Chapter 11

ヒンメル

『間もなく、子供達の下校時間となります。区域の皆様は、子供達が安全に通学できるよう、お声がけ、お見守りをお願い致します――』 


 無人の居住区――。

 子供達の下校時間を告げるアナウンスが流れる。遙か昔にはこのアナウンスとともに、沢山の子供達が帰っていったのだろう。

 青いランプがチカチカと点滅する交通信号。その眼前を、凄まじい勢いでヒンメルの巨体が横切る。

 薄暗いヒンメルのコクピット。操縦桿を握るリーゼのゴーグルに、モニターに映し出された光が映り込む。アナログなメーターがカタカタと揺れ、鈍い震動をシート越しに伝える。

 いま、彼女の表情は窺い知れない――。

 リーゼは無言のまま、左右計三つのペダルを小刻みに踏み込み、進行方向を確認しながら的確な操縦でヒンメルを操る。


 ――とにかく早く。サツキという少女が目覚めを待つその場所へと。ただひたすらに、リーゼはヒンメルを疾走させていた。


  ◆     ◆     ◆


「――あの家よ!」


 居住区の中央を貫く大通りからは早々に外れ、閑静な住宅街を突っ切るヒンメル。そのヒンメルを操縦するリーゼの耳に、アマネの声が届く。急制動をかけたヒンメルの余波によって路面が隆起。時速数百キロに達していたその巨体は、数十メートルにかけて路面を破壊し、赤色の屋根の建物前で停止する。

 停止したヒンメルが駆動音と共に隆起した路面に片膝を着くと、頭部のコクピットハッチが開放され、内部から跳ねるようにリーゼが飛び出した。 


「急いで!あの男と一緒にいた二人が、交戦しながらこっちへ向かっているわ!」

「二人って――さっきの!?」


 不安気な表情を浮かべるリーゼ。その間もアマネは耳元に手を当てて、他の住民達と連絡を取り合っているようだ。


「どうして二人が戻って来たのかはわからないけれど、あの男の姿はないみたいね。きっと、カタナがやってくれてるんだと思う」


 緊迫感を持ちつつも、リーゼを安心させるように頷きながら言うアマネ。リーゼはアマネの言葉に頷くと、そのまま踵を返して建物の中へと急ぐ。


(お互い無茶しないって、あなたが言ったのよ――? 死んだりしたら、絶対に許さないんだからね――)


 隆起を飛び越えざま、リーゼは後方で膝をつくヒンメルに向けトリガーを引く。指令の受信と同時にヒンメルは自動でハッチを閉じて立ち上がり、周辺の警戒を開始。リーゼはそのまま丁寧に手入れされた花壇や植え込みを横目に、焦げ茶色のドアを開けて家の中に入る。


 広い玄関――。

 そこには女性用と子供用の二足の靴が、どちらもきちんと揃えて置かれていた。


「サツキは自分の部屋に居るわ。そこが一番、サツキの情報量が多い場所だったから……」


 建物の二階へと続く階段を見つめ、アマネが呟く。

 白い壁紙とフローリング、真新しい家の匂いのする廊下から、リーゼは二階へと続く階段を駆け上がっていく。階段を昇り、そこから続く廊下右横。

 サツキと書かれた、可愛らしいネームプレートがかかったドアを見つける。リーゼは、そのドアのノブを掴み、一拍置いてそのドアを開けた――。

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