ターン、ベルカンプ、ターン

五十嵐 九九留

プロローグ

「みんな、ご苦労様。先に天守閣から敵の数を見てきたけどさ、正直ちびったよ」


 夕暮れの青梅おうめの門、中二階の踊り場に立ち、見張りの兵士を除く全住民が集まる前でエイタ・ベルカンプは素直な感想を漏らした。


「それに明日には瑞穂みずほの門にもほぼ同数の兵が到着するらしい。完全な挟撃だね」

 わずか10年、16歳の若さで高さ25mの砦壁を作り上げた青年の主は包み隠さず説明する。


 マチュラ大陸で決して破れぬと噂される不抜の砦壁が二つあり、一つは谷間の入り口であるここ青梅の門、もう一つは谷間の出口である瑞穂の門であった。


「しゅじょ~う! そんな事言ってほんとはちびってないんでしょ~?」

 住民の一人である若い女性が砦壁の上から話しかける10代の青年にチャチャを入れ、住民の輪の中でドッと笑いが漏れた。


 その言葉を聞き釣られてニヤっと笑ったベルカンプだったのだが、すぐ態度を改めると真顔に戻り、いつもと様子が違うベルカンプを汲み取って皆真剣な表情に変わっていく。


「主上、なんだかこの砦の始まりの、シーラとの戦いの時のようですな」

 この砦の先住民である250人の内の一人が懐かしい表情で声をかけた。


「思えばあれから10年経ったんだね。全力で駆け抜けて来たけど、気づけば僕の体もこんなに大きくなったよ。これもこの住民の皆様のおかげです」


 そう言うと両手を広げて皆の前で自分の成長をした身体を披露する。

住民は口々に、ワシは主上の頭を撫でた事がある。アタシはハグした事もある。私の作った野菜で主上は大きくなった。と自慢合戦が始まるが、ほぼ全員がベルカンプと何度も関わった経験があるので嫉妬する者など誰もいない。


「皆、すまなかったね。まさか25mの高さの砦に攻め込もうとする奴らがいるとは思わなかったもんでさ。シーラとの戦いの時も薄氷を踏む思いだったけど、おかげで人生最大の修羅場が来ちゃったよ」


 これには全員がブンブンと首を振り

「謝るのは我々の方です。主上が25mの砦壁を作ると言い出した時、いくら異世界の少年でも無茶苦茶だと散々批判したのは我らなのですから」

ベルカンプに先に謝られた住民はたまったものではなく、深々と頭をさげたり、土下座する者まで現れた。


「敵の数は一万を軽く超えており、明日にはその数が倍になる。それに対し我々は女、子供、老人含め住民の総数はわずか6千だ」

 その内成人を迎えた男子の数はおよそ2千であり、この数だけで敵とあたるとなると戦力差は10倍を越える事も説明する。


「だが、10年前の何も無かったかつての砦の姿ではない。この砦がベルトラップと名づけられたように、高き砦壁があり、数々の仕掛けがあり、そして6名のロイヤルガーディアンがいる」

 この言葉に呼応するようにベルカンプを挟み左右に3名づつの武将が並び立ち、住民はそれぞれお気に入りの名を連呼する。



「西を見ろ、整然と清潔を併せ持つ町並みを。全ておまえらが作り上げたものだ」

 住民は言われた通り背後を振り向き、青梅の門から瑞穂の門に向かって真っ直ぐ伸びるメインストリートの左手にある綺麗に区画された町並みを眺め、改めてこの土地に住む幸せを感じた。



「東を見ろ、おまえらが作った水田には黄金色こがねいろに光る稲穂が重そうに頭を垂れ、収穫を今か今かと待っている。今回も大豊作だな、飢える心配などなく、愛する者達と共に腹いっぱい米を食える幸せを味わえそうだ」

 この砦の移住者のほとんどが市民階級の出身であり、誰もが明日食うに困った経験のある者ばかりである。

 ひと仕事終えて出店の椅子に腰掛け、夕暮れに棚引く穂先を眺めながら心地よい疲労感を癒した感傷に浸る者。

 この砦に移住して初めて米を収穫し、皆と一緒に新米を口にした時の震える感動を思い出す者。



「私はこの砦の改革に着手した際、住民の皆に伝えた事がある。ここに住まう皆一人一人、物語の主人公になって貰いたいと」

 既に聞いていた者は感涙にむせび、初めて聞く者は真剣にベルカンプの発言に耳を傾けた。



「当時、私の事を知らない者達が私を異世界の大賢者と揶揄やゆし、なんでも一人でこなしてしまう超人と思った者も多いはずだ」

 でも僕の10年を見てきたみんななら僕の実力と正体はわかってるだろ? とおどけてみせ、住民の雰囲気が一気に緩み笑い声がこだました。



「ご存知の通り、ここにいる全ての者達がそれぞれを分担し、血と汗を流しながらこの理想郷を作り上げた。何もせずにこの恩恵に興じている者などこの中には一人もいないはずだ。私も、その6千分の1の一人になれた事をとても誇りに思っている」

 そう言うと自分の胸を一度ドン、と叩き、この言葉に感動して震える皆も後に続く。



「しかし、もし、この戦いに敗れれば、我々の10年は全て無に帰し、例え生きながらえたとしてもこの土地を追われ、以前の粗末な暮らしに戻ってしまうであろう。我々も、我々の子供も、その子供もだ」

