第197話「カチカチ山のウサギさん」



 カチカチ山とは、こういう物語だ。


 昔々、甲州、富士五湖の一つ河口湖の湖畔、船津の裏山辺りに、農民の老夫婦がいた。

 彼らには深刻な悩みがあった。

 老夫婦の畑に、性悪なタヌキがやってきて、せっかくまいた種をほじくり返し、できた芋などを食べてしまうのである。さらに不作を望むような囃子歌を歌うなどして迷惑を掛けてくるのだ。

 さすがに腹を立てたおきなは罠を仕掛けてタヌキを捕まえた。

 おうなに狸汁にするように言ってから、翁はようやく安心して畑仕事に向かった。

 タヌキは「もう悪さはしない、家事を手伝う」と命乞いをして媼を騙し、可哀想になって縄を解いてくれたにもかかわらず、逆恨みをして媼を杵で撲殺してしまう。

 さらに、その上で殺害した媼の肉を鍋に入れて煮込み、狸汁ならぬ「婆汁」ばばぁ汁を作りあげると、媼に変化してタヌキ翁の帰りを待った。

 そして、畑仕事から帰ってきた翁に狸汁と称して婆汁を食べさせ、それを見届けると、真実をばらして嘲り笑いながら山へと逃げていった。


 長年連れ添った妻を失い、しかもその肉を食べさせられるという残酷な仕打ちを受けた翁は近くの山に住む仲良しのウサギに相談する。

「媼の仇をとりたいが、もう自分には気力も体力もなく、とてもかないそうもない。わしのかわりに仇をとってくれないか」と。

 事の顛末を聞いたウサギは、仲の良かった媼のためにタヌキ成敗に出かけた。

 まず、ウサギはタヌキを説得し、翁に謝罪するべきだ、そのために翁のために芝を刈って届けようと提案した。

 さすがの性悪タヌキもやり過ぎたと感じていたのか、ウサギの提案を受けて芝刈りを行い、その帰り道、ウサギはタヌキの後ろを歩き、タヌキの背負った柴に火打ち石で火を付ける。

 火打ち道具の打ち合わさる「カチカチ」という音を不思議がったタヌキがウサギに尋ねると、ウサギは「ここはカチカチ山だから、カチカチ鳥が鳴いているんだ」と嘘を答え、それを信じたタヌキは背中にやけどを負うこととなってしまう。

 次に、ウサギはタヌキに火傷に良く効く薬だと称してトウガラシ入りの味噌を渡して、これを塗ったタヌキはさらなる痛みに散々苦しむこととなるのである。

 ウサギの仇討ちはこれで終わらない。

 タヌキの火傷が治ると、ウサギはタヌキの食い意地を利用して河口湖への漁に誘い出した。

 ウサギは木の船と一回り大きな泥の船を用意し、欲張りなタヌキに想定通りに「たくさん魚が乗せられる」と泥の船を選ばさせる、ウサギは木の船に乗った。

 沖へ出てしばらく立つと、当然、泥で造られた船は溶けて沈んでゆく。

 タヌキはウサギに助けを求めるが、逆にウサギに艪で殴られて、沈められてしまい、そのまま溺れんでしまった。

 こうしてウサギは見事媼の仕返しをしたのである……。



 僕が知っているカチカチ山のお話はこの程度だ。



       ◇◆◇



「そのカチカチ山の牝ウサギがどうしてこんなところにいる。あと、そのハレンチな格好はなんのつもりだい? まったく、そんなみょうちきりんな格好で表を歩くなんて信じられないね」


 と、バニーガール姿に文句を言う御子内さん。

 君のその巫女装束もどうかと僕は思うけどね。


『巫女さん、TPOを弁えていないのはあんたもだゾ』


 僕が内心で思っていたことを妖怪に代弁されてしまった。


「由緒正しい巫女装束と、グラビアアイドルの衣装を一緒にしてもらっては困るね!」

「改造しまくっている癖に何を言っているのかナ? コスプレしているみたいだゾ」

「誰がコスプレだ!」

「あ・ん・た!」


 口喧嘩で負けそうになったせいか、御子内さんが本気で構えをとった。

 ごめん、ここ僕の部屋なんで暴れないで!


