第324話「ずっとこれから」
新宿の戸山公園の裏手にある〈社務所〉の提携する病院に、僕は検査のために放り込まれた。
カレンダーをみると、もう二十八日。
クリスマスは完全に過ぎてしまい、五日も無断外泊してしまった計算になる。
スマホを返してもらって慌てて家に連絡を取ってみると、どうも涼花がうまく話をまとめて置いてくれたらしく、それほどの大事にはなっていなかった。
御子内さんの頼みを聞いての涼花の骨折りだったらしいけど、どういう風に両親を丸め込んだのか不思議でならない。
うちってそんなに放任主義ではないはずなのに……
とはいえ、家に戻ったらきちんと涼花と口裏を合わせる必要はあるだろう。
幾らなんでも五日の無断外泊は問題だ。
狭くて古い個人病院で、簡単な血液検査やらをしていると、病室にドタドタと複数の足音が聞こえ、扉を開けて御子内さんたちがやってきた。
「京一!!」
御子内さんだけでなく、音子さんやレイさん、てんちゃんや藍色さんまでが後ろに控えている。
〈社務所〉の退魔巫女、若手の勢揃いという訳だ。
どんな妖怪がやってきても撃退できそうなメンツであった。
みんな、酷く顔色が悪い。
僕を心配していてくれたということだろうと思う。
特にすぐ近くにいて、ララさんに迂闊にも攫われた僕のことを一番に責任に感じていたであろう御子内さんがヤバすぎる。
本当に彼女らしくない。
だから、少しでも安心させるために、僕はできるだけ穏やかに微笑んで見せた。
「やあ、みんな。メリークリスマス」
「もう終わっているよ!!」
ツッコミが早い。
「とはいえ、僕の主観時間では二日と経っていないんだよ。まだクリスマス気分さ」
「神撫音に酷いことされなかったか? あいつ、道場時代から無茶なことばかりやる先輩だったんだ」
「大変ではあったけど、そこまで危険ではなかったよ。傍で見張っていてくれたみたいだし」
嘘ではなけれど、正確な事実という訳でもない。
実際、僕は何度か危険に直面して死にかけた。
だが、終ってしまったことで彼女たちをこれ以上心配させることはない。
「マジか? 無理してねえか?」
「うん。京いっちゃんが望むなら、あのガングロにモンゴリアンチョップを叩きこんでもいい」
「音子さんもレイさんもありがとう。でも、本当に大丈夫。この検査だって、栄養が足りてないかとかのチェックなんだから」
わざとらしくならないようにガッツポーズをする。
それで安心させられるわけではないが、僕ができる最大限ではあった。
てんちゃんや藍色さんはなんとかなりそうだが、比較的付き合いの長い三人はこの程度では駄目のようだ。
レイさんは憤怒の表情だし、音子さんも冷たく激怒している。
僕が何日も監禁されていたというだけでなく、あの試験というものをさせられていたことに怒髪冠を衝くという様子だった。
彼女たちからすると、友達が苦しめられたことに対して立腹しているのだろう。
魂がとても熱い女の子たちだから。
「大丈夫だよ。心配しないで」
御子内さんが一番重傷っぽい。
もっとも親しいということもあるだろう。
僕をこの世界に引き込んだ原因は彼女だから、もしかしたらそのことを気に病んでいる、そんな顔をしていた。
だから、細くて小さい肩を叩いて、僕は言った。
「僕は君の助手を止める気はないからね。これからも、ずっとね」
すると、彼女は唇を尖らせて、不服そうに、
「―――当たり前だよ。キミはボクに〈護摩台〉のあの重い資材を運べと言うのかい? ボクはこう見えてもか弱いJKなんだ。力仕事は男子がやるべきだろう」
と、減らず口を叩いてきた。
無理をしているのは僕にだってわかる。
「これからもよろしくね。助手を解雇したりしたら、武蔵立川まで直訴しに行くよ」
「あ、あたりまえだよ。―――き、京一のことは裏柳生も狙っているからね。美厳になんて、ボクの京一をくれてやるものか!!」
「ありがと」
僕は改めて握手を求め、彼女もそれに応じる。
友情の
巫女レスラーはこれを絶対に裏切らない。
「みんなも、これからまたよろしくね」
彼女たちは力強く頷いてくれた。
〈社務所・外宮〉という身内がしでかした不祥事に罪悪感を覚えていたのかもしれないけれど、あちらのしたことと友情にはなんの関係もない。
今まで通りにやっていけたら、とそんなことを考える。
だが―――
あの時、ララさんの吐いた毒が僕にも回りつつあるのは自覚していた。
彼女はこう言ったのだ。
「もうすぐ、
そのためならなんだってやる。
僕の〈一指〉のようなレアな運勢でさえもフルに活用して。
〈社務所・外宮〉がどのような嵐を想定しているかはわからないが、何か確信があって動いているのに違いない。
それはきっと御子内さんたちに対しても同様だ。
近いうちに〈社務所・外宮〉はまた何かを仕掛けてくるだろう。
……そのとき、御子内さんたちを少しでも護れたら。
妹を助けてもらったときから、ずっと恩義のある人たちのために僕がしなければならないことはまだ尽きてはいないのだ。
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