あんなの逆らえるわけないじゃない!」
「お願いです! キスするなら男子達だけにしてください!」
「おいぃぃ! 女子ども卑怯だぞ! オレ達を生け贄にするつもりかっ!」
「え、オレはむしろご褒美ぐらいに思ってるんだけど……?」
「お医者様ぁぁぁ! お医者様はおられませんかぁぁぁ! おクスリが必要な患者さんがいますぅぅぅ!!」
嵐はあっけなく過ぎ去った。
一体感なんて、幻でしかなかった。
大丈夫だろうか、このクラス。
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