第102話「尾行者」

 午前10時30分……


 各自が手早く支度を済ませて、俺達はジェトレ村から出発する事になった。

 ジュリアが臥せっている間に日用品や食料品など旅に必要なものは買い揃えてあったので、全く問題は無い。

 

 目指すのはイザベラやアモンが使った悪魔王国への転移門。

 数千年前にあった例の冥界大戦において、悪魔達が旧ガルドルド魔法帝国を攻め滅ぼす為に地上に出る多くの転移門を設置したと言う。


 その転移門を使って悪魔達は際限無く湧き出すように、その怖ろしい姿を地上に現した。

 襲い掛かる悪魔に対して必死に抵抗するガルドルド魔法帝国軍ではあったが、一度失った勢いを取り戻す事は出来なかった。

 悪魔達はガルドルドを滅ぼした。

 だが勢いに乗って、地上全てを支配しようと欲を出したのが誤りであった。

 創世神の命により、討伐の為に派遣されたスパイラル率いる強力な神の使徒の軍勢の前に呆気なく敗れ去ったのだ。


 悪魔が設置した転移門は、地上と魔界への道を閉ざす為に、殆どが戦いの神であるスパイラルによって破壊されたが、何故かいくつかの転移門は破壊されずそのまま放置された。

 そのひとつがこのジェトレ村の近くに設置された悪魔王国に繋がる転移門である。


 場所はジェトレ村からタトラ村へ向う森の中……

 張り切るイザベラの案内で、俺達はジェトレ村の正門から出発したのである。


 俺が黒髪・黒い瞳の目立つ存在であったからだろうか?

 門番のブレットは俺の事をしっかりと覚えていた。

 俺達をじっと見て意外そうな表情だ。


「おう、ジュリア! あれっ、やけに面子メンツが増えたなぁ。新しい仲間かい?」


「ああ、あたし、冒険者ギルドにも登録してクランを組んだのさ。戦う仲買人バトルブローカーって、言うクランなんだ。ここに居るのは皆、仲間クランメンバーだよ」


「へぇ? で、リーダーは? やっぱり、その大柄な戦士かい? 商人って感じじゃないけどなぁ」


 ふん!

 やっぱりって。

 誰でもそう聞くよな。

 何せ、アモンの貫禄は半端ない。


「ブレットったら何、言ってるの! トールだよ、リーダーは」


「え、ええっ!? リーダーはそのジュリアの彼氏かい? それはいやはや何とも……」


 ブレットは心底驚いたようだ。

 口を「ぽかん」と開けている。


「もう! トールはこう見えてもBランクの上位ランカー冒険者なんだよ」


「ほえっ!?」


 はぁ!?

 何じゃ、その声は!


 ブレットはアモンほどではないが、たくましい戦士である。

 その彼が身に似合わない変な声を出したので周囲が注目してしまった。


「行くぞ……」


 そんなやりとりを見ていて、いい加減、れたらしい。

 アモンは、ゆっくりと顎をしゃくった。

 全員へ、外に出ようと促したのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 俺達は街道をタトラ村の方角に向う。

 今回の悪魔王国での仕事が済んだら……

 俺とジュリアは一旦タトラ村へ戻るつもりである。


 仲間とはありがたい。

 ジェマさんに頼まれた買い物、モーリスに渡す錬金の素材等はイザベラとアモンがジェトレ村で調達してくれた。

 それらは全て俺の収納の腕輪の中である。

 すなわち村で頼まれた依頼は、全てコンプリートしているということだ。

 

 今回儲けた金で、ジュリアは叔母であるジェマさんに恩返しすべく、村の大工に頼んで大空亭の大規模な建替えを相談するという。

 いかにも叔母思いの優しいジュリアらしい。

 

 俺達が歩き出して30分くらい経った、その時であった。


「おい、気付いたか?」


 アモンがいつもの通りぶっきらぼうな口調で話し掛けて来た。

 主語が抜けているが、彼の言う意味は直ぐ分かる。

 というか、全員が気がついていた。


「ああ、下手な尾行だな」と俺が顔を顰めると……


「4人組だね」とイザベラがにっこりと笑う。


「ふん! わらわ達に対する殺気が凄いのう……」とソフィア。


 そして竜神族として覚醒したジュリアはというと……


「尾行して来るのは男性4人、年齢は皆20代半ばくらいでどうやら冒険者っぽいよ。戦士、シーフ、魔法使い、僧侶かな? ……典型的なノーマルタイプのクラン構成だね。ふうん……ソフィアの言う通り殺意が丸分かりだ。あたし達から情報を聞き出して全員殺した上で金品を奪うつもりみたいだよ」


 おおお!

 す、凄ぇ!

 何で、そこまで分かるの?

 ジュリアの能力って、ぱねぇぇ!

 しかし、何者だ、奴等?


「とりあえず捕まえて吐かせよう。多分、ジュリアの言った事に間違いはあるまい。であれば多少手荒な真似をしても構わないだろう。目には目を、歯には歯をだ」


 例によって、アモンが抑揚の無い声で言う。

 でも『……歯には』って、そんなことわざがこっちというか悪魔にもあるのかね。


「よしっ! この先の林に飛び込んで誘き出そう。俺が奴等の後ろに回りこんで挟撃する」


 何と俺の頭の中に「パッ」と作戦が浮かんだのだ。 

 アモンが黙って頷いた所を見ると、作戦としては問題無いのだろう。


「ええと、相手に魔法使いが居るのか? イザベラ、魔法障壁は使えるか?」


「もちのろん!」


「トール、妾もその魔法障壁は使えるぞよ」


 すかさずソフィアが申し出たので、俺は彼女の『やる気』を尊重してやる。


「分かった、じゃあ魔法障壁はソフィアに頼もう! イザベラは奴等に攻撃魔法を一発ぶちこんでくれ。だがあくまでも威力を抑えて囮の魔法で牽制と誘い出し用だ。但し相手が突出して来たら遠慮なくぶちかましてやれ!」


「承ったぞ!」


「了解!」


「アモンは盾役とおびき出し役だ。悪いが前面で敵を受けてくれ。敵を出来るだけ引き付けてくれれば俺が背後から奴等を叩く」


「ふむ……分かった」


「トール! あたしは?」


「ジュリアは支援担当のイザベラとソフィアを守ってくれ。俺とアモンの戦い振りを良く見ておけよ。ギルドで習った基礎の戦い方を思い出して来たるべき実戦に備えるんだ」


「了解!」


 ジュリアは魔法の杖を背負ったまま、腰から下げたショートソードに緊張気味に触った。

 今迄は守られるばかりの立場だったジュリア。

 イザベラ達を守る係りを任されて嬉しそうだ。

 但し、実戦経験が無いので、今回に関しては後衛に入って貰う。

 

 これで全員の役割分担が終わったな。

 

「よっし! もう少し歩いて合図をしたら林に駆け込むぞ」


 俺達は背後の男達の気配を確認しながら、少しずつ距離を取って行く。

 男達も、俺達が早く歩く事に気がついたようだ。


「よし、ダッシュだ!」


 俺達はいきなり歩く速度をあげると大きく跳躍した。

 そして雑木林へ飛び込んだのであった。

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