第97話 つむじ風

 騎士は全部で六人、他に荷車を引いた下人二人程が馬車から荷物を移している。

 ライカ達の方に向かって来たのはその内の騎士の三人で、跳ね上げたままの兜の面覆いの奥に覗いている顔は一様に若く、しかも善意とは正反対の表情をしていた。


 ライカは突然自分の傍らから押されてよろめくような圧力が沸き起こるのを感じて振り向き、そして振り向いた事を後悔した。

 サッズの雰囲気が凶悪なものに変わっていて、少なからず精神に影響を受けたのだ。

 具体的に言うと、わずかな間ではあるが、ライカの思考が停止したのである。


(どうしたんだろう?)


 共鳴に近い現象に引き摺られた自分の精神状態のせいか、実際に現象として起こっているのか、ライカは周囲の気温が下がっているような気さえした。

 竜は、というか前時代の生き物は、肉体とエールがそれぞれ別個に存在していて、肉体というカバーのない精神は、時にそのまま世界の事象に影響を与える。

 前時代が物事が混沌としていて刻まれるべき歴史を持たないのは、主にそれが原因だった。

 世界を構成する大規模な部分が、その中に生きる生物達によって大きく変動し続けていたのである。


 そうこうしている内に、騎士達が近付いて来て、ライカ達の眼前にその姿を晒す。


「ほう、貴公は本当に目が良いな、なるほど、若くて見栄えが良い、やつら最近用心して女子供を隠しているからな、娯楽が減って困っていた所だ」

「であろう?あちらのはどこかの貴族落ちではないかな?下賤の血が感じられん」

「ふん、やつら澄ました顔をして人売りをやっているのではないか?こんな子供が荷運びの役になど立たぬであろう」

「なるほど、いかにもありそうな話だ」


 騎士達は馬上から二人を見下ろしながらも、仲間内で話をするだけで、ライカ達に何を言うでもなく、佇んでいる。

 気付けばライカ達の周囲に他の人間は居なくなっていて、居心地の悪い思いをしたライカは、サッズの機嫌を気にしながらも自分達もそこを離れようとした。


『サッズ、大丈夫?なんか変な人達が来たからあっちへ行かない?』


 恐る恐る声を掛けたライカだったが、サッズは応え無いながらも、別に反対するという様子でもなかったので、そのままその手を引いて歩き出そうとする。


「おい、子供、どこへ行く」

「え?」


 まさか今まで意にも留めない感じだったのに、彼らがいきなり声を掛けて来るとは思いもしなかったライカは、一瞬驚いて相手の顔を見た。


「躾のなってない子供だな、貴族の尊顔を直視するとは、まぁいい、そういうまっさらなのを躾けるのもまた一興。これでもそれがし、獣を躾た事すらあるのだぞ。強き獣の悲鳴も良いが、やはり子供は格別のものがある。肌が柔くて鞭の通りが良いし、必死に泣き縋って来るからな」


