Episode40 総力戦Ⅱ
聖堂騎士団ジョバン何某の強さは想像以上だった。
槍から放たれた鋭い雷光はアルフレッドだけでなく、俺やドウェインにも襲い掛かる。
「そういう小賢しいのはよ……小悪党がやるもんだぜ……」
「なるほど。それではサンダーは無しにしよう」
アルフレッドはボルカニック・ボルガを避雷針にして何とか防いだ。
ジョバン何某は俺とドウェインが蹲っている姿に一瞥くれる。
「では、決闘は一人で構わぬのだな?」
「当然だぜ!」
遠くではアルフレッドとジョバンナントカの戦いが始まろうとしていた。
その一方で、
「戦いとは時として卑怯も付き物だ。私も不本意だけど、許せ、ジャックくん」
クレウスが俺に近寄り、その槍を構えてこちらに矛先を向けていた。足が痺れて動けないが、スレッドフィストを使えば避けられるだろう。
「S
飛び込んだドウェインのむき出しの腕が、クレウスの槍を弾き返した。
その音はまるで鋼鉄同士が重ね合ったときのような音だった。ドウェインの腕が魔法で強化されたみたいだ。
「ドウェイン!」
さらに俺の脚にヒーリングをかけてくれた、足の痺れも治る。
その手際の良さ。
以前のドウェインのようにも見える。
「ドウェイン、戻ったの?」
その答えを得る前にクレウスからの追撃が放たれた。
ドウェインはその追撃を素手で弾き返し、繰り広げる拳闘術でその槍と、まるで殴り合うように応戦していた。
彼が自分自身を取り戻したのかはわからない。
あるいは何かに操られてるような節も感じる……。
でもその狂戦士の背中が、俺に早く行けと促していた。
こんな状況だったら、前に進むことの方が先決か。
…
俺が前に駆け出したその瞬間の事だ。凄まじい地滑りの音とともに、目の前をアルフレッドが飛び込んできた。
やってきた方向を見ると、滑るような動きでジョバンナントカも追撃に迫る。
「………っ、いてぇ……」
「契約に従い、ここを何人も通すわけにはいかん。小僧、貴様もだ!」
怒号と憤慨の表情が迫りくる。
「くっ……!」
俺はすぐさまグラディウスを構えてそれに応戦した。重たい槍が振り下ろされる。振り下ろすと同時に、無数の突撃が雨のように降り注いだ。
「子どものわりにやりおるな。だが
グラディウスは刀身が分厚いだけに重たい。
打撃力が足りないのを補った結果に一振りが遅くなってしまっているようだ。
――――バクッ、バクッ、バクッと鼓動が高鳴る
降り注ぐ雨の矛は、剣一本で防ぐには限界がある。時間制御を行使して何とか相手の動きを見極める。
だがそれでも手一杯だった。
「うおぁぁあああ!!」
槍に苦戦している俺の背後からアルフレッドが駆けつけた。
一進一退の攻防だが、戦いは二対一。
この状況下でも呼吸乱さず戦い続けるこの聖堂騎士団のジョバン。やはり只者じゃない。アルフレッドが、愛剣を振り回し、その剣撃の隙間を縫うように俺が攻撃をしかける。
だが、ジョバンは槍を器用に扱い、両攻撃とも華麗に防ぐ。
「やれ、やはり魔が差すものだな。やはりサンダーの力を借りるぞ!」
ジョバンが何か呟いたと思ったら、槍に雷撃が纏わりついた。
「ジャック、あぶねえ!」
雷撃は矛先から俺めがけて放たれた。
それを庇うようにアルフレッドが立ち塞がり、雷撃が直撃した。
「ぐぁぁああ!!」
アルフレッドはその場で膝をついた。
背中から焦げたように黒い煙が立ち込める。
「フレッド!」
「隙あり、とは此れのことよ」
ジョバンが迫り来る!
その雷槍が一心にアルフレッドの背中に突き刺さろうかとしたその時だった。
大量の氷柱が、その間を割って入る――。
「何事?」
その氷柱は、ジョバンの周囲を取り囲むように降り注いだ。
冷静に確認したところ、地面に無数の"矢"が突き刺さっている。一本一本は小さいものの、氷でできた矢だ。
リズベスだ……リズベスが来てくれた!
