はじめての面接(3)
このパレス=フォレストという大きな屋敷に当たる日差しが次第に優しくなり始めた頃。わたしは自分の頬に当たるその日差しを感じながら、言いたくなかった自分の過去を、ゆっくりと探るかの様に語り始めることにした。
「州都アルデバル近くにある穏やかな集落地にて。わたしは初めてこの世に生を受け、産声を上げました。
生まれながらにしてよく泣き、物心つく前から何にでも興味を示し、言葉を覚えたら覚えたでよくおしゃべりをする、そんな娘だったそうです。
だって、ほら! 自分の性格って、不思議と自覚なく過ごしているから分からないことって、誰にでもよくあることでしょう?
だから私、他人から言われて初めて『あぁ……自分って、そんなところがあるんだなぁ~?』って客観的に分かることが出来……――って、うわあっ!?」
「……」
そこまで話し終えた時、スコッティオさんはなんとも呆れ果てたような半眼の顔を見せていた。
わたしはそこでようやく、いつもの悪いクセが出てしまったことに気が付き。思わず乗り出していた身を、少しだけ引いて。目線も肩も落とし、再び気持ちを切り替え落ち着かせ口を開く。
「あ、えーと……父親は十二年も前、わたしがまだ母親のお腹の中に居た頃。戦地で亡くなり……まだ当時は若かく見目も美しかった母親は、その後にわたしを生み。でも幼児だったわたしのことが次第に重荷と感じ始めたのか? 孤児院に預け……というか。ここは正確に言うと、孤児院の玄関先へ寝ていたわたしを置いてなんですけど。他の男の人と一緒に、そのまま失踪してしまったのだと……最近になり、マーサから聞かされ知りました」
「え?」
「だけど私は、そのことを別に恨んでません! だって、自分の生涯を預けた夫に先立たれ、それでも赤ん坊だったこのわたしを、一年近くも育ててくれたんです!
ここは正確に言うと……半年くらい、なんだけどね?
だけど感謝こそしても、恨んだりする筈がないでしょう?
女手ひとつで、赤ん坊だったこのわたしを働きながら育てるのって。きっと、愛情がなくては無理だったんだろうなぁ~?って、私はそう思うことに決めたの!
だからそのことは、今でもありがたい、って思ってる!! ウソなんかじゃない!
本当に……本当にね? そう思っているのよ……」
「メル……あんた、ちょっとお待ちなさい」
スコッティオさんはそこで驚いた表情を向け、何かを言おうとしていた。
だけどわたしは、ここで話を区切りたくはなかった!
嫌な思い出に触れた形で、終わりたくなんかない。そう思ったから、スコッティオさんには悪いけど。わたしは構わず、泣きそうな思いを堪えながら、話を続けた。
「孤児院では『その日、栄養失調寸前だったわたしを介抱するので大変だったぁ~』って、これも最近になって、マーサから聞かされ知ったんですけど……それもきっと、生活が苦しかったからだと思うんです!
州都アルデバル近くにある孤児院には、わたし以外にも二十人くらいの子供が居て。大体みんな同じような境遇でした!
中には、わたしなんか問題にならないくらい、本当に可愛そうな子も居たし……それを考えたらわたしなんて、まだまだマシだなぁ~ってそう思えたくらで!
そりゃあ~正直なコトを言うと……寂しくはない、って言えばうそになっちゃうんだけどね?
……って、あれ??」
気がつけば、スコッティオさんはやれやれ顔にわたしのことを見つめ、深いため息をつき。更には、頭を抱え込んでいる。
「……まったくお前には、つくづく呆れちまうね。まあ、いいさ……お陰でアンタの性格や。出生のことが、必要以上に分かることが出来たからね。
ああ、いいよ。悪くはない。私としちゃ、今更そんなこと気に留めやしない……。
それで?
肝心の、アンタがここで勤めようと決めた理由の方は、どうなんだね。それをハッキリと言いなさい」
「あ! 孤児院では原則、十二歳までには独り立ちするのが決まりなんです!! だけどわたしは、もう直ぐその十二歳になってしまうから……でもわたしは、その孤児院のことがとても大好きで!
本当のことを言うと、出て行きたくなんかなかったのよ……叶うものなら、ずぅーっと居たい、ってそう思い続けていたの!!
だってみんな、わたしと同じ境遇で……心の底から本当にわかってくれたしね?」
わたしがそう言い終わる間もなく、スコッティオさんは手も点で、しかも白目でますます呆れ顔を見せていた。
「いや! お待ちなさい。それがまさか、お前がこの私に言いたいここへ来た理由って奴だと言うんじゃないだろうね?
