第591話「ストーカーオペラ」
〔くるみに近づくなあああ!! この気持ち悪い豚め!! 腹を引き裂いてコロシテヤル!!〕
冗談やギャグの範疇では決してない呪詛のごとき罵倒を受け、あたしは一瞬だけ、硬直した。
だが、それもたったの一瞬だ。
あたしの口から出た言葉は、
「うるさいバカぁ!! あんたが何ものかは知らないけれど、あたしとくるみの間に口を挟んでくるなぁ!! ばーかばーか!!」
であった。
我ながらはしたないとは思うが、咄嗟に出てきてしまったものなので止めようがない。
電話口の相手も面食らったのか、「……」と沈黙している。
少しして復活したらしく、
〔貴様あああ!! 豚のぶんざ……〕
と言い返そうとしてきたので追い打ちをかけるためにさらにあたしは叫んだ。
「うっさいバカぁ!! くたばれ変態ぃ!! はんかくさいのよ、このトウヘンボク!!」
自分でもどうかという悪罵を放って、あたしは通話を切った。
ちなみに切の部分をタッチするときにこれ以上はない気合いを入れてあげた。
大国に宣戦布告するときの宰相の気分で。
おかげで随分と気が晴れたものである。
ただ、親友だけが凄く眼を見開いていた。
驚愕のあまり口もきけないという様子だ。
何がそんなにびっくりなのかちょっと聞いてみると、
「―――涼花があんなに声を荒げるところ始めて見た」
とのことである。
あたしって、結構やんちゃなイメージがあるんと思うんだけど、友達からすると大人しそうに見えるのかな。
もっとも、二年前のあの事件以来、なんだかがさつになっている気はする。
個人的には尊敬する或子お姉さまみたいになりたいというのがあるので、歓迎なんだけれど、中学時代からの友達からするときっと違うのだろう。
「幻滅した?」
「……ううん、涼花がそんな風になるのってよっぽどだと思うし、嬉しい気分もあるから……」
「どゆこと?」
「あの変な電話に対して怒鳴ったのって私のためなんだよね? 久しぶりに会っても涼花は涼花なんだなって思えただけ」
よくわからないけれど、引かれたけではないのなら別にいいかなあ。
でも、いつまでもこんなことを話している暇はない。
「ところでさ、さっきの電話の相手に心当たりは?」
「―――えっないよ! ホントだよ! どうしてそんなこと聞くの?」
「それはどう考えてもあれがあんたのストーカーかもしれないからに決まっているじゃないのよ」
「ストーカー? ……嘘っ!!」
まさか、本当に今まで考えていなかったのかな。
発言内容を分析したらまさしくストーカー以外のなにものでもないでしょうに。
あたしは手にしたスマホの画面を見る。
「通知不可能」とでている。
誰なのかも、番号さえもわからない。
ただ、間違いなく相手はくるみのことを知っていた。
そして、あたしを名指ししたということはあたしのことも知っている。
「嘘もUSAもないって。あんたは確かに変な奴に番号を知られていて、わざわざあたしに替わるように指名したんでしょ」
「でも、私なんかにストーカーなんて……」
確かに本人の言うのもわかる。
桐木くるみはアイドルのように可愛いとまではいかない平凡な少女だ。
高校時代の新しい友達との交流が大切になって、中学時代の付き合いを蔑ろにしたりする普通っぽさも含めて、どこにでもいるようなタイプだ。
或子お姉さまたちのような華やかで超越した漫画の主人公の様な人たちとは違う。
ただ、こういう平凡で押しの弱そうな子ほど一部の女好きには狙われやすいのだ。
自己評価が低くて簡単に乗せれるから。
俗にいうチョロい相手であると思う。
女の子から見ると純で可愛いんだけど、男の側からすると騙しやすい、そんなタイプ。
「とにかく動こう。ここにいちゃだめだ」
「え、どうして……」
「さっきの奴、あたしとあんたが合流していたことを知っていた。でないと、あんなにタイミングよく電話をかけられるもんか。どこかで見張っているんだよ」
「えええ!?」
あたしはいまいち呑み込みの悪いくるみを引っ張って駅から離れた。
駅は人通りが激しく、誰かに見張られていたとしても特定できない。
もう少し人気が少なく、かつ、いざとなったら逃げだせる場所にいかないと……
それからあたしたちは駅からやや離れたところにある公園に駆け込んだ。
ここは駅への通り道になっているし、遊具の類いもないので子供もあまりいない、どちらかというと大人が使う道。
いざということを考えると、我ながら選択肢としてはベターだとは思う。
空いていたベンチにくるみを座らせ、周囲をそれとなく観察する。
変な人はいない。
少なくともあたしの直観の範囲内では。
「あんた、ストーカーに狙われているって実感はあるの?」
「ないよお。さっきの電話だって初めてだったし……」
「誰かにつけられていた、とかも?」
