第135話「言い掛かり」

 ベルカナの街の商業ギルドのナンバーツー、サブマスターのクレメッティ・フオタリは怒りの形相だ。


「言うに事欠いて失われた地ペルデレですと? ……あなた方はそれを本気で仰っていますか?」


 彼の唇はぴくぴくと震え、この話が尋常ではない事が窺える。

 だからと言って、俺達が遺跡行きをやめる事など出来ない。


「ああ、本気さ。俺達はあの遺跡へ潜る」


 言い切った俺。

 クレメッティは、呆れたように肩を竦める。


「……何という事を……あの呪われた遺跡に入り込んで今迄戻った者は皆無だというのに……絶対にやめておいた方が良い。その方が賢明ですよ」


「そう言われても事情があって、俺達は行かなくちゃいけないのさ」


「その行為、……無謀としか言いようがないですが、ね。但しそういう理由わけで情報というのは何もありません。何せ死体さえも戻りませんから……」


 眉をひそめたクレメッティの様子を見ると、商業ギルドに失われた地ペルデレの情報は無いようだ。

 なら、深追いはやめておこう。

 面会時間も限られているし、俺は商取引の方に話を戻す事にした。


「この地と言うか、この国の名産はどうなのですか?」


 俺が迷宮の話を取り止めると、途端にクレメッティは機嫌が良くなった。

 そしてこのアールヴの国イェーラの名産品を教えてくれる。


「この国の最大の名産品はハーブです。お茶などの食用を始めとして、薬用にも使用されています。中には強力な魔除けの効果がある種類もあります」


 やはりハーブか……

 白鳥亭の女将であるアマンダさんも言っていたが、確かにこの国のハーブ料理は抜群だ。

 薬用にも嗜好品にも有効なのは頷ける。

 ただ……強力な魔除けって?

 イザベラとヴォラクの両悪魔には、全然効いていなかったような……


「それ以外にもこのアールヴの国イェーラには神からの豊かな恵みがあります。果実、木の実、茸、そして鹿、兎など草食動物の肉や毛皮などです」


 まあ、この国ならそうだな。

 でも、こういったたぐいのものなら他国にもあるだろう。

 この国ならではの商品がある筈なんだ。


「回復系や解毒系の魔法薬と付呪魔法エンチャントをかけた魔道具には大変な人気がありますよ」


 おお!

 それだ!

 魔法薬は勿論だが、付呪魔法エンチャントをかけた魔道具は稀少価値が半端無い!

 ……中二病の俺はそう思うのだが実際はどうなのだろう?


「但し、この国では付呪魔法エンチャントを掛けた武器防具の売買は禁止されています……元々所持していたものは別ですが……」


 そういえば、街へ入場する際に剣や防具に小さな目印をつけられたっけ。

 効能効果は別にして一応魔道具としての違法ではない識別だけしておくのだろう。


 つまり目印が無い物を所持していると……やばいのだ。

 アールヴの魔法剣士が使っているような魔法剣は一般には流通しないし、もし裏で取引したら厳しく罰せられるという。


 クレメッティの教えてくれたものは俺の頭の中にインプットされたし、ヴォラクに至るまで全員が熱心にメモをしている。

 ヴァレンタイン王国、悪魔王国、そしてこのアールヴの国イェーラ、この3国でどう商品を回したら良いのか?

 効率の良い商取引ルートを確定しなければならない。


 俺達はその後、いくつかの質問をしてクレメッティから出来る限りの情報を得た。

 話が失われた地ペルデレに及ばない限り、彼の機嫌が損なわれる事はなかった。

 そしてクレメッティが約束してくれた紹介状と共にこのアールヴの国イェーラの商人鑑札も合わせて取得したのであった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 俺達は商業ギルドの次に冒険者ギルドへ向かう事にした。

