Chapter 13

脱出.01

 いくつもの警報がコクピット内に鳴り響き、閃光と爆炎が轟く。

 爆発だけではない。立ち昇る粉塵を巻き上げながら、幾本もの長大な触腕が、上下左右からヒンメルを狙い、迫る。


 すでに右腕を吹き飛ばされ、隻腕となったヒンメル。リーゼは必死に回避機動を取る。しかし、普段であれば難なく回避出来たであろう幾つかの榴弾がヒンメルの装甲を舐め、直近で爆ぜる。ヒンメルは咄嗟に展開した歪な形のエネルギーフィールドでその衝撃をなんとか逸らすが、爆発の衝撃に大きく弾かれて居住区の一角へと落下していく。


「この――くらいっ!」


 ぐるぐると回る視界。リーゼは操縦桿を目一杯に引き倒し、右のペダルを全開に、中央のペダルを小刻みに踏み込み、ヒンメルの制御を取り戻す。

 片腕を失いながらも、ヒンメルはリーゼの操縦によく応えた。ヒンメルは全身に備えられた小型のスラスターノズルを的確に噴射。

 空中で跳ね回るように制動すると、墜落寸前でメインスラスターを一斉噴射。

 居住区の路面を引き剥がしながら滑るように加速。再度急浮上する。


「アラート!?」


 リーゼは大きく息を吐く。モニターにはリーゼの多次元認識能力が限界に達していることを警告する表示。安全装置により、ヒンメルの残り稼働時間を一分に制限するというアラートが激しく明滅している。


「冗談っ!」


 リーゼはそのアラートに目をやると、ぶっきらぼうに赤いトグルスイッチを跳ね上げた。モニターの警告が消える。重力偏向システムの安全装置が切れる。

 再び飛翔するヒンメル。巻き上がる粉塵を遮蔽物に加速、急降下。建築物の影に紛れる。大小様々な建物をなぎ倒して迫る蝕腕。粉塵が晴れ、触腕の主が顕になる――それは巨大な山のような、海棲生物を思わせる金属の塊。中央の赤いクリスタルの中には――カルマ。


「気をつけて……カルマ。ゆっくり……でも、絶対に殺して」

「うっうあー!」


 生物すら想起させる異形へと変じたカルマは、叫びとともにその触腕を振り上げ、無数の榴弾を周辺へとばらまいた――。

 一度はヒンメルによって撃破されたかに見えたカルマ。だが、リーゼはすぐに自身の考えの甘さを悔いることになった。スピカの持つ物質構成能力――その恐るべき力は、カルマがいくら損傷しようとも、僅かな集中さえ可能であれば、即座にその肉体を再構成することが可能だった。


 ――その後は、一方的だった。スピカはヒンメルの持つ力の正体には気づかなかったものの、当初とは大きくカルマの構造を変化。ヒンメルの持つ未知の力への対抗策を打ち立てていた。

 もとより、先程のカルマをヒンメルが一方的に完封せしめたのには理由がある。カルマの巨体が空中に浮遊していたという地の利。高威力だが、重力や地磁気の影響を受けやすい粒子砲を主兵装としていたこと。何れも、カルマとヒンメルの相性をヒンメル有利へと決定づける要素だった。

 それら全てを解析し、その上で更に不意をついた奇襲によって、反撃を許さずに封殺する。リーゼはそこまでを導き、見事勝利を手繰り寄せた。だが逆に言えば、一つの武装もなく、極所作業用として開発されたヒンメルが、一国すら滅ぼす戦闘能力を持つカルマを倒すチャンスは、そのタイミング以外には無かったということだ。


「――だから、なんだって言うのよ……この私とヒンメルが、こんなところで終わるわけないでしょ!」


 リーゼが叫ぶ。操縦桿を引き絞り、側面のコンソールを操作。すでに、彼女が重力偏向を行える限界はとうに過ぎている。ヒンメルのアビオニクスがしきりにアラートを鳴らし、視界内のメーターはどれも真っ赤に振り切っている。

 崩壊した建物の瓦礫を吹き飛ばし、地面を削り取りながらヒンメルへと迫る触腕を、超低空できりもみ回転しながら間一髪で回避。同時に周囲に降り注ぐ榴弾の雨を弾き、黒煙と爆炎の中を強行突破――。