「
さらなるフローズンアローが頭上から何本も振り注ぐ。一心不乱にここに向けて放ってるようだ。
どこからともなくやってくる矢の数々はまるで雹のよう。
ジョバンも応戦しきれていない。
そこに体勢を立て直したアルフレッドが声をかけた。
「ジャック、もうヘマはしねえ。俺を信じてシアンズに向かえ」
「でも―――」
「俺は"あいつ"の矢を弾き返したことがあんだぜ?」
アルフレッドのその眼光。
いつも勝利を確信したときの酔狂の目だ。
「わかった!」
そう言ってアルフレッドと俺はそれぞれ反対に駆け出した。今度はライトスラスターを起動させて高速移動だ。
背後からジョバンとアルフレッドの戦いの雄叫びが聞こえてきた。
「なんだこの氷像は……卑怯者め! どこにいる?!」
「女の卑怯はなぁ……」
アルフレッドのボルカニック・ボルガが炎を舞い上がらせた。
ジョバンに迫る。
「許容してこそ、男ってもんだぜぇええ!」
それに気を取られたのか、ジョバンの足にフローズンフローが突き刺さった。
「なっ―――」
足元から氷つき、その場で身動きが取れなくなってしまったようである。
アルフレッドにも大量のフローズンアローが降り注いでいたが、ボルカニック・ボルガの炎は片っ端からそれを叩き斬り、振り注ぐ氷雹の針はアルフレッドには無効だった。
「覚悟しやがれ―――!」
□
太陽が傾いて、夕闇が山間の荒野に迫っている。
岩肌に忍んで絶好のポイントを探っていて遅れを取ってしまったようだけど、寸でのところで私の援護は間に合ったようだ。
遠くからは戦友たちの勇ましい叫び声が聞こえてくる。
それにしてもジャックをパーティーに引き入れてから一年。本当にいろいろな事があったわね。
グリズリーを殴り倒したときからおかしいとは思ってたけど、まさかあんな信じられない力を持って帰ってくるなんて、思いもしなかった。
「はぁ………久しぶりに魔力枯渇だわ。使い過ぎたわね……」
不味い魔力ポーションを一本だけ飲んで、魔力を回復させた。
これは貸しなんだから。
「女の卑怯はなぁ、許容してこそ男ってもんだぜぇええ!」
赤い男の勇ましさは今でも健在で、その雄叫びが仲間の勝利を知らせていた。あんな大声出して恥ずかしくないのかしら。
でも私はそんな男に惚れ込んでしまった。
「――――ほんと、男ってバカね」
これは私なりの強がり。
失恋した私が、次に一歩進むための、ちょっとした呪文。
「じゃあね。
もう後ろ髪引かれるもんですか。
次会うときは私の自慢の彼氏でも紹介してやるんだから。
□
楽園シアンズの内部はとても静かだった。
入口正面の女神の像は静かに、厳かに佇んでいた。
外の喧騒が嘘のような光景。それにしてもトリスタンもいなければ、洗脳が解けたはずの子どもたちもいない。
……どうなっているんだろう。
耳を澄ましてみると、どこからともなく聞いた事のある音楽が聞こえてきた。それはここに初めて潜入したときにも聞いた事があった。聖霊讃歌のリズムと一緒だった。
その儀式を捧げる劇場に、俺は急いで駆け付けた。
ぶ厚い防音仕様の扉を引いて、無理やり開け放つ。
そこには子どもたちの姿は一切ない。
でもステージ上にはシスター服姿のアリサが両手を握りしめて祈りを捧げていて、その傍らにはグレイスが立っていた。
パイプオルガンを弾く女性―――メドナさんはこちらに背を向けていた。
さらにそのパイプオルガンの目の前には大きな十字架が用意されていた。
その十字架に、ケアが鎖と鉄製の腕輪で縛り吊るされている。
モノクロのシスター服に薄紫のふわふわっとした長い髪。
意識を失っているのか、ぐったりとしている。
「やっぱり、戻ってきたんだね」
俺が一段一段、観客席の列を下りて段上に近づくと、メドナさんはふと語りかけてきた。
アリサ、グレイスも俺を見定めた。
彼女らをまとめて倒すのは骨が折れそうだ。
「あなたのせいで楽園はめちゃくちゃよ」
グレイスは俺を睨みつけて口を開いた。隣のアリサも俺を睨んでいる。
俺は臆せずふとした疑問を口にした。
「ケアに何をした?」
「この子? ずっと起きないのよ。特に何もしてないわ」