 ライカはゾッとして鳥肌を立てた、言っている事の大半は分からないが、どうやらあの用心棒達の同類らしいと理解したのだ。


「貴公は本当にそういう手間が好きだな。私はもっと直接的な楽しみが……」


 男の言葉は続かなかった。

 なぜなら突然落馬したからである。

 他の二人は、それを笑いながらも、早く馬に乗るように促したが、笑っていられたのもそこまでだった。

 彼等も、なにが起こったか本人が気づく間もなく馬から落ちたのである。

 何かツンとした匂いが周囲に満ちているのを感じて、ライカはサッズを振り返って見た。

 サッズの目が濃い藍色の光を帯びている。


 半瞬の空白。

 周囲の土や小石が、まるで不自然さなど感じさせずに浮き上がり、次の瞬間、範囲は狭いが猛烈な風が空高く渦を巻いた。


「うおっ!つむじ風だ!荷を守れ!」

「やべぇ!伏せろ!」


 怒号と悲鳴が行き交い、突然の出来事に周囲が恐慌状態に陥る。

 そんな中、ライカは必死にサッズに語り掛けていた。


『サッズ!正気に返って、ちょっと、これなんとかして!』


 遠慮なくペシペシと頬を張る。

 どうせ痛くないのだから、ライカは全く加減などしなかった。


『安心しろ、俺は正気だ』


 今度は弱点である耳の後ろをグリグリしてやろうと構えた時、サッズから返答が返る。


『なら、これどうにかしてよ』

『もう終わってるだろ』

「へ?」


 言われてライカが周りを見ると、確かに既に風は収まったようで、問題のつむじ風も消え去っていた。


『それより俺を褒めろ!』

「え?何言ってるの?何で竜巻なんか起こしたの?」

『いいから俺を褒めろ!我慢してやったんだぞ!』


 そんなやり取りの傍らで、地面に横たわっていた三人の騎士が起き上がった。

 馬は先ほどの騒ぎで逃げ出しており、既にいない。


「う、くそ」


 彼等の動きと共にキシッと微かな金属の擦れる音がした。

 一拍の後、賑やかな音を立てて、その身に纏っていた鎧兜が幾つかの断片となって地面に転がる。

 鎧の下に鎖帷子ではなく、普通の汗取りの麻帷子を着けていたのだろう、それも綺麗に裂けて、彼らはほぼ丸裸に近い状態になっていた。


「おおおお!なんだ!これは!」

「何が起こった!」


 慌てて剣に手をやったのは、さすがに騎士だったが、その剣も半ばで断ち切れているのを見て、とうとう何やら口々に訳の分からない事を喚き出した。

 どうやら馬を探しているようだが、あの騒ぎでどこにいったのか誰にもわからないのだからどうにもならない。


「どうしたのだ!そのざまは!」


 壮年の、彼等と同僚らしい別の騎士がその醜態を見かねたのか近づいて来て一喝する。


「あ、オットー殿、馬が居なくなって!」

「よ、鎧が……どうしてこんな」


 動揺もあらわに、考えの纏まらないままに口走る彼等に、オットーと呼ばれた男は、決して大声ではないが、意思の篭った冷徹な声で指示を出した。


「もうよい、卿等は急いで通用門から戻れ、気取られて門前の寄生民共に騎士が侮られるようなことになったらいかがするか!」

「は、はい!」


 男達は素っ裸のままぎこちない敬礼をすると、慌てて街壁の門とは逆の側面の方へと駈け出した。

 どうやらそちらに通用門があるらしい。

 残ったオットーと呼ばれた男は、散らばった鎧や剣であったものをジロリと一瞥すると、近くで寄り添って様子見をしているように見える少年達を視線で威圧して、他の仲間のほうへと戻った。


「えっと」

「褒めろといってるだろ!我慢して怪我一つさせなかったんだぞ!」


 ライカとしては今一つよくわからないながら、要求を叶えないと叫びだしそうな勢いのサッズの要求をとりあえず聞いてやることにした。


「サッズ、偉いぞ、よくやったな」

「なんだ、その投げやりな褒め言葉は?俺をバカにしてるのか?」

「あー、違うけど、結局何がなんだったのかよくわからないんだよね」

「あ・い・つ・ら・が、頭の中で身勝手で一方的欲望に満ちた妄想を俺達に対して展開していやがったから、思い知らせてやったんだ!本当はどこか目の届かない所まですっ飛ばして何かにぶつけて潰してしまおうと思ってたんだが、お前が嫌がるだろうから我慢したんだ!」

「なるほど、サッズ、偉かったな、よくやったぞ」

「なぜか説明する前とあまり変わってない気がするぞ」

「気のせいだ、俺は全力で褒めたからな」


 ライカは真面目な顔で言い放つ。

 そう言われて、「そうか」と軽く納得するサッズ。


「でも、用心棒さん達の時にはこんなに怒らなかったのに、今回はえらく怒ったんだね」

「そりゃあ、殺戮の喜びは俺も多少は理解出来るからな。破壊とか。でも、あいつらのは理解不能だった。だから気持ち悪かったんだ」

「俺からすればどっちもどっちな気がするけど、まぁでもサッズの感覚も理解は出来るよ。うん」


 ライカは深く突っ込むのは止めた。どちらにしろ最悪でしかないことを深く知る必要は無い。自分の気分をわざわざ悪くすることも無いだろうと、そう思ったのである。


「お前ら、何があったんだ?」


 いつものように、好奇心に満ちた顔でゾイバックがやって来た。

 あまりにもその嗜好がはっきりとしてるので、ライカはもういっそ彼を微笑ましくすら思う。


「なんか突然騎士様達の鎧とかが壊れたらしくって」


 清々しいしらばっくれ方で、ライカは説明した。

 散らばった物を見て、ゾイバック驚いたように大口を開けたが、しばし考え込む。


「こりゃあ、あれだ、さっきのつむじ風だな」

「つむじ風でこんな風になるんですか?」

「おおよ、カマイタチっていってよ、つむじ風に棲んでる魔物の仕業なんだと。しかしこりゃあやべぇな、こっちに被害がなくて儲けもんだなこりゃ」

「ほー」「へー」


 初めて聞く話に、ライカとサッズは思わず感心した。

 なんだかんだで困った人間ではあるが、ゾイバックはその好奇心に相応しい知識を持っている。


「とにかく、お前らもこんなとこに居ないであっちで荷物の片付けの手伝いをしとけ、貴族なんて輩は何もない所にすらいちゃもんを付ける連中なんだぞ?側に居たからお前らのせいだとか言い出しかねん」