「―――しかし、ボクは平和を愛する女なので今回は勘弁してあげよう」


 一気に張り詰めた緊張が霧散する。

 御子内さんがやる気を捨てたのだ。

 さっきまでは完璧に戦闘モードだったのにどういう風の吹き回しだろうか。


「……キミが、カチカチ山のウサギだということは相違ないんだな」

『あのお伽噺自体はフィクションだけどねぇ。妖魅としての私たちは〈キュウ〉となづけられているのヨ。聞き覚えない?』

「〈犰〉?  鳥の嘴と蛇の尻尾をもった兎で、これが現われると飛蝗が大量発生する。キュウキュウと鳴くことからつけられた「山海経せんがいきょう」のアレかい?」

『そうね、それ。私たちウサギは歳を経たとしても妖怪には滅多にならないから、たまに妖魅にまでなると〈犰〉に分類されるようになるの』


 ……なるほど、確かにウサギの妖怪って聞いたことがないね。

 タヌキやキツネは化かすという先入観があるけど、ウサギにはそういう人間を脅かすようなものがないからかな。


「鳥の嘴と蛇の尻尾か。―――カチカチ山でタヌキをえげつない詭計で粛清したウサギらしいね。舌切り雀の時代から、鳥が嘴で囀るものは美辞麗句と決まっているし、蛇は奸計の象徴だ。それがついているというだけで、どれほど狡猾かがわかるよ」

『ふふふ、私たちウサギは美しい少女のメタファーとして存在するんだゾ。狡猾じゃなくて才気活発で純真なんだと言って欲しいネ』


 バニーガール―――妖怪〈犰〉は肩をすくめて微笑んだ。

 なんというか心が持ってかれるような愛くるしさだ。

 色っぽさや艶っぽさと同時に、子供のような愛くるしさもあり、男ならばこんなにもコケテッシュな魅力にはやられてしまうこと間違いなしだろう。


「で、その〈犰〉がどうしてここにいるんだい? 言っておくが、ボクはタヌキたちにキミを山に追い返すように依頼されている。人里で何かをしでかしたりしていたら、即座に叩きだす」

『おー、コワ。でも、大丈夫よお。私は人探しに来ただけだから。でも、こっちではやっぱり勝手が違ってね。全然、見つけられないの。そこで、ちょうどいいタヌキを見つけたので、お願いしたら、この京ちゃんのことを教えてもらったという訳なんだゾ』


 僕を見てウインクをする。

 徹頭徹尾、男を魅了しようとするバニーガール妖怪である。


「でも、僕はただの高校生で……」

『この巫女さんたちのお仲間なんでしょ? その縁を使ってチャッチャカ探してよおん』

「なるほど」


 退魔巫女の組織である〈社務所〉を利用することを考えたという訳か。

 ただ、巫女本人たちに直接頼むのは憚られるから、僕というクッションを置こうとしたんだ。

 それならば筋は通る。

 そうなると問題は、このバニーガール妖怪が探しているのは誰か、ということなんだけど……


「わざわざ、ボクらを利用するということは、それなりの理由があるんだろうけど、カチカチ山の事例もある。ああいう、残酷な復讐のためだったりするのならばお断りなんだが」

『そんなことはないわヨ。だって、相手はイケメンなんですもの』

「なんだって?」

『だ・か・ら、イケメンなーの』


 御子内さんと顔を合わせる。

 言っている意味が今一つわからない。


「イケメンがどうかするのか?」

『あんなに格好いい男なら、私の伴侶に相応しいじゃない。私にも優しい言葉を掛けてくれたしね。もう、山に住んでいるような熊やタヌキとは大違い。ああいう男前こそが、私にぴったりなのよおお』


 わがままな肉体をくねらせながら、色っぽさ全開の踊りを始めるバニーガール。

 どうもこの話は一筋縄ではいきそうもなかった……




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