 幸せな懐古の念に浸った後でこの発言を聞き、皆、門の外にいるであろう敵を想像しながら奥歯を噛み締めた。



「私は今、決意した! ただいまを以ってクリスエスタから離反し、ベルトラップ公国建国を宣言する! ここにいる全ての民は、建国に尽力した生きた証人である!」


 ォォォォォォオオオオオオーーーーー。  

 以前からクリスエスタから独立してくれと誰がどんなに説得しても首を縦に振らなかったベルカンプがこの時を以って君主に君臨すると宣言し、歓声が地鳴りのように鳴り響いた。


 地鳴りが止むのが収まるまで静かに佇むんでいたベルカンプは、

「みんな、最初の10年ぐらいは僕が独裁するけどさ、簡便してよね。その後はなるべく民主主義に移行出来るように尽力するよ」


「主上~! それってつまり、10年間はこれまで通りって事だろ?」

 住民の一人の素朴な問いに、まぁ、そういう事になるかな? というと、じゃぁすげぇ安心じゃんと、また爆笑の渦が巻き起こる。


「主上はさ、ほんとわかってないよな~」

「そうじゃな。ほんとにわかっておらぬ」

 住民が口々にわかってねぇな~と連呼し、ちょっとムッとしたベルカンプが

「わかってないってなんだよ」

 と憮然に言うと、


「ほんと、わかってないよね。私達が、どんなに主上に感謝してるか、どんなに主上の事を愛しているか、全然わかってないんだから」

 そうだそうだ! もっと感じろこのやろうと野次が飛ぶと、ベルカンプが破顔しありがとうと皆に会釈した。



「ちゅじょ~ぅ。わたし、とてもいいことおもいついたの!」

 今年3歳になり、言葉を覚え始めなんでも言いたがりのエイミーが一歩前に出ると、中二階にいるベルカンプに声をかけた。


「ん? なんだいエイミー」

「あのね? ちゅじょうがず~~~っとちゅじょうなのが一番良いと、私は思うの」

「ほんと? じゃぁ後何年主上を務めたらいいと思う?」

「ん~~? これぐらい?」


 そう言うと、人差し指と中指を一生懸命立てるエイミー。

「20年?」

「ううん」

「え? じゃぁ200年? エイミー僕はそんなに生きられないよ」

 エイミーの回り一帯でドッと笑いが起こるが、エイミーは尚も首を振る。

「ん~? じゃぁなんねんなのかな?」



「え~と~ ……にせん……まんねん?」

 これには度肝を抜かれた誰もが腹を抱えて笑い転げ、主上~責任持って任期を守れよ~と野次が飛んだ。


「さすがに2千万年は無理だけども……」

 壇上で散々笑った後持ち直したベルカンプが続けて発言する。


「僕ら一人一人が作り上げた、ベルトラップにはそのぐらい長く繁栄して欲しいと痛切に思っている」

 もう一度現実に引っ張りなおしたベルカンプは、皆に目を瞑って聞いてくれと言うと、住民はそれに従った。



「私はリアリストだから、門外の敵の数を前にして、一人も欠ける事無く帰ってこいとかいうつもりは毛頭ない。きっと多くの者が倒れ、傷つき、命を落とすだろう。私自身この砦を預かる立場上、多数の命を救う為に少数を見捨てる采配をしなければならなくなるかと思うと、その重責に恐怖で震えている」

 ベルカンプの声を聞き、門外の敵に、自分が最悪に襲われる想像をして目蓋まぶたに力を入れる住民達。



「しかし、マチュラの歴史とは、生きとし生けるものの歴史とは、そのようなリレーの繰り返しの上に築かれてきたものである」

 この言葉にそれぞれが目蓋の裏で先祖の顔を思い返し、貧しいながらも、数々の不幸や困難を繰り返した上に繋いだ細い糸の先に自分がいる事を実感した。



「物語の主人公達よ! 自分の物語の最後がここで潰えようとも、その筆を拾い上げ、続きを綴る者を思い浮かべよ。そなたらの血と命はベルトラップの大地に吸い込まれ、また、ここで誰かの赤子として生まれ変わるのを切にお祈り申し上げる」


 住民は、自らの手で作り上げてきた自分達の街に赤子として生まれてくる幸せを思い、感慨に耽った。



「目を開けよ! 皆の者! 心の準備は出来たか!」

「オオォッ!!!」



「例え己の命を失おうとも、守らねばならぬモノを思い浮かべられたか!」

「オオォッ!!!」



「その命が尽きる最後の一瞬まで、敵をほふり、薙ぎ倒す心構えは出来たか!」

「オオォッ!!!」



「絶対に、この国を、我らのベルトラップを守り抜くぞ!」

「オオオオオオオオオオォッ!!!」


 住民の怒号は叫ぶ度に空気を震わせ、熱気を帯びた大気が上空に舞い上がる。

 ここで一呼吸溜めたベルカンプは、満足そうに住民一人一人に微笑みかけ、やがて最後の一言を吼えた。



「では逝くぞ! それぞれの物語を胸に、未来に、大地に刻み込むぞ! 私の愛おしい6千の小さな勇者達よ」



「…………ゥゥゥオオオオオオォォォォォォォォォォーーーーーーーーーン」


 一人一人の魂から振り絞るような咆哮は谷間に反響し、マチュラの大地を振るわせた。


 マチュラ大陸に人が礎を築いて以来、最大の戦いが切って落とされようとしている。

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