第22話 デート
「ねぇ千草、私やっぱり気合い入れすぎてるみたいに見えない?」
「わ、私こそ大丈夫かな」
服が決まらない。
でもちゃんと寝なきゃいけない。
そんな大変なループに陥っていた昨日の夜中、机の上で携帯が震えた。
結局、午前中に未央とお互いの服を相談しあって、只今12:50の駅前だ。
制服以外でスカートなんて久しぶりに履いた。
未央が選んでくれた深いグリーンのフレアスカートの裾が、膝のあたりでユラユラ揺れた。
「は、恥ずかしくなってきた」
すごくありきたりだけど、心臓が口から出てきてしまいそう。
白いニットも、黒いストッキングに履いたパンプスも私には絶対着こなせていない。
「か、帰る!」
そう思わず口に出し、横を向いた時、手のひらに『人』の字を3回書いて飲み込む未央に気がついた。
……緊張してるのは私だけじゃない。
その安心感と、神頼みする未央の、あまりにも可愛い仕草に、今日初めて楽しいと思った。
いや、私は昨日の夜から楽しかったのかも。
好きな人に可愛いと思われたい。
鏡の前であれもこれもと悩む時間も、楽しい恋の一部分なんだ。
左京くんを好きにならなかったら気がつかなかった、この気持ちを大切にしなくちゃ。
私はちゃんと顔を上げた。
***
「右京、俺、飲み物買ってくるから先に入ってていいぞ」
「あぁ、じゃあ俺、ジンジャーエール。未央は?」
「えっと、私も同じの」
「了解。……じゃあ、高木は一緒にきて、持つの手伝って?」
「あ、う、うん!」
平日だから空いているかと思った映画館は、意外にもたくさんの人で賑わっていた。
売店の列に二人並ぶと、少しだけあるヒールのせいか、いつもよりもほんのちょっとだけ彼の顔が近かった。
「……高木、似合ってるよ」
前を向いたまま突然そう言った彼。
空耳かと思った。
「ほ、ほんと!?」
思わず大きな声が出てしまう。
前の人がびっくりして振り返った。
「「……す、すいません」」
二人揃って頭を下げた。
彼が一緒に謝ってくれたことがなんだかとても嬉しかった。
ゆっくり顔を合わせると、二人同時に笑みがこぼれた。
ドリンク4つは彼が、ポップコーン2つは私が持った。
結局、聞けなかったさっきの言葉の続き。
でもいいの。
聞いてしまったらきっと映画どころじゃなくなってしまうだろうし、さっき、二人で笑いあえただけで充分だったから。
入った8番スクリーン。
もうすでに照明が落とされた館内では予告が始まっていた。
「高木、足下もう暗いから気を付けろよ」
「うん、大丈夫。左京くん場所わかる?」
「わかるよ。こっち」
彼に誘導されて席につくと、隣で未央が『ありがとう』と手を合わせたから、私は首を横に振り、ジンジャーエール2つとポップコーン1つを手渡した。
今日は右京くんと未央の初デートなんだから、あまり邪魔しないようにしなきゃ。
私は真っ直ぐに、前だけを見た。
すると、左側からクスクス聞こえる笑い声。
ゆっくり目をやると、口元に握った右手を近付けた左京くんが私を見て笑っていた。
『どうしたの?』
小声で聞いてみるが、彼はまだ笑ったままだ。『なに?』楽しそうな彼の姿に私もつられてしまい、笑いながらそう聞いた。
すると彼は、急に近寄り、私の耳もとで話し出す。
『水沼と右京の邪魔しちゃダメだって思ってる?』
すぐ届いた彼の声。
あまりに近いその距離に、左側の頬が一気に熱くなる。私がそんなことになっていることを知ってか知らずか、相変わらず近いままの彼は再び耳元で囁いた。
『……可愛い』
暗闇の中で目が合った。
彼は優しく頷く。
慌てて見たスクリーン。
予告は全く頭に入ってこない。
ドキドキと響く胸の音が、隣まで聞こえませんように。
ただただそう願った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます