オールセル.02
「よっしゃあ! 一番乗り!」
ダンッという着地音と共に、蒼い髪の少年が茜色の石畳の上に勢いよく着地。
そのままくるくるとその場で意味も無く回転跳躍。周囲の人々の注目を集める。
そしてその少年の後方。
そこには瑠璃色の船体に大きく『LaPiS―Ⅶ』とペイントされた、全長100メートル級の飛空艇が着水。タラップを降ろし、下船の準備を開始していた。
「ちょっとカタナ! 周りの人に迷惑でしょ!」
いくらかの荷物を抱え、タラップから小走りで駆け下りてきたのはリーゼだ。
彼女も降りきっていないタラップから石畳の上に飛び移ると、カタナの傍に駆け寄り彼をたしなめた。
「なんで地面に降りる度に大興奮するのよ!? 普段はひょいひょい飛ぶくせに!」
「そりゃあ地面と空は違うだろ? 見ろよ! すげえ硬いぜ!」
カタナはそんなリーゼの眼前に捻りを入れた回転跳躍で見事着地。
屈託なく笑うと、再び石畳の感触を確かめるように何度か小突いた。
リーゼはそんなカタナに嘆息すると、背後のラピスⅦへと視線を戻す。
そこでは、ラピスⅦの瑠璃色の船体が問題なく着水を完了し、ゆっくりと動力を停止。船舷に備えられた多数の揚力発生用真鍮管が一斉に白煙を吹き出していた。
――機能停止したヒンメルを墜落寸前に回収し、リーゼ達を救助してくれたのがこのラピスⅦだ。
聞いた話では全長は127メートル。このサイズで最高速度は270ノット(時速500キロ)にも達するという。
多元連結理論を元にした多元技術によって、空を飛ぶ乗り物も多種多様な進化を遂げたが、その中で最もポピュラーなものが、ラピスⅦのような飛空艇と呼ばれる空飛ぶ船だ。
加速性能や最高速度こそ飛行機には劣るものの。空中での安定した機動性能と、船体の大型化の容易さなどからこの数十年で瞬く間に普及し、いまでは多くのコロニー国家で利用される空の主役となっていた。
「――僕から言わせれば二人とも駄目です! 特にカタナ! 船が止まるまでは降りるなと、いつも言ってるじゃないですか!」
「おっとと――! わるいわるい! 忘れてた!」
「あ、ごめんなさい!」
少年の大声が響く。その声はタラップの上からだ。
そこでは一人の少年が、不満げな表情に腕組みをして立っている。
少年は上下グレーのスーツ。首元にあしらった真っ赤なリボンタイに、日差しを受けて輝く耳の下で揃えられた金色の髪。外見は小柄で年齢は10歳前後といったところだろうか。
だが、その神秘的な金色の瞳と流麗な立ち居振る舞いは、彼――カーヤが、ただの少年ではないことをはっきりと示していた。
「まったく! 次は本当に気をつけて下さいね! それにほら――サツキさんだって二人が先に行ってしまったから困ってましたよ?」
カーヤはそう言ってタラップに繋がる扉を振り返る。
するとその奥から、栗色の髪にクリーム色のワンピースを来た少女が、目を丸くしておずおずと顔を出した。
普段の様子とは違うその姿に、リーゼはにっこりと笑いながら声をかける。
「びっくりした? ここが225番コロニーよ!」
リーゼは少女の前に駆け寄る。そしてその少女――サツキの手をとって大きく周囲を見回した。
ここは、225番コロニーで最も大きなメインドック。
断崖絶壁を大きく削り出したこの港は、ラピスⅦのように着水して停泊する船もあれば、崖の上方で浮遊したまま接舷する船もある。
次々と下船する観光客や作業員。他にも多くの護衛を引き連れたユニオンの将官達や士官の姿も見える。
「大きな町……人もいっぱい!」
「だよなー! すげーでかい街だぜ!」
サツキのその表情にはまだ硬さがあったが、彼女は素直に今の気持ちを伝えた。
93番コロニーでの出来事から、まだ一週間も経っていない。
当初、二人はサツキが元気を取り戻せるかどうかをしきりに心配していたが、どうやら今のところは心配なさそうだ。
「それで、まずはリーゼの家に行けばいいのか?」
「うん――お金はちゃんと銀行に入れてたし、問題ないと思う」
リーゼは肩に掛けたバッグの中を覗き込み、自身の持ち物を探りながら答える。
「私もリーゼのお家、見てみたい!」
「俺も俺も!」
「え――? そ、そんなに? あんまり綺麗にしてないから……ちょっと、恥ずかしいかも……」
サツキとカタナの希望を聞いたリーゼは若干たじろいだ。
リーゼの脳裏に、93番コロニーで見たサツキの家や部屋の様子が思い浮かぶ。
とても綺麗で暖かい、清潔な部屋だった――。
では。それに比べて自分の家はどうだっただろうか?
思い浮かぶのは金属とオイルの臭い――それに、赤錆とガラクタの山――。
(あれ――? これって、もしかしてかなりマズイ?)
――リーゼは若干冷や汗をかきながら、停泊許可を取るカーヤを待った。
「お待たせしました。これで、ここには少なくともフェスの間は停泊させて貰えます。それもこれも、全てこの僕の日頃の働きの功績ですから! さあどうぞ! 遠慮せず! この僕を敬ってください!」
「ははは! わかってるって! いつもありがとな!」
「でも、フェスの間中ずっとなんて……お金は大丈夫だったの?」
カーヤはカツカツと石畳の上を歩み寄ると、三人の前で誇らしげに胸を張る。
「フフン。お金のことなら心配いりません。カンパニーの仕事で来たということにしてますから、支払いは向こうにいきますよ。筋違いな話というわけでもありませんし、問題ないでしょう」
「そういえば、二人はカンパニーに所属してるんだっけ?」
「所属はしていません。まあ、外部からの協力者、といったところです。僕達二人は彼らに相当の恩を売ってありますから」
カーヤはそこで一旦言葉を区切ると、今度は呆れたように溜め息をつき、肩をすくめながらカタナを見る。
「本当に面倒ですけど、そういった交渉事も全部この僕がやってるんですよ?カタナに任せたりしたら『へっ! 気にすんな!』とか言い出した挙句、僕達の功績が全部無かったことなるのは目に見えてますから!」
「やっぱりあなたも苦労してるのね……」
「そ、そんなことねえし! ちゃんと肉とか貰ってるし!」
言い合いながら、自宅への道を案内しようとするリーゼ。
だが、カーヤは説明されるまでもないとリーゼを制すると、スーツの胸ポケットから丸められた黄色い旗を取り出し、自ら先頭に立って歩き始めた。
どうやら彼は、何から何まで自分主導で進めないと気がすまないタイプのようだ。
そんなカーヤの様子に、リーゼはカタナと顔を見合わせて笑うと、サツキを真ん中に、手を繋いでカーヤのあとに続いた――。
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