第79話「縮図」
外見はそれぞれ異なるが、人喰い鬼の伝説は世界各地にある。
日本で言えば、角の生えた筋骨隆々な赤ら顔をした大男の事。
俺が資料本で読んだ限りでは、西洋の
並外れた膂力により敵を倒し、その肉を喰らう鬼の一種だと言えよう。
今、その怖ろしい
当然、目的は俺達を倒し、餌として捕食する事に他ならない。
しかし幸いな事に奴等は大概、俊敏では無い。
攻撃も単調。
力任せに攻撃する無法者に過ぎないのだ。
ここでお約束。
アモンが重々しく言う。
「トール、今度はリーダーのお前が他の者へ指示を出せ。
戦ってみせろ?
ああ、アモンの奴、完全に軍師&教師ノリだよ。
いやオーナーとか会社社長?
まあ奴の言う通り、俺がこのクランのリーダー。
不当にこき使われる雇われ店長みたいだけれど、仕方がない。
俺はクラン『バトルブローカー』のメンバー全ての能力を把握しているわけではない。
だけど、これまでの戦いから得た知識と実戦の経験からクランに指示を出す事にした。
作戦は至極単純。
考えも無く近寄って来る
本当に、ただそれだけの作戦だ。
「ふん! それが……果たして作戦か?」
アモンが顔を
俺は思わず不満の気持ちで頬が膨らむ。
しょうがないだろう!
俺はアンタと違って、百戦錬磨な悪魔大将軍じゃあないんだから。
「まあ良い。言われた通りにしてやろう」
アモン……お前、言われた通りにするんだったら最初からケチつけるなよ。
何か、俺って、いじられてる?
にやにや笑うアモンへ、俺は苦い顔をしたのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
そうこうしている間にも
奴等の位置は、最早索敵とも言える俺の鋭い五感ではっきりと把握していた。
相手の位置から攻めかかるタイミングを計る。
5,4,3,2……
そしてさっと挙がった俺の手のタイミングに合わせてイザベラの火炎魔法とアモンの灼熱の炎が一斉に放たれた。
「ぐああああっ!」
「ぎゃうううっ!」
いきなりな猛炎の洗礼に
今だっ!
俺は大きく跳躍すると、一気に魔剣を振り下ろす。
焼け爛れた傷に苦しむ
1番後方に居た
しかし俺の剣を受けて仲間2体が無残な骸と化すと、耳をつんざくような声で咆哮する。
このような咆哮は怒りから来る自らの鼓舞と相手に対する威嚇の為だろうが、今の俺から見たら無駄以外の何ものでもない。
怒った顔がちょっと怖いだけだ。
俺は骸を乗り越えると一気に
呆気なくオーガは斃れた。
一拍のうちに喉、鳩尾、そして心臓に突きを貰った
俺の剣捌きを見ていたアモンが、感心したように言う。
「ほう! 最後の技は何という技だ?」
「無明の剣……俺の好きな武人の必殺技だ」
「無明の剣か……無明の剣とは即ち無知や迷いを斬る剣という意味か? それとも無いものを在ると考え、それを斬り捨てる剣の事か?」
アモンがいきなり俺に無明の剣の由来を聞いて来る。
何か深い。
哲学チックだ。
俺にはそこまでのウンチクは無いので困ってしまう。
「意味は知らん……名前の意味を知りたい程、俺は拘りが無い」
俺がそう言うとアモンは残念そうな表情を見せた後で「チッ」と舌打ちをした。
多分俺の事を思いっきり軽蔑したのであろう……ははは。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
……それから俺達は地下4階で何度も戦った。
1番厄介だった敵が予想通りヘルハウンド。
その口から吐かれる高温の火炎である。
考えてみれば火炎はこちらから攻撃する事しか考えておらず、逆に攻撃された時の事を全く想定していなかった。
俺がいつものように魔剣を振りかざして突っ込もうとしたら、相手がいきなり火炎を吐いて来たのだ。
そりゃアモンの灼熱の炎を見ているから、それに比べればヘルハウンドの炎の威力の方が劣るのは分る。
確かに格段に劣るだろうが、俺は結構な火傷を負い、一旦後退したのだ。
いくら邪神様の与えてくれた身体でも過信はするな! という事だろう。
負傷した俺に、ジュリアが心配顔。
魔法杖から回復の魔法を発動して俺を癒してくれる。
そこで俺は、信じられないものを見た。
焼け焦げた俺の腕の皮膚の表面が再生して、あっという間に回復したのだ。
さっきの発言撤回!
やっぱりこの身体は凄いよ、邪神様!
俺が体を回復させて貰う間に、アモンが真性盾役としてヘルハウンドの群れの前に立ち塞がる。
「お前達をこれ以上行かせる訳にはいかんな。悪いがここで殲滅する」
アモンは抑揚の無い声でそう言うと、手当たり次第にヘルハウンドの頭を掴み、ぐしゃりと握り潰す。
仲間を攻撃されたヘルハウンドの中には例の炎を吐く者も居たが、アモンには全く効果が無い。
どうやらアモンはある程度の炎など無効化出来る様だ。
何という大悪魔の強烈チート能力!
ぎゃうん! ぎゃん! うおん!
やがてアモンによって頭をトマトの様に無残に潰された、ヘルハウンドの死体があちこちに散乱した。
ヘルハウンドは犬の魔物ながら、
どうやら勝ち目の無い戦いに身を投じる事は無いようである。
劣勢とみるや、リーダーらしい一頭が低く唸る。
と一転、現れた方向に身を翻し、消えてしまったのであった。
「うわぁ……逃げ足……速っ!?」
これは俺達人間にも当て嵌まる人生の縮図だ。
弱い者は徹底して叩き、強い者には巻かれるか、さっさと逃げる。
俺は苦笑して、ヘルハウンドが消えた方向を眺めていた。
ヘルハウンドとの戦いが終わって―――ジュリアに治癒して貰っている俺と負傷した腕をアモンがまじまじと見つめている。
何か言いたい事でもあるのだろうか?
「お前の膂力といい、その身体といい……やはり只者ではないな」
や、やばい!
俺が悪魔の宿敵である邪神様の使徒だと、ばれたのか!?
「た、た、た、只者じゃあないって? お、お、俺は普通の人間で単なる戦士だよ」
盛大に噛みまくった俺の答えを疑わしそうに見ていたアモンだったが、はたと手を叩いた。
「分かったぞ! お前は俺の知らぬ猛き魔族の血をひいているのだな! その膂力、身体捌き、そして異常な程の身体の回復能力はそれに間違いない」
ああ、当らずとも遠からず。
アモンの微妙な答えを聞いて、「ばれず」によかったと胸を撫で下ろしたのであった。
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