第9話「え? 女の子が真夜中に?」

 俺が部屋に篭もってからしばらく経って、扉がノックされた。

 ジュリアが部屋まで、俺を呼びに来たのだ。

 どうやら夕食の支度が出来たらしく、「直ぐ来い」と告げられる。

 この村はとても貧しい村だと聞いていたから、あまり食事に期待はしていない。

 

 そんな俺の想像通り、大空亭の夕食は良く言えば簡素&質素なものであった。

 固いパン、そして野菜と何かの端肉を一緒にして、ドロドロになるまで煮込んだおじや・・・のようなスープ。

 その、セットのみなのだ。


 そう言えば、中世西洋の平民の食事はそのようなものだと資料本で読んだ記憶がよみがえる。

 夕食は今回だけはサービスで無料だが、通常は300アウルムを取るらしい。

 

 果してこの世界の物価はどうなっているのだろう?

 それが分からないから、夕食の値段が果して高いのか安いのか、俺には良く分からなかった。

 

 そもそもこの1アウルムという通貨単位は日本円で幾らくらいなのだろう?

 ここの素泊まりが1,000アウルムだから1アウルムは1円か2円で考えておけば良いのだろうか?


 食い物に、俺は贅沢を言わない。

 好き嫌いも殆どないから、昔から出された食べ物に文句を言わなかった。

 出された夕食自体の量はそこそこあったので、完食したら満腹。

 食欲を満たした俺はジェマさんとジュリアに「ご馳走様」と礼を言って部屋に戻る。


 とりあえず飯食って、眠るところも確保出来た。

 良かった、何とか生き延びた。

 後は……寝るだけだ。


 ジェマさんはともかく、ジュリアは何かよそよそしく口数も少ない。

 先程の『夜伽』の件の話が出た時から、すっかり態度が変わってしまった。

 やはり原因は俺が『夜伽』を断わって、彼女に恥をかかせた事かと少し気になった。

 だが、今更「やっぱりお願いします」と言うのも事が事だけに恥ずかしい。


「……明日はどうしようか?」


 俺は部屋の粗末なベッドに寝転がると、口に出して考えてみた。

 良くあるRPGゲームであれば、最初に辿り着いた街や村を拠点に少しずつ経験値を溜めてレベルを上げて行く。


 今の俺はレベル0もしくは1……経験を積んでレベルアップしないと戦えない。

 

 邪神様から優秀な装備品と凄い身体スペックを与えられて、いくらゴブリンをあっさり倒しても自信など全く無い。

 調子に乗って遠出して、いきなりゲームオーバーは勘弁だ。

 ゲームと違って、この世界でのゲームオーバーはイコール死だから。


 生活魔法しか使えないから、戦い方も限られる。

 じっくり考えないと。

 情報をくれたり、助けてくれる仲間も居ない。

 ソロプレーヤーは、自分が力尽きた時が最後なのである。


 俺が居る、このタトラ村はいわゆる『辺境の村』だろう。

 スパイラルがそのようなGAME設定をしているのであれば、この周辺でまずは初心者向けの雑魚モンスター、つまりゴブリンを地道に狩って経験を積んで行くという事になる。


 迷うなぁ……


 そう呟いた上で俺は自問自答する。

 雑魚ゴブリンには勝ったが、それ以上の高レベルの魔物と戦ってどうなのか?

 こんなに楽勝という事は、それより少し上位の魔物と戦っても大丈夫か?

 でも万が一「死んだら次は無い」ときっぱり言われているし、1回戦っただけじゃ何とも言えない。

 それに戦い自体に慣れていないから、明日、またゴブリンともう少し戦って経験を積んでみるか……

 

 俺はつらつらとそのような事を考えながら、いつの間にか眠りに落ちた。


 ――眠りに落ちてから、暫く経ったであろうか

 俺は自分の部屋に、誰かが忍び込もうとしている気配を感じて目を覚ました。

  

 一体……誰だ?

 ジュリアによればこの村の治安は良いそうだけど……

 まさか強盗か、物盗りだろうか?


 ゆっくりとノブが回り、碌に油の差していないドアが音を立てて開いて行くのだ。


 ぎいいい……


 スパイラルから与えられた俺の身体は、五感全てにおいて鋭くなっている。

 昼間は当然確認出来なかったが、やはり夜目も相当に効くのである。


 俺は寝た振りをしながら手を伸ばして剣を取ると、いつでも対応出来るよう侵入者に備えていた。

 

 薄目を開けて見ていると、入って来たのは……

 何と!

 ジュリアである!

 

 何故だろう?

 どうして?

 理由か何かがあるのだろうか?

 まさか、俺にひとめ惚れ?

 

 いや!

 ない、ない、ない!


 自問自答を繰り返した俺は、様子を見る事にした。

 ジュリアは俺をじっと見つめると、暫く考え込んでいる様子であった。

 そして溜息を吐いて大きく頷くと、何と着ている粗末な服を脱ぎ始めたのである。


 俺は思わず「ごくり」と唾を飲み込んだ。

 女の子のこんな姿を間近で見るなんて初体験。

 ジュリアの身体は昼間抱きかかえた時に分かったが、まだ華奢きゃしゃで幼かった。

 

 しかしこれって……やっぱりそうだよな……

 普通は男が女の子の所へ忍び込む、日本の平安時代の求愛行動。

 すなわち夜這い……である。

 だから、これは逆夜這い?


 やがてジュリアは服を脱ぎ捨てて肌着姿になると俺が寝ているベッドにそっと潜り込んで来た。

 多分、彼女は覚悟を決めて来たのだろう。

 荒い息遣いが聞こえ、小さく華奢な身体が俺にぴったりとくっついた。


 これ以上俺が寝たふりをして何もしなかったら、もしかしてジュリアにもっと恥をかかせるのでは……

 俺はそう思い、とうとうジュリアへ声をかける事に決めたのであった。

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