第38話 甘ったるい罠
あの日からあの言葉が離れない。
部室から体育館へ移動するほんのちょっとの合間。
『右京くん!』
呼び止められて振り向くと、最近未央とよく一緒にいる塩田がそこに立っていた。
『塩田、何?』
俺から用がある相手じゃないし、あるとしたら未央からの伝言くらいかな。と思ってそう問い掛けた。
『うん、ほら、未央ちゃんのあの悩み、私たちで解決してあげない?』
唐突に伝えられたそれ。
『……未央の悩み……?』
思わず口に出して聞き返してしまった俺。
すると彼女は、丸く開けた口に両手を被せて慌てるように話した。
『嘘!右京くん聞いてないんだ!最近未央ちゃん、晃ちゃんに意地悪されてて……でも、なんで右京くんに話してないんだろう?』
『……あいつ、自分で頑張っちゃう奴だから』
西村に嫌がらせをされている雰囲気なんてなかったと思う。
けれど否定する根拠もない俺は、そう言うしかなかった。
そのあとの言葉が頭から離れない。
『変だよ、それ。私だったら右京くんをすぐ頼っちゃう!信頼してたら当然でしょ?』
『……あ、未央ちゃんが右京くんを信頼してないなんてそういう意味じゃないけど』
未央が俺を信頼してないなんて思わなかった。いや、思いたくなかっただけかもしれないけど、とにかく、言ってこないのには別の理由があるんだと思った。
だけど、聞いてしまった以上スルーなんて出来ない。
気になって螺旋階段に西村晃を呼び出した。
連れてくる女の子は未央だけって決めていたけれど、大事な話を密かにするには最適な場所だったから。
『未央になんかしてんのか?』
そう問いただすと、あいつは口元を片側だけ上げて言った。
『そんなに大事なら、その子をずっと見張ってなさいよ』
何の感情も入っていないような、凍りついたような表情でそれだけ言って戻ろうとする西村。
本当に噂通りの氷みたいなやつなのかと思ったけれど、彼女が、ほんの一瞬、とても寂しそうな顔をしたような気がして…反射的に腕を掴んだ。
『簡単に壊れるから――』
そう言って俺の手を押し返したあいつの顔も忘れられない。
何が本当で何が違うんだ。
今日の昼休み、バスケ部の顧問の話が早めに終わったから急いで向かった中庭。
キャプテンの話を教えたら未央は喜ぶかな。あいつの盛り上がる姿が想像できてにやけてしまう俺は自然と駆け出していた。
木の陰からベンチに腰かける彼女の後ろ姿が見えたから、驚かそうとこっそり近付いた。
だけどそのあと二人の調子が狂いまくる。
全てに反応の悪い彼女は、なにか隠し事をしているようにも思えてならなかった。
「ちょっと顔洗ってくるわ」
始まった部活。
絡まった頭の中と、決まらないシュートにイライラして手洗い場に急ぐ。
冷たい水をかぶれば少しはスッキリするかもしれない。だから、蛇口を強くひねって思いきり頭にかけた。
頭のてっぺんから流れる落ちる水。
ずぶ濡れになった髪の毛から閉じた瞼にも水が流れるのがわかった。
そのまま手探りで蛇口を閉める。するとキュっという音と同時に、Tシャツの袖口をツンと軽く引かれ、顔のすぐ横にタオルが近付いた。
タオルから未央のシャンプーと同じ匂いがしたから……だから未央だと疑わなかったんだ。
タオルで顔を拭きながら、お礼の代わりに彼女の前髪をくしゃくしゃっと撫でた。
「……右京?」
思考回路が一瞬で停止する。
今、頭を撫でている相手の方からじゃなく、全く別の方向から聞こえた未央の声。
びっくりしてタオルを外し、手を乗せた相手をゆっくりと見た。
確かめて、言葉をなくす。
俺の手は何故か塩田の頭に置かれていて、その光景を見ていた未央の顔はどんどん悲しそうに歪んでいったから。
俺は慌てて手を外したが、俺の袖を軽く掴んだままの塩田が上目遣いで言った。
「やだ、右京くん、未央ちゃんが見てる時はダメだよ♪」
妙に甘ったるい言い回しが耳に絡み付く。
何がなんだか、どうしたらいいのか、その時の俺は何も考えられなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます