誤解(2)

 一方、ベッティー達三人組はというと。屋敷一階の台所でお茶の用意をし、バスケットの中身をテーブルの上へズラリ並べ、一斉に取り合いっこを始めていた。

「わたし、コレを頂くわ!」

「あ、ズルイ!! それ、私がずっと狙っていたんだよ!」

「へへ~ん♪ こういうのは早い者勝ちだも~ん♪ ――あ!!」


 そう言ってお菓子を持ち上げていたリップリの手から、ベッティーは空かさず取り上げ、ニッと笑み口を開く。


「そうね♪ 確かにこういうのは、早い者勝ち! アンタもたまには良い事を言うじゃないの♪」

 そう言って、ベッティーはパクリとかじり、美味しそうにモグモグと食べて見せる。


「ン~♪ コレ、すっごく美味しい~」

「ぁあああー!!」

「っていう間に、私はコイツを頂きぃ~♪」


「うぁあああー!! ズルイ!」

 三人はそうやって、バスケットの中身を次から次へと競争するかのように食べ合っていた。


「――ちょっと、あなた達! そんな所でなにをやっているの?」

「「「――!?」」」

 それは、レディーズメイドのエレノアだった。台所の入り口で両手を腰辺りに添え、不愉快そうにこちらの様子を伺っている。


 思わずベッティーも、それには食べかけていたお菓子をポトリと床へと落としてしまう。そして、床に転がるその手の込んだお菓子をエレノアは見つめ、間もなく『ハッ!』とし急いでテーブルの上に置いてあったバスケットの中身を確認し、驚いた表情を見せた。


 これらはとても、自分たちメイドが普段口に出来るモノではなかったからだ。それをベッティー達三人が食べているのは、どう考えてもおかしい。


「ちょっとあなた達! コレをどこから持って来たの?」

 エレノアからのきつい言葉を受けて、リップリとアビーの二人は、ベッティーの方をそれとなく見つめる……。ベッティーはその二人からの視線を交互に見つめ返し、困り顔に苦笑い、それから仕方なく上目遣いでエレノアの方へ視線を向け遠慮深く口を開いた。


「あの……それはですね、メルが……」

「――メル? またあの子が、何かやったの??」


「あ、いや! ……というか、そのぅ~……」

 どうもハッキリとしない案外頼り甲斐のないベッティーの様子に、リップリは堪り兼ね、こう言った。

「シャリルっていう、ケイリング様の従者ヴァレットが居るじゃないですか。その子が、コレを……ですね」

 しかし途中まで言っていて、リップリとしても結局は言葉に詰まってしまう。リップリも結局、ベッティーと同じくその場で苦笑いテヘペロよろしく、誤魔化している。


 エレノアには事情がどうにも飲み込めず、眉間にしわを寄せながら聞き返した。

「……つまり、どういうコトなの? シャリル様がメルにこれを、渡したと言いたい訳?」

「あ、ハイ! そうなんです!!」


「……」

 それを聞いて、エレノアもある程度は納得が出来た。が、


「で、シャリル様がメルに渡したモノを、どうしてあなた達が食べているの? さあ早く、その理由を直ぐに答えなさい!」

「それは……だから、そのぅ……メルが、ですね……」

「――そう! メルが私たちにコレを、くれたんです!!」

 アビーの唐突な言葉を聞いて、ベッティーとリップリの二人はギョッとし驚いた。だって、それでは流石にになってしまうからだ。


「メルがあなた達にコレを?? だけどメルは……あなた達三人のことを、嫌っていた筈よ。それなのにどうしてメルが、あなた達にコレをくれたりするの?」

「それはつまり……アハハ!」

 流石にこれ以上、うそをつき通すのが苦しくなり。三人は互いに顔を見合わせ、頷き合い、作戦を変えることにした。


「まあまあ~細かいことは別にいいじゃないですかぁ~♪ ほらほら、エレノア様もわたし達とご一緒に、コレを頂きましょうよぉ~」

「ちょっ――ちょっと!!?」

 言うと二人は手際よく、エレノアをテーブルに座らせ。目の前にカップを置いて、紅茶を注ぎ皿も置いて、空かさず見るからに美味しそうなお菓子も目の前に置いた。


 エレノアはそれを見つめ……思わず、ゴクリと喉を鳴らしてしまう。


 いくらレディーズメイドとはいっても、こんなお菓子はそうそう食べられるものではなかった。モチロン、ここへメイドとして来る前は実家で好んで何度も食べていた。それだけにその味を知っているエレノアは……それを目の前に、我慢ならない思いから喉を鳴らし見つめ、しかしそれでもなんとか理性だけでそれを抑え込み留まり……改めて三人を見つめ直して聞いた。


「本当に……コレを、メルがくれたの?」

「アハハ! まあ~まあ~そんなコトはこの際、別にいいじゃないですかぁ~♪」

「大丈夫ですって♪ わたし達三人が証人として、何があってもエレノア様の潔白をちゃあぁ~んと証明しますから! はい♪」


「……」

 エレノアは三人の言葉をまるっきり信じた訳ではなかったが、改めてそのお菓子を見つめ直し……吐息をひとつつく。それからそれを、口へと運ぼうとした……と、その時だった!



「――!! そこで何をやっているのッ?!」



 そこには……メルが怒った表情をして立っていた。

 エレノアは、口へあとほんの一センチの所でそれを止め……メルの方を呆然とした表情のままで見つめ、その手にしていたお菓子を床へとポトリ……と落としてしまう。

 メルは、足元に転がってくるそのお菓子を確かめ見て、更にテーブルの上に置いてあるバスケットへと急ぎ足に気づくと、直ぐにその中を確認し。それがシャリルから預かっていたモノだと確信的に理解すると、その場で凍り付くようにして立って居る三人組。それから……エレノアの方を怒った表情で見つめ回していた。


 エレノアに至っては、とても驚いた表情を見せ動揺しているのがよく分かる。そんなエレノアをメルは真剣な表情で見つめ、口を開いた。


「わたし……今の今まで、アナタから何を言われようとも。それはわたしの方に何か問題があるからなのだと思って、我慢してきた。だからアナタのコトを心の底から嫌うことなんか一度としてなかったの。

むしろアナタのことを心のどこかで尊敬していたし、アナタからなかなか認めてもらえないコトの方に腹を立てていたり、悔しい思いをしながら過ごして来た。

でもそれは、今の今までの話! 

これからわたし、アナタのコト『!』ってそう思うコトに今、決めたから!

この卑怯者っ!!」

「――なっ?!」


 エレノアはメルからのあまりの言葉に、顔が真っ青になるほど血の気が失せ、座っていた椅子を思わず後ろへと倒し。でもその様なものには構わず、そのまま勢いよく立ち上がり、凄く怒った表情を見せるメルを困り顔に見つめ……それから後ろの三人組を『これは一体、どういうコトなの??』という困惑めいた表情で見つめた。

 そんな中、メルはまた口を開く。


「アレは……あのバスケットは、シャリルからなのよ! それなのにどうして、勝手に食べちゃったりしたの?!」

「――!!」

 それを聞いて、エレノアは涙目にメルの方を向いて、口を開いた。


「――待って! わたし、まだ一口も食べてなんかない!!」

「じゃあは、なに!!」

 メルは台所の出入り口に転がるお菓子を勢いよく指差し、そう言ったのだ。


「アレは……だから、その……」

 エレノアは三人組の方をチラリと見る。それは、三人組から身の潔白を証明してもらえるのを当てにしてのことだった。所がそのことを約束していた三人組は、その時のメルの気迫と勢いに飲まれてしまい、静まり返り震えているばかりで何も言ってはくれなかったのだ。

 そんな三人組を見つめ、エレノアは『文句を言ってやろう!』と口を開きかけた。しかしそれよりも早く、そんなエレノアと三人組のやり取りを見たメルは、確信めいた表情をし、半眼に口を開く。


ね……もう、エレノアの言うことなんか信じない!」

「違う、違うのよ! メル……これは誤解なの!!」


「誤魔化そうったって。そうはいかない! 今までだって、その間抜けな三人組と一緒に裏で手を結んで、この私を落とし入れようとしていたんでしょう?

もうこれ以上、騙されないんだから! この女狐ッ!!」

「ま……まぬけ?!」

「め……めぎつね、って……」


 メルは『ふん!』とばかりにエレノアを半眼の横目に見つめ、更に口を開く。

「目的は、なに? このわたしをココから追い出すこと? どうせ、そんなろくでもないことなんでしょ?」

「お、追い出すだなんて……あのね、メル。ちょっとよく聞いて、お願いだから!」


「ムダよ。聞かない。わたし、これからはエレノアのいうことなんか絶対信用しない、ってそう決めたの。だから無駄よ。だってこれ以上、傷つきたくはないから!」

「き……キズつく、って…」


「わたし今日、一度はココを飛び出そうとさえ思っていたくらいだったの。そのくらい、深く……心の底からキズついていた。

あなたには、そんな人の気持ちなんてこれっぽっちも分かりはしないんでしょうけど」

「メル……お願いだから、落ち着いてよく聞いて――あ!!」


 エレノアは悲しげにメルに近づき説得しようと試みた。

 ところが、足元に落ちていたお菓子で足を滑らせ、エレノアはメルの胸に掴まりながらうしろへと押し、結果として二人共にその場に倒れた。しかもその時、直ぐ後ろにあった食器棚へメルの体と頭がぶつかり。その上に置いてあった沢山の皿などの割れやすい食器が、倒れるメルの頭の傍へ次から次へとパリンパリン☆と粉々に割れ、それを見てメルはギョッとする。

「メ……メル、大丈夫?」


 ――ドン!


 メルの上に覆い被さったまま心配そうに言うエレノアを押し退け。メルは、そのエレノアが着ているレディーズメイドとしての綺麗な服を見つめると、それを掴み、思い切り引っ張って下着が見える程にビリビリと破り始めた。


 そんなメルの行動に、後ろの三人組は尚更にゾッとし青ざめ、後退さる。


 しかしそんな辱めを受けても、ただただ涙目にメルを見つめるだけのエレノアを見て。メルは返って無性に腹が立ち。そして立ち上がると、テーブルに置いてあったバスケットを両手に持ち上げ、そのままエレノアの元へと戻り。それを思いっきり、殴りつけるように振り上げる――!


 これには流石の三人も慌て、そんなメルを取り押さえ引き止めた。


「ちょっ! いくらなんでも、それはやり過ぎだよ!!」

「エレノアは悪くないの! 本当は全部、私たちがやったことなんだから!!」

「リップリとアビーの言う通りだから、メル。もう辞めてくれ!」


「うるさいッ!! わたし、もうそんなのに二度と騙されたりしない!」


 メルは三人から取り掴まれ押さえつけられながらも暴れ、一体どこからそんな力が出て来るのか?三人組を吹き飛ばし、再び立ち上がると。又してもバスケットを持ち上げ、エレノアを狙う。


「――メル!! お辞めなさい」

「――!?」

 ……見ると、台所の出入り口にスコッティオさんが立っていた。


「その籠を今すぐに下ろすのです。今、直ぐに!」

「……あ、うわあっ!」


 スコッティオさんに言われたことで、急にメルの中から力が抜け。一気に三人からその場で取り押さえられ、ぐちゃぐちゃにされてしまった。

 だけどメルは、直ぐに三人組みの顔やら腕やらを蹴ったり噛んだりして押し退け。スコッティオの元へと手足を使い四つ足で急ぎ行き、エレノアと三人組を指差しながら口を開き、抗議する。


「違うんですっ! 悪いのは全部、あのの方なの!! わたしが悪いんじゃない! 本当よ!!」

「……そうなの? エレノア」

「……」

 エレノアはそれで涙目にしていた顔を、スコッティオに一瞬だけ見せ。それから一気に立ち上がると、ぶわっと涙を流して泣き出し、顔を覆い隠しながら台所から飛び出して行った。


 メルはそんなエレノアを冷ややかな目線で黙って見送り、口を開き言う。

「……ふん。卑怯者」

「――メル!」

 悪びれもなくそう呟いたメルを、スコッティオは一瞬驚いた顔で見つめ、次に厳しい表情へと変え、即座に叱りつけていた。

 理由は分からないが、道徳的に問題のある発言だと判断したからだ。


 メルはそれで亀のように首を引っ込めている。

 なんにしても、この台所の中はひどい有様だ。スコッティオは、やれやれと頭を抱え込んでしまう。

 スコッティオがそうこう思案気に頭を抱え考えている間にも、メルは手にしていたバスケットを再び両手で持ち上げ、完全に油断している三人組へと目掛け、驚くことに思いっきり振り下ろそうとしている!


