第85話「安息」
一体の
奴の背後から、俺は斬りかかる。
相手の弱点を狙う戦法だ。
え?
卑怯?
いや、関係ない。
俺は邪神様の使徒ではあるが、正々堂々を謳った武士道や騎士道に基づいて戦っているわけではない。
背後から襲うのは卑怯だの何だのは拘らない。
今の俺は戦いに勝たなければ死あるのみ。
負けては意味が全く意味が無い。
相手が未知であったり、自分より圧倒的な強さを持つなら尚更だ。
事前の打合わせ通り、俺は奴の関節後面の『継ぎ目』を狙う。
注意して見ると、薄いゴムの皮膜のような部分が確かにあった。
ほんの僅かな、面積にすると猫の額のような大きさに過ぎないが、俺はそこに魔剣の一撃を振るう。
魔剣の凄まじい切れ味の前に、その部分はバターを切るようなあっけなさで切断された。
最初が両脚、そして両腕がそれぞれ切り離されると
まず一体か!
俺は次の『獲物』を探そうと周囲を見回した。
しかし!
そんな俺に追い縋るかのように声が掛かる。
「コロシテクレ!」
見ると『胴体』だけになった
これは魔法水晶に封じられた人間の魂が発した叫びだ。
そうか……ガルドルド人の魂が入っているんだっけ。
もしかしてこの魔剣の魔力吸収は使えるのか?
俺は黙って魔剣を金属の塊と化した哀れな元人間へ向ける。
手に持つ魔剣が異様に輝いている。
魔力をくれる『獲物』を……見つけたのだ。
やがて俺に助けを求めていた声は小さくなる。
そして……
「ア、アリガトウ……コレデ……ヤット……ネムレ……ル……」
何と感謝の言葉だった。
戦いの最中ではあったが、しんみりする。
俺の剣の特殊能力により、旧ガルドルド魔法帝国の兵士らしい魂は永遠の労働から解放された。
安息の眠りにつくことが出来たのだから。
俺の居た前世の科学とて万能ではない。
特に人間に近いものを造ろうとする分野ではあらゆる研究がされていたと思う。
それはこの異世界、
だが禁断の部分や倫理的に人が手を触れていけないものがきっとある。
この
魂――すなわち人の感情は旧魔法帝国のどんな技術者、魔法工学師でも再現出来ず、結局は禁断の技法に走ってしまった。
ゴーレムとは、いわば神から伝授された擬似生命の技法だ。
やはり人間が安直に……簡単に触れて良いものではないのだ。
俺は動かなくなった
こうして―――俺は10体ほどの
さすがに奴等も、俺の狙い所が分かったとみえて迂闊な行動をしなくなった。
すなわち群れから離れて単独行動はせず、無防備な背面を見せなくなったのだ。
こうなると焦りは禁物だ。
膠着状態になるが、無理をする事はない。
元々、
相手が守備を固めているところへ、無理矢理力攻めをしても効果は無い。
俺は『念話』でアモンとイザベラへ悪霊部隊の撤退を指示した。
また俺自身も後退し、次の戦いに備えたのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「トール、やはり……お前は戦いの神の化身だ」
ああ、戦いの神の化身って、邪神スパイラルの使徒だから確かにそうだ。
アモンが俺の事をそう言ったので俺は心の中で呟いた。
そんな俺へ、アモンは珍しく賛辞の言葉をくれる。
「俺達上級悪魔でも苦戦した
「俺じゃあない……魔剣の……力さ」
俺の力は……改造されたチートなもの。
自身の力だけじゃあないからな。
俺の言葉を聞いたアモンは、皮肉とも言える笑みを浮かべる。
「何を悩む。俺達、悪魔だって元は天界の住人。いわば神から与えられた力だが、使えるものは使え! いつもそう考えて行使している」
アモン……やっぱり見抜いていたのか。
俺が
「分かった。じゃあ皆で次の作戦を考えよう」
俺はアモンに笑みを向けると、全員を見渡した。
休憩を告げたのである。
30分後――
簡単な食事を摂り、再戦の準備を整える俺達に対して
「致命的になるから極力起こさないように魔法で制御されては居るが、奴等は元々人間。すなわち恐怖心がある。そこが付け目だ」
恐怖心……
確かに言える。
だから、
「恐怖心……それを更に煽る……」
一体……恐怖心を煽るとは?
「この
アモンの言葉を聞いたイザベラが「ハッ」と息を呑む。
「俺達悪魔の本体は人間にとっては恐怖の対象。その上奴等は多分、冥界での悲惨な敗戦を経験している。その時の記憶が呼び覚まされる筈だ。動揺して隙を見せた所を一気に叩く」
「ええと良いかな? ちょっと思ったけど……」
アモンの言葉を遮った俺へ、皆が一斉に注目する。
「それも一理あるが、
他の皆が黙る中、アモンが俺の言葉を聞いて面白そうに笑っている。
「トール、やはりお前の目の付け所は良い。軍隊を戦意喪失させる為には王か、将軍を叩くのがセオリー。俺が本体の姿で攻める前に、駄目元で申し入れをする価値はあるかもな」
駄目元って……
余り可能性が無い、低いって事か。
「相手が元騎士で誇り高い男であれば応じるかもしれない。このままでは奴等は戦士として臆病者のレッテルを貼られる事になる。……まあそんなレッテルを張る王族や国民は既に死に絶えて現世には居ないがな……くくく」
騎士か……
確かに騎士なら逃げる事を由としないだろう。
「但し、奴等が一騎打ちを受けた場合は、トールが相手をするのだぞ」
「ええっ、俺が!?」
驚いた俺へ、アモンは笑いながら念を押す。
「当然だ。相手が隊長なら、こちらもクランのリーダーを出さねば駄目だろう?」
俺はアモンの言葉に苦い顔をしながらも、渋々と頷いたのであった。
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