第18話「駆け引きって凄い」

 やっと話が見えて来た。

 

 ジュリアも賢者の石が盗品じゃないと知って安心したようだ。 

 なので、俺はモーリスに対して素直に代金を渡そうとした。

 数百万アウルムする賢者の石がたった8,000アウルムならやっすい。


「トール、ちょっと待って!」


 何故か、ジュリアに支払いを止められる。

 

 何だろう?

 まだ何か、あるのかな?


 ジュリアは首を横に振っている。


「ここでまともに買うのは素人よ。良い? 見ててね」


 まともに買うのは素人?

 何、それ?


 俺が首を傾げると、モーリスもまるで投球を受けるキャッチャーのような表情をしている。

 よっしゃ来いって感じだ。


「おっ! 来たな、ジュリア」


 ジュリアは、どうやら商人にとってはお約束の『金額交渉』をするらしい。

 基本的には値引きの要求をするのだろう。

 モーリスの方も商売を邪魔されて怒るかと思いきや、逆にとても嬉しそうである。


「良い? おっちゃん! トールの買った『賢者の石』に治癒草の束と柘榴石ガーネットの都合3つで10,000アウルム払うよ! どうかしら?」


 ジュリアが威勢良く値段を提示するが、10,000アウルムとは思い切り値切った金額提示だ。

 だって『賢者の石』だけで数百万アウルムだよ?

 他の商品ふたつだって最低でも8,000アウルムはするとしたら、最低でも16,000アウルムの金額に達してしまう。

 案の定、モーリスは顔をしかめて手を横に振った。


「おいおいそれは酷すぎる。他のふたつだって8,000アウルムはすると言った商品だぞ。まとめて売ってやっても良いが、もう少し金を積んでくれよ」


「ふうん、どれくらい?」


「よし、こっちの言い値を聞いてくれ。トールが買った賢者の石はお祝い扱いだから特値で良いとしても……残りの商品ふたつを合わせて都合3つ20,000アウルムは欲しいよ」


 おお、賢者の石プラス16,000アウルム相当の商品が3つで20,000アウルム?

 じゃあ賢者の石が4,000アウルムって事?

 確かにすっごく安い!

 これは充分に『買い』だと思うけど……

 

 しかし、ジュリアがOKする気配は全く無い。


「ええっ、駄目よ! 高~い! まだ高過ぎるわ。 でもモーリスが錬金術の事とか、色々教えてくれたから……11,000アウルムまでなら思い切って出すよ」


 ジュリアがさっと小さな可愛い手を差し出し、モーリスに握手しろとアピールする。

 どうやら双方が握手をした瞬間が契約成立の確定らしい。


「思い切って11,000!? ひょえっ! それじゃあ話にならんよ、せめて18,000アウルムだな」


 ジュリアの値付けに大袈裟に驚いて苦笑するモーリスではあるが、即座に反撃する。

 次に彼が出した値段は最初の提示から少し値引きした15,000アウルムだ。

 自分の言い値と大幅に差がある金額を再提示されたジュリアも全くひるんではいない。


「15,000? まだ全然高いわね。何よ、纏めて買うから良いじゃない。間を取って12,000アウルム!」


 ジュリアの言い値にモーリスは相変わらず苦笑する。


「間どころか、殆ど金額が変わっていないじゃないか。じゃあ俺が本当に間を取って13,000アウルム!」


「無理! 12,000アウルム以上は絶対に上げられないわ。じゃあ……ねえ、こうしない? この後、旅の支度用で追加の買い物をするからさ」


「う~ん……そう来たか! う~む、仕方無いな。じゃあ12,000アウルムで良いよ」


 モーリスが何とか承諾し、とうとう商談成立である。

 その瞬間、ジュリアとモーリスはがっちりと握手をしたのだった。


 俺は目の前で展開された値段交渉に呆然としている。

 買い手と売り手のGAMEのような駆け引き。

 仲買人を目指す俺は、こんな駆け引きが出来るのだろうか?


 ね、ねえ、スパイラル様! 口の上手うまさと押しの強さって、頂いた加護の中に入っていないんですか?


 俺は思わずそう呟いて天を仰いでしまったのであった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 俺とジュリアは約束通り、この『モーリスの店』でジェトレ村までの旅に必要な物を買い求める。

 万屋だけあってモーリスは食料品、日用雑貨の他に薬品や武器防具屋まで扱っていたのだ。


 食料品や水筒などを買いながら、ジュリアの服装を見て思い出した俺は改めて彼女の装備品を購入したいと申し出た。

 何せジュリアときたら最低限身を護る革鎧も持っておらず、武器といえば錆びたナイフ一丁だったからだ。

 これで良くあの危険な街道を今迄旅して来たものである。

 一旦は「要らないよ」とジュリアは断わったが、俺が心配だと強く推して買わせた。

 

 幸い店の限られた在庫の中に女性用の革鎧があり、何故かサイズもデザインの好みもジュリアにぴったりであったから直ぐ購入が決まったのである。

 武器は、新品の小振りのナイフがあったのでそれにした。

 こうなると問題は価格である。


 しかし革鎧やナイフをもろもろ一緒に買うと主張して、先に買い物した11,000アウルムの分も合わせてジュリアは総合計50,000アウルムに負けさせてしまう。

 

 恐るべしジュリア。


 モーリスによれば、革鎧だけで本来は10万アウルムもする品物らしい。

 「大損だよ」と肩を竦めて、嘆くモーリスである。


 だが、モーリスの本音は違っていた。

 

 俺達に売ったのはひょんな事から店で買い取り、ここまで売れずに持て余していた女物の革鎧だったらしい……

 こんな物はさっさと売り払って店の運転資金の現金にした方が良いという彼の気持ちが魔力波オーラにより垣間見えていたのである。


 え?

 何故、どの魔力波が何に当るか分からない俺がそこまで識別出来るか、だって?


 それは俺の例の勘というか、いわゆる確信が益々強く感じられるようになって来たからなのだ。

 モーリスから放出されて立ち昇る魔力波を見てそう感じたのである。

 ありがとう、俺のチート能力!


 ここでジュリアは俺が出そうとした金を押し留め、何と自分で貯めた金を支払いに差し出した。

 俺が驚いて聞くと自分の鎧やナイフを買うから自分で出すのが当り前だと強く言い張るのだ。


 ええっ!

 普通はラッキーとか言って、男の俺に出して貰うものだけど。

 前世では今迄接した女の子達って、奢られる事に対して全く遠慮をしなかった子ばかりである。


 俺はジュリアに対して新鮮な驚きを感じながら、彼女が金を支払う様子を眺めていたのであった。

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