「――メル! いい加減になさい!!」

「――!!」

 メルはそれで再び、首を亀のように引っ込めた。それでも、バスケットだけは手にしたままで。


 理由は……わからないのは確かだが。多少なりとこのメルが、この件に関わっているのはどうやら間違いなさそうだ。


「とにかく……その籠は今すぐテーブルの上に置くんだよ、メル」

「……はい、スコッティオ様」

 メルは仕方なく。バスケットを言われるがままテーブルの上に置いた。そして振り返り様、口を開く。


「でも! 本当に悪いのは、この三人とエレノアの方なんです!! わたしは何一つ、悪いコトなんかやってません!」

「――メル! アンタはこの台所の惨状を見ても、まだそんなことが言い切れるのかね?」


 言われ、メルは我に返った様子で台所の今の状態を、驚いた表情で見つめ回していた。足元には花瓶や数々の食器が割れ散乱し、お菓子もそこら中に落ちベチャベチャ。窓や壁も汚れ、そして何よりもショックだったのは。シャリルから預かっていた大切なバスケットがボロボロの姿だったことだ。しかもよくよく考えてみると、それをやったのは自分自身だったのを思い出し、顔面蒼白に絶望する。


 それでようやく大人しくなったメルを見つめ、スコッティオは厳しい眼差しを向け、口を開いた。


「メル……アンタは今から直ぐに寮に戻って、この私からの指示があるまでそこから一歩も外へ出るんじゃないよ。いいね?

これはつまるところ、だ。理由も分かるね?」

「……わからないわ」


 メルはスコッティオからのその言葉を受け、瞬間だけ呆然としていたが。間もなく不機嫌な表情をして目を背け、そう口を開き返したのだ。それから、スコッティオを改めてキッと見つめ直し、再び口を開く。


「どうしてなんですか……? 悪いのは、わたしの方じゃないのに!」

 そう言い切るメルを、スコッティオは更に厳しい表情で見つめ直し、口を開く。


「例えそうだったとしても、だ。コレは流石にやり過ぎだったとは、思わないのかね?

メル、私はなにもこの台所の惨状ばかりを見て腹を立てているんじゃないんだよ。こんなモンは片付ければ、それで済むからねぇ……。

が、さっきのエレノアに対するアンタのあの態度はなんだね? さも当然かの様に……まったく呆れた話だよ。アレには、つくづくガッカリさせられたね。

メル、あなたがおしゃべりなのは別に構いはしないよ。ああ、そうだ。それも一つの個性ってヤツなんだろうからねぇ?

だけど人には、やって許されるコトと許されないコトがあるんだよ。それが何か、判るかい?」

「……まったく、わからないわ」


 メルは実に不愉快げにそう言い切り、ふて腐れたように顔を背ける。まるで今は聞く耳を持たない様子だ。

 そんなメルの様子を見つめ、スコッティオはため息をつき、再び口を開く。


「じゃあ……それが判るまでは、ずっと謹慎だね」

「――!!」


「猶予は一週間だ。それを過ぎたら……いいね? メル、アンタはそれでここを首にする。つまり、辞めて貰うから覚悟なさい」

「……」

 スコッティオの言葉に、初めは衝撃を受け、メルは動揺こそしていたが。再び頑固にも不愉快な顔に戻し、不納得そうに口を開いた。


「……はい、わかりました。スコッティオ様」

 メルはそう返しながらも、まるで反省の色もなく。この台所から肩をならしながら出て行った。

 そんな頑固なメルを、スコッティオは呆れつつ困り顔に見送り、そこでため息をつく。そのあとで、三人組を『ギッ』と厳しい表情で見つめ聞いた。


「――それで? つまり何があったんだね?」

 三人は互いに泣き出しそうな顔を見合わせ、頷き。反省色濃く、全てのことを正直にスコッティオに話すことに決めた。



  ◇ ◇ ◇


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