第41話 集結

 それは『キッチン TAKIZAWA』の折角のココアに申し訳ない放課後だった。

 話すことに夢中になりすぎて、気が付いた時にはマグカップの中ですっかり冷めてしまっていた。

「……えっと」

「今、塩田が自分のだって言って持ってる髪飾りは、西村のじゃないかって。それから、西村が噂にあるみたいに嫌な奴だと思えないんだって、高木は」


 困惑する森口くんのために左京くんがまとめた。

「森口くん、西村さんのことで知ってることない?」


 私が問い掛けたその時だった。

 お店のドアにかけられたドアベルが乾いた音を鳴らす。

 思わず目をやると、扉を開けた右京くんと少し離れて続く未央がいた。


「呼んだ、二人も」


 左京くんはそう言って席をひとつずれる。

 私もそれに合わせて奥につめた。

「話って……?」

 右京くんは森口くんの横に座りながらそう聞いたが、私の隣に座った未央は仏頂面のまま何も言わず、さらに右京くんの方をチラリとも見ない。

 西村さんのことより、まずそっちが気になった。

「……ねぇ、なにかあった?」

 私のその言葉を引き金に、未央の瞳は大きく揺らぎ、あっという間に涙で潤んだ。

「右京なんて信じられない!!」

 ストッパーが外れたらしく、未央の瞳からはボロボロと涙が溢れ、両手で顔を覆うその姿はまるで幼い子供のようだった。

「右京くん!!なにしたの!?」

 未央に泣かれ、私に責められた彼は、少し腰を上げながら急にオロオロしはじめる。

「誤解なんだって!あいつとは何もないんだって!」

「あいつ?」

 左京くんが尋ねる。

「塩田!塩田だよ!俺が、あいつと未央を二股かけるなんて、有り得ないだろ!」

「じゃあ、さっきのは何?!前髪くしゃくしゃーって、あれ!!」


 対抗した未央は、そう言ったかと思うとさらに泣き崩れてしまった。


「はい、これサービスよ」


 私たちの喧騒を静まらせたのは、その店の奥さんだった。もう70を越えているらしいのに、その人の微笑みはタンポポのように穏やかで強い。

 サービスだとテーブルに並べられた5つのココアは、右京くんを席につかせ未央の涙を止めた。


 それぞれの鼻を曇らせる温かい湯気。


 ――コクン。


 一口飲むと、嘘のようにみんな同時にほっと息を吐き、そっとカップを置いた。


「右京、なんで前髪くしゃくしゃーってしたの?」


 森口くんが問いかける。


「……未央と同じ匂いがしたんだよ」


 右京くんが答える。


「千草ちゃん、去年の夏の西村の様子もう一度教えて」

「えっと……ふわっとした髪に、青い髪留めをつけてて……甘い香りがしたんだけど……」


「……それだけ聞いたら別に茉由でも当てはまるんじゃない?」


 未央の言葉に反論するほどの証拠はやはりないけれど。


「それでも俺は高木の直感を信じるから」


『俺は理由が何もなくても信じられる』

 みんなの前だというのに、そう言い切る彼は、私には勿体無いくらいにかっこ良かった。


 一瞬、シンとするこのテーブル。

 彼の言葉に心掴まれたのは私だけではなかったようだ。


「……塩田に……未央が西村から意地悪されてるって聞いて」

 右京くんが話し出した素直な気持ち。

「西村のこと呼び出したり、俺なりに何とかしようって思ってたんだけど……未央はなんか隠してる感じするし、頼りにされてねぇのかな。って……思って」

「い、意地悪?何それ。私は、右京が螺旋階段に西村晃といるとこ見ちゃったせいで、その……浮気っぽいやつなのかな、とか。それで、今日のほら茉由のもあったし……」

 どんどん声が小さくなる未央だったが、意を決したように真っ直ぐ彼を見つめると「ごめん、右京」と謝った。


 それまで、仲直りした二人をただ黙ってみていた森口くんがゆっくり口を開く。


「俺も直感でしかないけど、西村が人の男取るとか……そんな風に思えないんだ」


「だってあいつ、俺が知ってる限りずっと同じ奴を見てる。しかも、ずっと遠くから――」


「――泣きそうな顔でずっと」


 隣で右京君が呟いた。


「西村に言われたんだ。……そんなに大事なら未央を見張ってろって。簡単に壊れるって」

「……西村が思いきり笑ったとこ……見たいな」

 明るい森口君が、寂しそうな顔で言ったその言葉が頭に貼り付いて取れないでいた。

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