何もしてないというわりに縛りつけにしているとはどういうことだろうか。
「他の子どもは?」
「そう言うあなたも子どもじゃない」
「いいから! 他の子はどこへやったんだ?!」
グレイスは俺の威勢に押し黙った。決して劣勢ではない。怖気づいてはいけない。アルフレッドもドウェインも外に居てくれているんだ。
俺の問いにはメドナさんが演奏をやめて立ち上がり、応えてくれた。
「もうここは明け渡して引っ越すことにしたんだ」
「……暴かれた楽園はもう楽園じゃないわ。子どもは安全な場所に避難してるわよ」
メドナさんとグレイスが代わる代わる答えてくれた。その受け答えはあまりにも素直で、まるで敵同士のやりとりではない
だけど忘れてはいけない。
その子どもたちを誘拐したのはこの人たちなんだ。
「あなたといい、トリスタンといい、なんで私たちの邪魔をするの? そんなに悪いことしてる?」
「トリスタン……そうだ、トリスタンは?!」
「質問の多い面倒な子ねぇ。見た目が可愛い分、もったいないわよ?」
余計なお世話だ。
「トリスタンならもう"この世"には居ないわ。アリサを連れ去ろうとするんだから仕方ないわよ」
「は……?」
この世にはいない?
やっぱり殺したのか。この人が?
「あなたも殺されたくなかったらさっさと消えて」
なんて身勝手な――。
俺がグラディウスを握りしめたのを感じ取ったのか、グレイスがそれに応えるようにフルートを取り出した。
「あら、やるつもり? 子どもを手にかける趣味はないけど、あなたのその姿だったらとってもやりやすいわ」
「待って、グレイス。ここは私が」
メドナさんがそこを止めた。
黒い魔女と白い魔女が立ち並ぶ。その光景は怖い絵画のようでもある。
「ジャックくん………キミは早くから戦士として成長しすぎてしまった。だから虐げられる側の気持ちが理解できないんだ」
「俺は暴力を振りかざしてるわけじゃないです」
「それはそうさ………でも、アランとピーターの死はどうだったかな?」
なんで、その二人の名前を……。
「私たちは当初、戦いの中でトラウマを負った子どもたちを救いたいと思っていたんだ。ソルテールにも一人、ダンジョンで仲間二人を失って傷ついた子がいると聞いて訪れたんだ」
「それは……」
「そう、ジャックくんのことだよ」
アランとピーターが命を落としたという噂はソルテールの町だけに留まらなかった。あの頃、メドナさんと出会ったのは偶然じゃなくて必然だったということか。
「―――でも、キミはそれでも戦場を求めた」
それは今でも覚えている。ソルテールの長閑な広場で、メドナさんと楽しく会話し、楽器を教えてもらったたあの日々。もう取り返せない日々だった。
「たまたまキミがそういう歪な子だったのか、その経験がキミを狂わせてしまったのかはよく分からない。でもこれ以上、可哀想な子どもを増やすのは心苦しい。だったらこっちで保護しちゃったほうが手っ取り早い、でしょう?」
そういう事だったのか……。
オルドリッジに勘当された悲惨な幼少期。
俺はただ、自分自身の存在を確かめたかった。
戦士になりたい。英雄になりたい。
母さんが読み聞かせてくれた戦場の叙述。
俺のたった一つの理想の姿。
その勇姿に憑りつかれた俺の中の亡霊が、こんな形で周りをおかしくしてしまった。戦士になるという決意は、バーウィッチやダリ・アモールの子どもたちを巻き込んでしまった。
だけど―――。
「キミはもう立派な戦士だ。私たちを倒そうっていうのは構わないけど、倒される覚悟の方は、できているんだろうね?」
メドナさんの赤い瞳が、ちかりに光った気がした。その目つきは怖ろしいほど冷たく、このホール全体を凍らせてしまえるんじゃないかと勘違いしてしまう。
「メドナさん………あなただって狂ってる」
俺はグラディウスを構え、メドナさんはリュートを抱え直した。
妖艶な黒い亡霊のような姿は、どこか儚く、剣で斬りつけるには相当の決意がいるだろう。
一つの大切な思い出をぶち壊すくらいの決意が。
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