「うん。だって、私だよ。モテたりしないから」
「そんなに非モテじゃなかったのは親友のあたしだって知っているから、そういう謙遜は止めて」
「でも……」
やっぱりデモデモダッテだ。
こういうとこ、くるみはイラッとさせる。
でも、いつも竹を割ったような性の人なんてほとんどいないのだから、寛容に受け入れてあげるしかない。
「警察に行くってのはどう?」
「え、駄目だよ、迷惑かけちゃうよ」
「誰に?」
「警察の人とか、お母さんとか……」
「どっちも何かあってからよりは事前に教えてほしいっていう立場の人だよね」
「駄目だよ、そんなの……。怒られるし……」
迷惑をかけることよりも、迷惑をかける子だと思われる方が嫌だというのが如実にわかる対応だった。
極論すると、自分が我慢すれば丸く収まるとする健気だけど事態を悪化させるタイプの行動なんだよ、これ。
どんなに建設的な意見もネガティブにしかとらえられないという点で、厄介極まりないったらありゃしない。
「言っておくけど、もしかしたらあんたがLINEでハブにされているの、さっきのストーカーのせいかもしれないんだよ」
「どういうこと?」
かなりあてずっぽうだったが、あたしは今、思い浮かんだ推理を口にした。
「あの、LINEやTwitterのブロックとかはハッキングされたのじゃないのかな」
あたしが好きなFPSゲームとかの戦争ものではよくあることだ。
特にブラックオプス3とか……って今はそんなことを言っている場合じゃないかな。
「さっきの奴がくるみのスマホを遠隔操作して、LINEとかを操っている可能性があるってこと」
「そんなことできるはずがないよ!」
「あたしだって知らないけど、できるかもしれないんでしょ」
「不可能だよ」
あたしは女の子らしくそういう知識には極端に疎いのでなんともいえないが、その可能性はあると思う。
「ムリムリ。できっこないって」
「あんた、誰の味方よ。……まったく、お兄ちゃんがいればすぐに教えて貰えるのに」
生憎我が家のいざという時しか頼りにならない兄貴は、今頃南海の方でバイト中です。
「えー、涼花のお兄ちゃんって頼りにならなそうじゃん。メガネつけてないだけでオタクっぽいし」
「人の兄に向ってなんてこと言うかな」
「みんな、言っていたよ」
「そこのみんなって誰のことよ」
どうもうちのお兄ちゃんが誤解されっぱなしなのは腹が立つので、あたしのスマホのギャラリーに入っている最近の「うちの兄」の写真を見せた。
高校の制服姿だが、隣にお姉さまが立っていて逆にあたしがいるという奇跡のスリーショットだ。
今年の春に一緒に撮影したものだ。
バックにある満開の桜がとても綺麗だった。
「え、誰、このアイドルみたいな美人!?」
「あたしの先輩。で、真ん中がうちのお兄ちゃん」
「―――ええ、絶対に違うよ。こんなに適度に日焼けしてちょっとニヒルな感じじゃなかったよ。別人じゃん!!」
ニヒル……古めかしい言い方だ。
しかも、妹からいわせてもらうとさすがに合っていない評価だ。
お姉さまの美貌の反射的効果でかっこよく見えるかもしれないが、この苦笑しているような顔はただ照れて困っているだけだ。
何と言っても、このときお姉さまに後ろで手を握られていたのだから。
あたしだけが知っている。
ちなみにこの写真を撮った直後、お姉さまの親友となのる傍若無人な巫女たちにうちの兄は散々蹂躙されていたのは内緒である。
最近、どういう訳か変な女に言い寄られているのは妹としては看過できない状況なのだが、素手でやり合っても勝てそうにないのはわかっているので静観するしかない。
せめてお姉さまならば全員薙ぎ倒してくれるだろうが、敵もまた強いので心配である。
覆面やらヤンキーやらネコミミやらミニスカロリっ子やらが義理の姉になるのは断じて避けたいところであった。
閑話休題。
「本物だって。うちのお兄ちゃん、ちょっとたくましくなったんだよ」
「えっ、あの生物部でコオロギと間違えてゴキブリ育ててた文科系が!! 図書委員でローダンシリーズ全巻入れようとして50巻目で支所の先生に怒られていたSFバカが!! 1500メートル走大会でなぜか五位に入って表彰式で陸上部に大罵声を浴びていた変な人が!!」
「……妹も忘れていたようなエピソードをよく覚えているね」
「いや、涼花のお兄さんのお話って友達の集まりでは鉄板ネタだったから。修学旅行とかでも大爆笑間違いなしだったんだぞ」
「マジですか」
うちの兄って……
「まあ、いいわ。お兄ちゃんが当てにならない以上、あたしがやるしかないし。とりあえず、あんた、心当たりをみんな吐きなさい」
お兄ちゃんほどではないにしても、あたしもつくづくお人好しなんだよね。
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