ニンジャカタナ!
ここのえ九護
Location #93.
Chapter 1
緑光の少年
無数の星が輝く夜空。その下に広がる暗い海と、海面から幽鬼のように突き出たビル群。それは、すでに廃墟となった文明の遺産。過ぎ去った時代の残り灯――。
いま、それら海に沈んだビル。その屋上で、星空を見つめる一人の少女の姿があった。
「――追われてる?」
少女が呟く。星の光に照らされ、少女の整った横顔が水面に映る。
肩下まで伸びた少し癖のある赤毛と、勝ち気そうな大きな瞳。そしてその瞳に宿る知性の輝きは、彼女の魅力を大きく引き立てていた。
「落ちる――!」
少女の声とほぼ同時。視線の先で幾つかの閃光が爆ぜる。そしてその少し下。緑色の光が尾を引いて落下していくのを少女は捉えた。
閃光が消えた夜空を複数の船影が横切る。その船は何かを確認するようにその場で旋回すると、そのまま北西の方角へと飛び去っていく――。
船の離脱を確認した少女は、僅かに笑みを浮かべると、傍に置かれたホルスターを勢い良く掴んできびすを返した。
(あの船の形――。ユニオンに追われるなんて、なにしたんだろ?)
ホルスターを腰に巻きながら、少女は薄明かりの灯る通路を奥へ奥へと歩いて行く。錆びた金属柱や真鍮製のパイプを両手でぞんざいに横へ押しやり、幾つものガラクタの山を超えると、いまにも沈みそうなクレーン船が浮かぶ、屋内の桟橋へと辿り着く。
(――使える物があればいいけど。 難しいかな)
僅かな逡巡のあと、少女は颯爽と船に乗り込み、そのまま夜の海へと漕ぎ出していくのであった――。
◆ ◆ ◆
――少女が閃光を目撃する少し前。
眩いばかりの光を放ち、夜空を飛翔する緑光の流星。そしてその後方。長く引いた流星の尾を追うように、無数の光点が空を駆ける。
『なんですかこれは!? 説明してください!』
「知らねえ! こっちが聞きてえよ!」
夜空に巻き起こる爆炎の渦。絶え間なく炸裂する爆発と、降り注ぐ弾丸の雨の中。上下黒、首元にぼろ布を巻いた蒼髪の少年が、明滅する緑光と共に飛翔する。
『カタナ。一応確認しますけど……帰ってこれます?』
「無理だ! 数が多すぎる!」
『でしょうね!』
耳元の通信機越し。カタナと呼ばれた少年は周囲の爆炎から逃れるべく高空へと上昇。その行く手を阻むように、全長数百メートルの巨大な艦艇が夜空を隠し、遮る。
「くっそ! 囲まれた!」
艦艇の底面。数百の対空機銃が同時にカタナの緑光へと照準を合わせ、斉射。それを受けたカタナは一瞬の停滞のあと急加速。万を越える弾丸の雨を引き連れて艦艇に接近。機銃の可動範囲外へと潜り込む。
鈍色の底面すれすれを、緑光の輝きを発しながら舐めるように飛翔。だが、機銃から逃れたカタナを次に待っていたのは、空に輝く星々と同数にも見えるほどの小型戦闘艇の編隊――。
「お、多いってレベルじゃねぇ……」
『もしかして、またユニオンに手を出したんですか!?』
「してねえよ! こいつらがいきなり攻撃してきたんだ!」
『信用できません!』
風圧に煽られながら、カタナはぼろ布をはためかせて艦艇をなぞるように飛翔。一際激しく緑光の粒子を放出すると、突き出した機銃や艦橋を躱してついに艦艇上空へと飛び出す。しかし、そこでも息つく暇は無い。
緑光を追い、無数の戦闘艇が眼下から迫る。戦闘艇は一息の間に周囲に群がると、耳障りな飛行音を発し、次々と緑光めがけて襲いかかる。
