Chapter 12

閃光

 日が沈む――。

 水平線から広がる空は赤から紫、青、そして黒へと色を変えていく。その遠大な大空のグラデーションの中にそびえ立つ巨大な塔。それは、かつて多くの人々が生き。そして、死んでいった場所。いまや、たった一人の少女以外、全ての人々が過ぎ去った遺構――93番コロニー。

 

 リーゼとカタナがコロニー内部へと突入してから、間もなく半日。塔の周辺空域では多くのユニオン艦隊が滞空している。そのうちの何隻かはすでに地上に降下し、大勢の士官達がコロニー内部への突入作業を行っていた。


  ◆     ◆     ◆


「提督。突入作業を指揮している、レイ技師長より報告です」


 オレンジ色の夕日が差し込むブリッジ――。

 自らの机上で作戦の進捗を見守るキアランに、副官が進み出て報告を行う。


「無事、障壁の突破に成功したとのことです。ですが――不可解なことに我が方の作業完了を待たず、障壁は消滅した、と――」

「……そうか」


 その報告に、キアランは呻くように息を吐くと、目を閉じる。メダリオンはその目的を達したのだろうか?彼の脳裏に、考えうる限り最悪の可能性がよぎった。


「内部への突入を急がせろ。俺達も――」


 重々しく発せられるキアランの声。だが、その声は突如として、塔近傍全てを照らした眩いばかりの閃光に遮られた。

 閃光の方向へと目を向けたキアラン達の眼前。塔の先端が、大きな爆発を起こして崩落。塔最上層で巻き上がる粉塵。白煙の尾を引いて地上へと落下していく壁面。

 そして――その粉塵の中から飛翔する、二つの人影――。

 それは、双方の力の有り様を示す、輝く粒子の尾を引いて天に昇った――。


 崩落した塔から飛翔した二つの光――。

 一方は、暮れなずむ空を柔らかに照らす緑光を纏う。その光は、まるでその人影に寄り添うように、黒色を増す空を楽しげに舞い踊る。あるがままの、力強い光――。

 一方は、暮れなずむ空を押し潰さんとする極光を纏う。その光の前では、一粒の塵も、闇も、星の光すらもその存在を許されない。全てを圧倒する裁きの光――。


 緑光は一筋の長い長い粒子の尾を、濃淡のグラデーションを描く夜空に引き昇る。その緑光を追って、極光の輝きが背後の闇を塗り潰して速度を上げる。

 二つの光は空中で激突を繰り返し、その度に眩いばかりの閃光の放射が、夕闇に染まりつつある空を染めた。


「提督! あれは猊下の光! もう一方は、例のニンジャのものでは!?」


 副官はその能面のような表情を崩すと、キアランに向かい叫ぶ。キアランはその光景を映し出すモニターを、食い入る様に見つめた。

 緑光の尾を追って、激しく明滅する幾つもの閃光と結晶、そして雷光。圧倒的速度で繰り広げられる超越者同士の戦闘。艦艇のセンサーでは、その姿を完全に捉えることは出来ない。その光景を見るキアランの脳裏に、先遣隊士官達の報告が蘇る。自分達はニンジャに助けられたという、あの報告を――。


(緑光のニンジャ……貴様が戦っているということは……神子は、まだ無事ということなのか?)


 キアランは思考する。いまこの時、自らが何を成すべきなのかを。

 例え艦隊の総力を動員して二人の間に介入したとしても、メダリオンだけを正確に援護することは難しい。次元跳躍を繰り返し、次々と座標が変わる超越者の機動を予測することは殆ど不可能だからだ。そして何より、メダリオンの目的がキアランの読み通りだとすれば――。


(まさかこの俺が、あの忌々しいニンジャに僅かでも感謝する時がくるとはな……)


 キアランは――決断する。


「全艦に通達! メダリオン猊下は御身を呈してニンジャと相対しておられる。我々第二基幹艦隊は、最重要目標である神子の保護のため、全戦力をコロニー内部へと動員する!」


 キアランの声が、艦隊の全艦艇へと響く。待機していた無数の艦艇が一つの堅牢な城塞を思わせる陣形へと変化し、巨大な塔を包囲。同時に、大型の揚陸艇が次々とコロニー周辺へと降下していく。


「よろしかったのですか? 猊下への支援は――」

「――やめておけ。超越者同士の戦闘に介入なぞしてみろ。早死にするぞ」


 副官に対して顔を向けぬまま、キアランは笑みを浮かべ、答えた。 


「今は、なんとしてでも勅命を果たす。俺達の目的は盟父の神子を保護することだ。それは猊下とて同じこと――当然、ご理解頂けるはずだ」

「――はっ! 了解致しました!」


 賽は投げられた。あとは、各々の成すべきことを成す。副官は敬礼し、旗艦の上陸準備へと取り掛かった――。


(さて、どうなるか……)


 キアランは一度息をつき、自らの指揮机から離れる。慌ただしさを増すブリッジ。その中を横切っていくキアラン。


(全く……随分と俺の立てた作戦を掻き回してくれたものだ)


 周囲をぐるりと囲む窓際へと歩みを進めると、キアランは自らの目で遥か上空――超越者同士の戦いを見つめた。


(――貴様の力。もし本物だというのならば……猊下を止めてみせろ。俺達を散々苦しめた、そのふざけた光の力で――)


 視線の先――。

 キアランのその声に応えるように。夜空を一筋の緑光が奔った――。

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