いくらなんでもそれは、冗談にもならないことです。言っとくけど私は何も、その施設でのお前の個人的感想や、孤児院側の都合とやらにはさらさら興味なんかありませんよ、メル・シャメール。
お前は賢いんだか、愚かなんだか……本当によく分からない、変わった子だねぇ~」
スコッティオさんは困り顔を見せ、相当に呆れている。
わたしは……もう頭が混乱してしまい、今スコッティオさんがこのわたしに何を言い伝えようとしているのかが、よく分からなくなっていた。
でもきっと、またいつもの悪いクセが出てしまったんだろうな?と思う。それでスコッティオさんは不機嫌になったのだろう。マーサからもよくそれで、叱られていたしね? だから、それでなくても怖いスコッティオさんの表情が、いつも以上に不愉快になってるんだと思う。
わたしはそう悟り、急に元気を無くして静かに俯き、口を開いた。
「ごめんなさい……スコッティオさん。でも初めに、これまでの経緯を一つひとつと言っていたから。だからわたし、一から順に話そうと思って! それで、それで丁寧に記憶を遡りながら話をしていたつもりで……ただ、それだけのつもりで……。
余計なことを言ってしまったことについては、お詫びします。私がちょっとおしゃべりなのも、認めます。
でも、それはあくまでも今だけの話で、ちゃんと仕事は仕事としてちゃんとやりますから!
それに、おしゃべりなことと仕事が出来る・出来ないは、あまり関係ない筈でしょう?
少なくとも私は、そう思うんです!
これって違ってますか? なにか間違っていますかぁ?? スコッティオさん」
スコッティオさんは目を真ん丸くして、わたしの話しを最後まで聞いていたけど。聞き終わると再び呆れ顔を見せ、口を開いてきた。
「そりゃあ~……メル、アンタの言う通り、おしゃべりなことと仕事が出来る・出来ないは、直接的には関係しないと私だって思いはしますよ。でもね……聞いてもいないこと、聞かれてもいないことを勝手にペラペラとしゃべり続けるっていうのは相手に対し。とても失礼なことだろうし。思慮と配慮に欠ける行為だと、私には思えるがね?
これはハウスメイドとして、致命的だと言ってもいいくらいだ」
「そ、そんなぁ……」
スコッティオさんから言われた致命的だという言葉を耳にして、わたしは絶望的な思いで心は包まれ、悲しさの余りついつい泣きそうになる。
そんなわたしの顔を、スコッティオさんは見るなり相当な困り顔を見せ、しばらく思案顔をしたかと思えば、頭を抱え込んで吐息をつき。次に何か決心した様子で厳しい表情へと変え、口を開いてくる。
「言っとくけど……ここはね、メルキメデス家のお屋敷なんだよ。そこの正式なハウスメイドになるってことが。メル、アンタにはちゃんと分かっているんだろうね?」
「分かっています! だからこそ、わたし『ずぅーっと死ぬまで居たかった孤児院を出ても良い!』って、初めて思ったんです!!」
「…………」
スコッティオさんはそこで唖然とした顔をし、もうダメなくらいに呆れ顔を見せ、大きなため息までつき、両手で頭を抱え込んでいた。だけど、わたしにとって今の言葉は、『それだけの覚悟で来たんだ!』っていう強い意志を伝えたつもりだった。
でも……どうやらそれは、見事なほど伝わらなかったらしい。今のスコッティオさんの表情から、そのことがよく分かる。
スコッティオさんは改めて深く長い吐息をつき、少しばかりの間を空け。それから思案顔で考える素振りを見せたあと……。次に、真剣な眼差しでこのわたしのことを怒ったように厳しく見つめ、仕方な気に吐息をつき、口を開いてきた。
「悪いがね。うちではアンタを雇う訳にはいかなくなったよ、メル」
「――!!」
そうハッキリと宣告をされ、心のどこかで、それは覚悟していたことだったけれど。わたしは顔を青ざめ、ゆっくりと席を立ち上がりながら「……はぃ」と静かに答えるに留めた。
可能なら、いま直ぐにでもこの場から走り飛び出して立ち去りたかった。きっとわたしは、自分では自覚ないほど、色々な失敗をしてしまっていたんだと思うから。何がいけなかったのか頭で考えようとするけど、今はとても整理がつかない。ただ、これもいい経験だったと、今はそう思うことにしよう。
そうだよね? 元気を出さなきゃ……。
正直なことをいうと……凄く残念な結果だけど、今はなにも考えたくはなかった。考えるだけ、悲しさが増してしまいそうだったから。
そんな思いで、スコッティオさんを悲しげに静かに見つめると。意外なほど、スコッティオさんが残念そうな表情をこのわたしに向けていたので、そのことがとても不思議だった。
不思議がるわたしの表情を見て、スコッティオさんは咳払いをし、急に思い出したように口を開いてきた。
「まあ……明日中に、孤児院から人を呼んで連れ帰ってもらうか。こちらで馬車を用意して、送ってあげるよ。感謝なさい。
今晩だけは、ここに泊まらせてやるがね。但し、くれぐれも屋敷本宅にだけは近づかないでおくれ。
いいね? メル」
「……わかりました。スコッティオさん」
スコッティオさんのその配慮に感謝をし、わたしは静かにこの執務室をあとにする――。
こうして……わたしのはじめて面接は、失敗に終わった。
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