第177話「説得」

 真ガルドルド魔法帝国宰相テオフラストゥス・ビスマルクは手と膝を突いたまま動かない。


 降臨した邪神様——スパイラルから、お前は愚かで思いあがったガルドルド人だ! と罵られた。

 その上、もたらされた世界滅亡の啓示は彼にとって相当ショックが大きかったようだ。

 スパイラルなんて、単に転生先の管理者という印象イメージしかない俺。

 片や、生き方を託すくらい信仰心の深いテオちゃん達にとってはインパクトがでか過ぎるのであろう。


 だが……


 俺はここで何とか、このテオちゃんを説得しなくてはならない。

 彼のフォロー無くしては、最新型の巨人にバージョンアップされたアウグスト・エイルトヴァーラと戦うのは不可能だからだ。


 普通に戦って倒すだけなら、ここまで気は遣わない。

 だが巨人の中身であるアウグスト本人を倒して、命を奪ってしまうのはまずい!

 非常にまずいのだ。


 アウグストを無事に連れ帰る事で、アマンダとフレデリカの父でもあるマティアス・エイルトヴァーラとは今後も協力関係を築きたいから。

 アウグストの無事……それがアールヴ族全体との友好関係にも直結する事だもの。

 

 アマンダとフレデリカというアウグストの実の姉妹が持つ、俺への気持ちの問題もある。

 彼を上手く助ければ、今のラブラブ状態も文句無く継続確定間違いなしだだろう。


 それにアウグストが俺との戦いの際に、万が一『暴走』したら巻き添えで、自分の姉妹を含んだ嫁ズさえ殺しかねない。

 それ故アウグストとの戦いは正々堂々としたフェアな戦いに持ち込む。

 彼が無傷な状態で、俺が完璧に勝たないといけないという超が付く難しさなのだ。


 先程と同様に、俺は念話でテオちゃんへ呼び掛ける。

 嫁ズも含めて周囲にやりとりを知られずに進めたいから。


『テオフラストゥスさん! スパイラル神の使徒トールだ。俺の声が聞えているか?』


『…………』


 俺の呼び掛けに、無言を貫く宰相テオフラストゥス。

 熱心な創世神教信者だけあって、まだ立ち直れてはいないらしい。

 神そのものから信仰心を否定されて落ち込むのはとても分かるけど、さ。

  

 俺は再度テオちゃんへ呼び掛ける。


『おいおい! いつまで落ち込んでいても仕方がないぞ。スパイラル神は浄化と再生の為にはこの世界を一旦滅ぼすと言っているんだぜ』


『う…………』


 あ、反応があった!

 もうひと押しか?


『このまま何もしなければ彼の浄化とやらで全員死ぬ。俺もあんたもここに居る皆も……いや全世界の全種族が、な』


『くくく…………むうう』


『唯一助かる道は、貴方が使徒である俺に全面的に協力する事だ。この世界に貢献し、スパイラル神の望む世界に修正し、彼への信仰心をあげる事をするしかないのさ』


『どどど、どうしたら良いのだ』


 おお!

 来た、来た!

 俺の提案を受け入れる声が!


『まずは、この場を上手く切り抜けて、ソフィアを助けないといけない。その後で貴方とゆっくり相談したい。なあに作戦は立ててある』


 絶望状態であったテオちゃんには、俺の言葉がとても頼もしく聞こえたようだ。

 暫し考えた後に、テオちゃんは縋るような声で俺に助けを求めたのである。


『わわ、分かった! 情けないが……今はショックが余りにも大きくてまともに考えられないのだ。確かに神の使徒である……お、お前……い、いや、貴方様が頼りだ』


 よかった!

 これなら俺に協力してくれそうだ。

 

 しかし……ここでしっかりと伝えておかなくてはならない。


『テオフラストゥスさん、まずアウグストに暫し、決闘を待つようにストップを掛けてくれないか……そして、辛いかもしれないが、ひとつだけ約束してくれ、俺も同じ約束をするからな! 必ずだぞ』


 俺は何度も念を押した。

 必死に念を押した。


 そして……


『……分かった! 貴方がそこまで言うなら約束する! 必ずだ!』


 俺はとうとう……

 テオちゃんの協力の約束を、『完全』に取り付ける事が出来たのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 俺と宰相テオちゃんの、念話による綿密な打ち合わせの後……


 遂にアウグストからの決闘申し込みを、俺は受けた。

 

 戦う事が決まって、アウグストは眩く輝く金属製の巨体を震わせて喜んでいる。

 宰相の指示を渋々聞いて、『決闘』を暫し待たされたアウグスト。

 やっと俺を、思い切り殺せると確信しているのだろう。


「ようし! 薄汚い人間め! 漸く戦う気になったか! 殺してやる! 殺してやるぞ!」


 絶叫に近い声で吼えるアウグスト。

 アマンダとフレデリカは悲しそうに、他の嫁ズは冷ややかに眺めている。

 

 そんな中、俺はテオちゃんと目配せした。

 いよいよ作戦発動だ。


 まず俺が「待った」を掛ける。


「まあ、待てよ。今から宰相閣下より、貴方へ話があるみたいだぞ」


 テオフラストゥスは俺の言葉を聞いて頷くと、興奮するアウグストを手で制する。


「エイルトヴァーラ騎士団長! 宜しいか! 私が決闘の立会人となる。帝国の騎士として決闘するのであればガルドルドの規則には従って貰うぞ」


「立会人だと!? 宰相! そんなものは不要だ。僕はその軽薄人間をミンチのように叩き潰すだけだ」


 最新の機体を誇示し、俺を殺すと息巻くアウグスト。

 しかし、テオちゃんはそんなアウグストに対して致命的な言葉を投げ掛けたのだ。


「馬鹿な! 誇り高きガルドルド騎士としての精神に背くつもりなのか? それでは騎士団長を解任しなければならないし、その機体も返して貰うが宜しいか?」


「ええええっ!?」


 これは効いた!


 巨人の強さに酔うアウグストから、その地位と名誉を剥奪する言葉なのだから。

 テオちゃんに聞いたところ……

 どうやら、この場に居ない残り5人の魔法工学師により、全ての機体の動作は遠隔操作出来るらしい。

 

 これは万が一、アウグストを含めた者が叛乱を起こした際の備えであるようだ。

 

 だが単純に機体を停止させても、アウグストは俺を認めないだろう。

 やはり決闘により正々堂々と戦って、彼に納得させるしかないのである。


「うぐぐぐ……わ、分かった」


 ようし!

 まず第一段階成功だ!


「騎士団長! それで決闘の方法だが……」


 テオちゃんから、俺とアウグストの決闘方法が説明されて行く。

 打ち合せどおりの展開に、俺は黙って目を閉じる。


「ええっ! なな、何だとぉ!!!」


 一方……吃驚したのはアウグストである。

 驚く彼の声は、迷宮が空気がびりびりと振動するほど大きく響いていたのであった。

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