「うわっと! この、やめろって!」
降り注ぐ弾丸の雨。カタナは小刻みなジグザグ機動から回転上昇。一旦高度を上げたのち、戦闘艇の一機めがけて急降下。強固な風防に覆われたコクピットにしがみつく。
「このやろー! なんでしかけてきやがった!? 開けろ! おい!」
「ヒィッ! に、ニンジャだ!」
『怯えてるじゃないですか! やっぱりカタナが何かしたんでしょう!?』
「だからしてねえって!」
強化アクリルの窓に顔を押しつけ、タコのように張り付いてガンガンと殴りつけるカタナ。その姿に、戦闘艇のパイロットが恐怖の声を上げた。
「おい! おーい! って――」
『カタナ! ロック反応!』
恐怖にひきつるパイロットなどお構いなしに呼びかけ続けるカタナ。警告を促す少年の声。機体に張り付かれ、そのまま攻撃すれば味方もろともとなるこの状況。しかし周囲の戦闘艇は、それすらも構わず一斉に機銃を浴びせかける。
「仲間だろ!?」
だがそれと同時、カタナが纏う緑光が一瞬で展開。彼だけでなく、彼が張り付いた戦闘艇すら覆い尽くす。
弾丸はその全てが着弾寸前で停止 。穏やかに光る緑光に阻まれ、ターゲットを捉えることが出来ない。
苛立ちと共に緑光で覆った戦闘艇を蹴り飛ばすカタナ。蹴り飛ばされた戦闘艇はくるくると回りながらゆっくりと戦艦に接触。座礁状態になって停止。同時に、戦闘艇の周囲を包んでいた緑光の発光も消える。
カタナは戦闘艇を蹴り飛ばした勢いで加速上昇。そのまま周囲に群がる戦闘艇を足場に跳躍を繰り返すと、何度目かの跳躍で大きく反転。艦隊中央へと躍り出て滞空。周囲をぐるりと見回す。
「お前ら――散れええええ!」
緑光が明滅。カタナの持つ漆黒のブレードが、輝く光刃を形成――。
一閃。
緑光の光刃が、夜空に正円の軌跡を描き、カタナを包囲していた全ての戦闘艇はあますことなく全てが両断。それどころか、遙か水平線に位置する同高度の巨大戦艦までもが完璧な切断面を見せて真っ二つ。轟沈する。
「うぇええ!? やりすぎた!」
その光景に一番驚いたのは本人だ。カタナは瞬間的に緑光を迸らせてその場から消滅。一瞬で自身が切断した戦艦の真下へと出現し、戦艦を支えるように両手を上げる。
「乗ってるのは……めんどくせえ! 全員あそこでいいだろ!」
黒煙と灼熱の炎を吹き上げて墜落する戦艦。その下で目を見開くカタナ。蒼い瞳に緑光の輝きが灯り、輝く粒子が戦艦を透過。そのまま目線を眼下の廃ビルへと移すと、廃ビル周辺の海面に数百人の乗組員が一斉に転移、出現する。
突然の出来事に驚きつつも、炎上する船から救い出された乗組員達はお互いをかばい合いながら、方々の体でビルの中へと避難していく――。
額の汗を拭い、再び周囲に群がり始めた艦隊へと目を向けるカタナ。彼はその光景にげんなりした表情を見せると、淡く輝く緑光へと手を添える。
深く息を吐き、艦隊へとブレードを構えるカタナ。彼の耳に、緊迫した様子の少年の声が響く。
『――カタナ。まさかとは思いますけど、今ミドリムシ使いました?』
少年の声に余裕は無い。だが、カタナは眼前の艦隊を見据えたまま、気が抜けたように笑う。
「たはは! 使っちまった!」
『――ば、馬鹿ですかああああ!?』
瞬間。数千にも及ぶ数のミサイルと熱線がカタナめがけて放たれた――。
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