 商業ギルドでは失われた地ペルデレの情報が全く得られなかったからだ。


 商業ギルドの入り口に居たフレデリカの姿は既になかった。

 彼女は彼女なりに事情があるから、もう俺達に構っているどころではないのだろう。


 遺跡の情報が全く得られなかったので俺達は少し落胆したが、これは悪魔大学でオロバスから話を聞いた時にある程度予想出来た事であった。


 ちなみに冒険者ギルドは商業ギルドから歩いて10分程の場所にある。

 規模としてはジェトレ村と同程度だし、世界共通の組織という事で建物の造りも良く似ている。


 俺はBランク、ジュリアはEランク、イザベラはDランクの正式な冒険者なので今度は堂々と入れる。

 

 俺達がギルド内に入った瞬間、たくさんの冷たい視線が突き刺さった。

 いや……冷たいどころか、殺気まで籠っていやがる。


 貧相な革鎧を着たひとりのアールヴが、俺達の前に歩いて来た。

 俺を見る彼の目は、凄まじい憎悪に狂っている。

 いきなりで、わけが分からない。

 

 何だ、こいつ?

 俺に何の恨みがあるんだ?


 不思議そうに見ると、アールヴはギリギリと歯ぎしりしている。


「フレデリカちゃんはなぁ、俺達、冒険者の……いや、……このベルカナの街のアイドルだ。さっきの……見ていたぞ……よくもあの子を泣かせたな……悲しませたな」


 何じゃ、そりゃ……

 こいつ、事情も知らないで一方的な言い掛かりだ。


 俺は思わず相手に言い放った。


「お前、事情を知っていて物言いをしているのか? 俺達は先約があるから彼女の依頼を受けられないと断わりを伝えただけだぞ」


「はぁ!? 何、言ってやがる! 俺はしっかりと見たのだぞ! フレッカをわんわん泣かせたお前が絶対悪いに決まっている!」


 男が叫んだので、周囲の奴等が一斉に詰め寄って来る。

 どうやらこいつがギルド中に俺達の噂を吹聴したらしい。

 俺は男を掴んで奴等の中に投げ飛ばすと、ソフィアに指示を出した。


「ソフィア、魔法障壁だ!」


「了解じゃ! 城壁ランパート!」


 俺達に襲い掛かろうとしていた男達は、ソフィアの発動した魔法により見えない壁に阻まれた。

 強引に進もうとするが、虚しく跳ね返されている。

 冒険者の総勢は20人程度だし、魔力波を見る限りでは強敵が見当たらない。

 だから俺ひとりで叩きのめしても良いのだが、やらない。

 暴力沙汰にすると、後々面倒になるという予感が働いたのだ。


「おい、職員! 見ているだけじゃなくて、ちゃんと収拾しろよ!」


 受付カウンターの向こうで及び腰になっている冒険者ギルド職員達を、俺は怒鳴りつけた。

 しかし何という事か、職員達は苦笑したまま動かない。

 

 彼等は「出来れば我関せず」の魔力波オーラを発していた。

 ソウェルの娘であるフレデリカの名前が出てから、冒険者が暴徒化したのを見た彼等は後難を怖れて躊躇ちゅうちょしているのである。

 業を煮やした俺は、一番近くに居る人間族のおっさん職員の服を掴んで引き寄せる。


「ああっ! や、やめっ……」


 俺に胸倉をつかまれたおっさん職員め!

 真っ青になっていやがる。

 いい気味だ!


 俺は単なる暴力行為ではない証拠に職員を怒鳴りつける。


「こらぁ、職員共! 無視するのもいい加減にしろよ。これ以上『だんまり』を決め込むならあの凶暴な冒険者の中にこいつをぶん投げるぞ!」


 するとカウンターの奥で無視を決め込んでいた、中間管理職らしいアールヴの職員が慌てて駆け寄って来る。


「おお、お客様。乱暴はやめて下さい!」


 と、その時。


「これは、一体何の騒ぎです!」


 ギルドの2階に上がる階段から、丈夫そうな緑色の革鎧を纏った美しいアールヴ女がひとり、こちらを凝視していたのであった。

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