「わかりました、ありがとう」

「お前にしちゃあ珍しく気が効くな。んじゃそうするか」


 サッズが偉そうだが、珍しくゾイバックの提案へ礼(?)を言って、二人はその場を離れた。


 結局壊れた鎧なども、騎士達が通行料代わりに徴収した荷物と一緒に荷車に積んで運び去られた。


「あの子供等は売り物ではないのだろうな?そうであれば重い罪状になるぞ?」

「まさか、ちゃんとした雇い人ですよ、閣下。ほら、帳面にもあるでしょう?」

「貴様ら商人は悪知恵ばかり働くようだからな。先ほども、いったいどんな仕掛けでうちの連中に恥をかかせたのやら」

「まさか閣下、つむじ風が私どもの仕業などとおっしゃらないでしょうね?」

「ふん」


 騎士の代表であるオットー卿と商隊の長であるショソルは、全く造作の違う顔を突き合わせ、一見おだやかにに言葉を応酬させていた。

 もちろん、互いにわずかばかりでも弱みを見出そうと言葉による探り合いをしているのである。


「旦那、もう御用はお済みなんでしょう?そろそろお戻りになったほうが宜しいのでは?」


 そこへ、用心棒の一人、ひょろりとした体躯のギルマウが何気ない風に声を割り込ませた。


「無礼な!殺し屋の分際で、我に言葉を掛けるとはな」


 ギルマウは相手の憎々しげな態度も全く気にした風もなく、ニヤニヤ笑う。


「旦那、これでもわたしは旦那達のことを心配して言ってるんですよ。なんでもこの街のお貴族様方は、街の外は治外の地であると宣言なさってると言うじゃないですか?そこで何が起ころうと関知するところじゃないっておっしゃって」

「何が言いたい、蛆虫が」

「いえね、そりゃあわたしらはあなた方にすれば虫けら以下でしょうがね?何のご縁か、この国の王様に法の及ばぬ地での断罪権なるものを頂いているんですよ。ここが法の及ばぬ地なら、……ねぇ?」

「う、ぐっ」


 オットー卿は言葉を詰まらせると、素早く現在の自分の戦力を確かめた。

 騎士が三人、下人が二人、戦えるのは三人だけだ。


「き、キサマなどに我等が遅れを取るとでも?」

「あれ?旦那、どうしたんです?なんでわたしらが旦那とやりあうことになってるんですか?いや、おやりになりたいっておっしゃるならそりゃあお受けしますけどね」


 そこで言葉を切ると、ギルマウは怪しく笑う。


「ご立派な貴族様の悔しがるお姿は、さぞや甘美でしょうねぇ」


 その場に走った緊張をほぐしたのはショソルだった。


「閣下、ご立派な貴族様がこのような挑発にお乗りになってはなりませんよ。ささ、こちらは、部下の方々の災難へのお見舞いです。どうぞお持ちください」


 彼がオットー卿に差し出したのは、この国では手に入りにくい上等の煙草の葉だ。

 その独特の香りが持っているだけで立ち昇っている。


「ふむ、まぁ良いわ、主の機転に救われたな」


 捨て台詞を残して、彼等は引き上げて行く。


「ちぇ、つまんない旦那だね」

「勘弁してくれ、あんな連中とゴタゴタなんぞ起こしてどうするんだ?ともかく散々だった。俺は酒でも飲んでゆっくりさせてもらうぞ」


 テントへと去る隊商長を見送って、ギルマウはゆらゆらと歩き出した。


「うんうん、よしよし、なかなか良いね~今回は良い旅だ。なぁ、お前もそう思うだろうが」


 ひっそりと、誰にも存在を気付かれなかった巨体の影が揺らめく。


「お、お、おれは、あ、あ」

「わかったわかった、お前も血を見たかったんだよな。なぁに、あの御前集落では毎晩騒ぎが起きるそうじゃないか?今夜は夜の散歩にでも行ってみないか?」

「あ、あ」


 暮れ行く日が大気を冷やし、今度は優しい柔らかな風を送る。

 営みを続ける人の住む場所からは、そろそろ食事を用意する為の煙が上がり始めていた。

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