第6話 人生最初で最後の舞台


専門学校での卒業公演や文化祭での出し物以外では、

初めての舞台出演。緊張と、高揚。

自分が魅了された劇団の舞台に、自分も立てる。

しかも、誘われて、だ。

自分が認められたのだと、錯覚していた。

その時点で、もうその劇団に入ろうと思っていた。


しかし、実際は地獄だった。


私がその劇団の舞台で最後に観た作品の後、

劇団員が一斉に辞めたらしく、劇団長の男性以外で残っていたのは、

専門学校の講師だった女性と、もうひとりの女性のみ。

その為、私が誘われた舞台は客演ばかり。

第一線で活躍している舞台役者がほとんどで、

私のように経験が少ないのは、同年代の男性2人だけだった。


そもそも、専門学校でやった卒業公演などの舞台はお金を取るものではなく、

辞めずに学校に来ている人でなんとか形にしたもの。教える先生もいる。

プロの現場がそんな甘いものであるわけがないのは明白である。

もちろん、お客さんに時間とお金を消費してもらうわけだから、

下手なものを見せるわけにはいかない、というのは分かる。

なんなら、劇団の今までの経歴があるわけだから、

今まで以上、最低でも同等のレベルのものを見せる必要があるのも、分かる。

私に覚悟が足りなかった、甘く見ていたと言えば、その通りでもある。

ただ、以上を踏まえた上で考えても、やはり普通の劇団ではなかった、と思う。


私が耐えられなくなった部分を列挙しよう。


1.劇団長のパワハラ、モラハラ、セクハラ

2.講師の女性ともう一人の女性が劇団長を崇拝してる

3.悩みを話せる相手がいなかった


まぁ、ようするに劇団長と合わな過ぎた。

私がダメだった部分も多分にあるが、それにしても、だ。

そこで早々に逃げ出せばよかったのだが、

チケットノルマをこなすために、友人や家族、家族の知り合い等々、

既に多岐にわたって宣伝してしまい、チケットも予約してもらったりと、

後に引けない状態になっていた。

しかも、ヒロイン的な役で、出番もそれなりに多かったから、

いま降板したら他の人に迷惑をかけてしまう、という気持ちもあった。

それでも、耐えるより降板すれば良かったと、今でも思う。

耐えなくて良いところまで耐えてしまって、心は擦り減っていった。


私が自分の演技も演出も考えられなかったから、

こうしてみよう、ああしてみようと団長から提案されるようになった。

それが団長の役とキスすることになったり(結果、採用されず稽古時にしただけ)

他の役の人に教えるためと触られたり手を近づけられたりと、

いま思い出しても吐き気がするような演出が相次いだ。

こっちは出来ていないという負い目で、嫌だと言う事すらできなかった。

講師の女性も、自分のことで手一杯だし、団長崇拝思考だし(絶対寝てると思う)

相談できるような人じゃなかった。なんなら近寄りたくなかった。

演出だ、と言われたらそれまでだし、客演の人たちがどう思っていたかは知らない。

ただ、私はいつ破裂してもおかしくない風船状態に陥った。

思い返すと、よく舞台に立てたな、と思う。


私と同年代の男性2人も、はじめは団長からも散々な評価だったし、悩んでいた。

が、途中で吹っ切れたのか、徐々に周りからも認められるようになり、

私と同じ気持ちを分かち合える相手は誰もいなくなった。

ストレスで、太った。それも指摘され、非難された。

それでも、何とか舞台はやり切った。

自分の中で何もまとまっていなかったし、言われた通りにやるだけ。

私個人の辛さが滲み出て、芯のない酷い演技になった。

他の客演の人たちが凄いから、観られるものにはなっていたと思う。

私目当てに来てくれた人には、本当に申し訳なかった。

本人がやりたくないと思ってやっているのだから、見られたものじゃなかったはず。


舞台が終わり、やっと解放される、と思った。

打ち上げで、団長にまたキスされた。なんでだ、と思った。

もう終わったじゃないか。今のは完全に私的なものじゃないのか。

完全にその男性を軽蔑し、シャッターをおろした瞬間だった。


まぁ、上記のようなことは役者には日常茶飯事なのかも知れないし、

キスごときでギャーギャー言うくらいなら役者なんかやめちまえ(やめたけど)

って感じなんだけど。

同年代の男性2人は舞台後、その劇団に入ったらしいが、私は固辞した。

劇団長に「役者やめます」とも言った。

そうでも言わないと、解放してもらえない気がした。


そんな散々な舞台が、私の最初で最後の舞台になった。

初めての舞台としては、刺激が強すぎた。

もっと仲間内で和気藹々としながらやるような、

半分趣味のような舞台であったら、違ったのかも知れない。

いまでも舞台を見るとやりたくなるが、

この経験が尾を引いて、私には無理だ、という気持ちになってしまう。






行く当てのなくなった私は、しばらくフリーターを続けることになる。

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