第99話「ジュリアの体調不良」
俺達クランがコーンウォール迷宮から、同キャンプを経てジェトレ村の絆亭に帰り……ゆっくり眠った翌朝、『異変』は起こった。
……何とジュリアが高熱を出して、寝込んでしまったのだ。
彼女の身体はカチコチに硬直し、起き上がるどころか満足に手足も動かせない状態である。
しかし俺はホッとした。
何故か?
イザベラとアモンがすぐに『病名』を教えてくれたからだ。
まあ、正確に言えば、病気ではない。
15歳の誕生日を迎えたジュリアに、例の竜神族の覚醒って奴がとうとう来たのだ。
アモンによれば1週間程度の寝たきり状態が続くらしい。
それを聞いた俺は一瞬考え込んだが、すぐにイザベラとアモンへ申し入れをした。
イザベラの姉の婚礼の日までもう残り少ないからだ。
タイムリミットが迫っている。
『賢者の石』と『オリハルコンのレシピ』を少しでも早く悪魔王国に持ち帰らないといけない。
イザベラの姉の輿入れの際に、嫁入り道具として必要なオリハルコン製のティアラと短剣の製作には時間も相当掛かるだろうから。
俺達のやりとりをじっと聞いていたジュリアが、苦しい息の下から
「はぁはぁ……ト、トール……わ、私は絆亭で休んでいるから……イ、イザベラと出発し……て」
悪魔王国へ先に行って貰い、納品して来て欲しいという事だろう。
しかし俺の気持ちは既に決まっていた。
俺は向き直って、イザベラとアモンへ言う。
「イザベラ、アモン……悪いが、先に出発してくれ。俺はジュリアに付いているから」
実の所、俺の心の底にはアモンに対して、深謀遠慮もあった。
俺が腕相撲の勝負に勝ってから、毒舌を吐きながら俺の面倒を何かと見てくれたアモン。
邪神様がそれはアモンの友情だという台詞を吐いていたが、最近は俺の方も友情を感じていたのである。
今更だが……
アモンの婚約者であるイザベラを嫁にした事実が、俺の心の奥底でずっと引っかかっていた。
強い奴が勝つのだから、そんな事は気にするなという悪魔の論理。
そして改造される前の普通の人間であった頃の良心が、俺の中で激しく葛藤していたのである。
俺は、イザベラの事を決して愛していないわけではない。
当然、凄く可愛い嫁だと思っている。
だが悪魔王国におけるアモンの立場はとても微妙だ。
外身はひ弱な人間の俺にみっともなく負けた上に、国王の娘である自分の婚約者だったイザベラまで寝取られた。
と、あっちゃ……下手すると死罪になるくらい、ヤバイかもしれない。
ここでアモンが、何事もなかったかのように悪魔王国に戻る。
そして家出したイザベラを連れ戻して、オリハルコンを持ち帰れば……
彼はお咎め無しどころか、一躍『英雄』となるだろう。
しかし!
イザベラはこんな時に、異常と言って良いくらいの勘が働くのであろうか?
俺の要請に対して、断固として出発を拒んだ。
ジュリアが回復するまで自分も絆亭に残ると宣言したのである。
イザベラの答えを聞いて尚更、吃驚したのがジュリアだ。
俺が残るのでさえ難色を示していたのに、当事者のイザベラまで残ると聞いて戸惑いと嬉しさが入り混じった複雑な表情をしている。
「あううう……だ、駄目だよ、イ、イザベラ……」
「こらっ、ジュリア! 何、言っているの? 私達は仲間というか、夫を同じくする妻同士じゃないか! つまり家族だろう? 助け合うのは当たり前だよ」
「あうううう、トールゥ、イザベラ~」
ジュリアはもう大泣き。
涙と鼻水で酷い状況になっている。
だけど、とっても嬉しそうだ。
そんなジュリアを見て、イザベラはにっこり笑った。
優しさに満ち溢れた笑顔である。
「オリハルコンはもういつでも渡せるんだ。姉上にはもう少し我慢して貰うさ」
アモン単独で帰国するのは絶対に無理……
イザベラはそれを見越して、姉にオリハルコンを渡すのは先になると言っているのだ。
……イザベラの真意は俺にも分からない。
ジュリアの為と言いながら……
帰国したら、俺とはもう二度と会えないのではと感じたのが理由かもしれない。
念話で密かに聞いても構わないが、それはイザベラを完全に信じていない事になってしまう。
ここは、素直にジュリアの為と受け取っておこう。
そうと決まれば、絆亭の女将であるドーラさんには、ジュリアが『風邪』をひいたという事にして延泊を申し入れる。
ちなみに医者は呼ばなかった。
下手に医者を頼むとジュリアの素性が探られる可能性もある。
絶対にやめた方が良いと、アモンから忠告されたのだ。
じゃあ、治療に関しては? と尋ねると……
さすがに他部族の事などで詳しくないと言いながらも、一応アドバイスはしてくれた。
竜神族の覚醒の症状は様々だが、高熱が出る、食欲不振、下痢、眩暈、倦怠感等々。
有効な薬も無い為に、例えば熱が出たら冷やすとか等のいわゆる対処療法的な事を行うしかないようだ。
寝込んでしまい、苦しそうなジュリアを見た俺は、彼女がとても可哀想になってしまった。
俺はジュリアの夫として身の回りの世話をしっかりやると心に決めたのである。
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