 だが、黒煙を抜けて晴れた視界の先。ヒンメルの機動に回りこんだカルマの触腕が行く手を阻む。


「――っ! しつこい!」


 ヒンメルは高速回頭。再加速。白煙の尾を引いて隻腕のヒンメルが居住区の天板ぎりぎりまで上昇――。ぼやけ始めた視界の中、リーゼは必死に思考を加速させる。


「考えなきゃ――考えて、なんとかしなきゃ――!」


 だがその時、彼女を更なる絶望の底に叩き落とす衝撃が襲った。突如ヒンメル側面が爆発。コクピットの前面モニターが火花を上げて爆散。リーゼは咄嗟に毛布を隣のサツキへとかぶせ、自身も操縦桿を離して身を伏せる。

 カルマとは別方向からの一撃を受けたヒンメルは、そのまま黒煙の尾を引いて居住区へと落下。ヒンメルのアビオニクスがオートで緊急着陸を選択。一瞬で周辺領域を解析、不時着地点を選定すると、全身のスラスターをあらん限りに噴射。衝撃を防ぎつつ、居住区の公園へと墜落した――。


「いったぁ……もう、最悪――」


 リーゼは隣のサツキの無事を確認したあと、まだ生きているセンサーの表示から、ヒンメルが不時着したことを悟る。そして、機能停止した前面のモニターではなく、まだ僅かに生きている側面小型モニターのアームを目の前に引き出す。


「まだ――、まだ動けるはず。大丈夫。大丈夫……」


 リーゼは何度もそう呟いて各部のチェックとレーダーの確認を行う。その額に一筋の赤い血が伝う。だが無情にも、目の前のレーダーにはカルマとは別の、新たな光点が幾つも出現し始めていた――。


(艦隊まで……どうしよ……)


 コロニーの時空間断層が消滅し、内部へと突入してきたユニオンの戦闘艇。先程の一撃は、その戦闘艇から放たれたものだった。

 ペダルを踏み込み、操縦桿を動かす。ヒンメルはリーゼの操縦に応えようと、全身を軋ませて飛翔しようとする。だが、ジェネレーターの出力が上がらない――。飛び立てない。


(こんなことなら、もっといいエンジンにしとけば良かった……)


 よくヒンメルのパーツ代金を割り引いてくれていた、顔馴染み達の顔が浮かぶ。彼らとも、もう半年会っていない。もしかしたら、みんなも心配しているのだろうか――。


(みんなに心配かけるな! なんて……。私だって、そうじゃない……)


 リーゼの口から、自嘲気味な笑みが漏れる。


(カタナ……)


 リーゼの脳裏に、きっといまも戦っているのであろう、カタナの姿が浮かぶ。

 彼女はここにきて初めて、自分が強くカタナのことを心配していることに気付く。カタナを海から拾った時、リーゼは様々な手段で彼の息の根を止めようと試みた。結局どれも上手く行かなかったが……。

 あの時はそれこそ、なんてしぶとい奴なんだ。こんな奴、どうすれば死ぬんだとまで思っていたのに――。


「そっか……」


 リーゼは少しだけ、呆れるように笑った。


(私、いつの間にかあいつのこと、結構気に入ってたんだ――)


 ――それは、彼女にとってカタナが半年ぶりに話した人間だったからだろうか。それとも、出会って僅か一日と少しという間に、幾つもの死線を二人で潜り抜けたからだろうか。少なくともリーゼにとって、カタナと過ごしたこの時間は――。楽しかった。それだけは、確かな事実だった。


(そういえばあいつのこと、まだなんにも聞いてない――)


 カタナのことだけではない。彼女には、まだ知らないことも、知りたいことも、数え切れないほどある。自分は無知だ――だからこそ知りたい。見たい。手に入れたい。その燃えたぎる貪欲な探究心。それこそが、彼女の生きる意味。命の理由――。

 リーゼの瞳が再び輝き、操縦桿を握る手に力が篭もる――。


(諦めない……。夢だって、命だって! 私は、私のやりたいことを全部やる。こんなところで、立ち止まってなんていられない!)


 リーゼは再度モニターを確認する。ジェネレーター出力は上がらない。重力偏向はほぼ不可能――バランサーは――問題なし。


(重くて出力が足りないっていうのなら――少し我慢してね、ヒンメル!)


 リーゼはコクピット側面、誤作動防止カバーの取り付けられたスイッチを見る。そして一拍置いてカバーを跳ね上げ、そのスイッチを叩き押した――。

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