第43話 男の浪漫というものらしい

「サックにいちゃん、にいちゃんはごほん読めないの?」

「あんなちまちましたもの見る気にもならん」


 ぴったりと寄り添った女の子に見上げられ、サッズは鼻で笑い飛ばした。


「いや、そんな自慢するみたいに胸を張るようなことじゃないから」


 ライカがすかさず注意する。

 同時になんとなく脱力もした。

 視線の先で、なぜかサッズの投げ出した足の上やら背中やらに子供達がやたら張り付いているのである。

 しかもほぼ、というか全部女の子だ。


「別に自慢してない、事実だ」

「そもそもなんであんたがここに来てるのよ、招いてないからね!」

「いいだろ、ガキの相手は気が楽だからのんびりできるんだよ」

「ここはあんたのための休憩場所じゃないよ!」

「セヌねぇちゃん、ここはあたしに免じておおめにみてよ」

「あたちからもおねがししま」

「かおがいい男はきちょうなのよ」


 女の子達の何か異様な雰囲気にすっかり呑まれてしまった男の子達も消極的な賛成を表明した。


「あんたらマセすぎ!男連中も何とか言ったらどうなのよ!」

「あら、男の子達はセヌねぇのお母さんが目的なのよ!それならあたし達だってサックにいさまとのひとときを堪能したっていいはずよ」

「ハタ、あんた前に振られたのにめげないのね」

「あれはあたしが少し性急すぎたのですわ、もっとじっくりお知り合いになればまた違うのです。ママがそう言ってました」

「あんたの母さん何人の男に騙されたのよ」

「失礼ですよ、セヌねぇ。ママは恋多き女性なのです」

「そもそもあんたはあたいより年上だろ、なにがセヌねぇだ」

「セヌねぇはセヌねぇです」


 少女達の会話はとてもじゃないが六歳と七歳のものとは思えない。

 だが、そこに違和感を感じて突っ込む人間も居ないため、それは当たり前の会話として流れていった。


「サック、モテモテで良かったね」

「う~ん、さすがにちびっこすぎるな、まぁ悪くはないが」

「確かに俺の時より望みがあるもんね」


 ライカの返しに、サッズは目を丸くした。


『なんだ?あの時のこと、やっと吹っ切ったのか?』

『そこまでいってないけど、どうしょうもないことをいつまでも悩んでるのは馬鹿みたいな気がしてきただけ』

『そっか、良かった。実を言うと連中も助言をした手前、気にしてたからな』

『そうだったんだ。……そっか、ごめん』


「ライカ、どうしたの?黙りこくっちゃって。モテなくなったからガックシきてるのは分かるけど、気にしちゃだめだよ」


 ふいに黙りこくったライカをかえりみて、セヌは励ましているのかさらにトドメを刺しているのか分からない声を掛ける。


「ええっ、いや、そこは別に気にしてないから」

「いいんよ、男って色々あるんだよね」

「セヌ、何を納得されているのか凄く心配になるんだけど」


 ― ◇ ◇ ◇ ―


「なんか意外だな、サッズが読書会を気に入るとは思わなかった」


 帰りの道すがら、ライカはしみじみとそう言った。


「いや、別に本とかのモノガタリとか言うのはどうでもいいけどさ、色々見てきて気づいたんだが、人間の意識ってのは年を取る程一筋縄じゃいかなくなるんだ。つまり年寄り程一つの物事を口では肯定して頭で否定したりしてる訳だ。で、だ。思考の道筋が少々ぶっ飛んでるとしても、ガキ共の方が単純な分、付き合ってて楽なんだよな」

「う~ん、わかるようなわからないような」

「お前だって無意識に周りの思考を受け取ってみればわかるさ」

「そこは別にわかりたいとは思わないからいいや」

「薄情者め。あ、そうそう、さっきの話」

「さっきの?」

「例のメロウの小娘とのことだ」


 ふと見せる真剣な表情に、ライカも真顔になる。


「あ、あ、うん。うん、なんとなくね。あの時の俺はまだまだ足りないことばっかりだったんだなって思ってさ。自分が未熟だったことを認めることにしたんだ」


 吹っ切ることにしたとは言え、長年抱えてきた痛みがすぐになくなる訳ではない。

 ライカはやはり疼く気持ちを抑えながらサッズに答えた。


「俺はそう難しく考える必要があるとは思わないけどな。単に伴侶になっても意味がなかったから付き合うのは止めたってだけの話だろ」

「そこまで軽く言われると傷付くよ。俺は本気だったし、今でもあの時の想いが間違ってなかったと思ってる。ただ、それはそれとして、俺がずっと拘り続けていたのは、結局別れることにしたのを俺自身の気持ちじゃない他の物のせいにしたことだよ」

「せいにしたってか無理なことがわかったから止めたんだから、それはそれで間違いじゃないだろう?」


 しかし、ライカは否定の仕草をした。


「俺は彼女に自分達の気持ちについては全然話さなかった。あの時の俺ってさ、丁度あの子達と同じぐらいの頃だったじゃないか。それなのにあの子達はしっかり自分の気持ちで話してる。そういうのを見ていたら凄く自分が情けなくなった」

「俺にはよくわからんが、気持ちも何もないだろ、メロウだって未来のない結びつきを強要したりはしないさ。あいつらは享楽的だが別に強欲じゃないんだ、喰らい付いて放さないとかはないだろう」


 ライカはそのサッズの言葉に意識を尖らせた。


「サッズってさ、やっぱり恋愛したことがないからそんなふうに言えるんだよ。いつも伴侶を探すとか、そんなことばっかり言ってるくせに、全然わかってないよ」

「ああん?聞き捨てならないな!俺が恋愛したことないだと?……まあ確かにそうかもしれんが、それは単に俺に相応しい相手が居なかっただけだろ?」

「いいよね、言い訳が楽で」


 ライカはぷいと横を向く。


「お前という奴は。……あ、そうだ!あのお前が前会ったという美女はどうだ?」


 サッズの言う美女とは以前この街に来た竜の女性のことである。

 彼等は音声言語と意識言語を同時に使っているので、実は外側に聞こえている会話以上のやり取りを行っているため、傍から聞くと説明不足のような会話になりがちなのだ。


「会ってもいないのに恋愛感情は発生しないだろ」

「会えばいいだろ」

「居ないんだから会えないよ。それとも竜に戻って会いに行く?」

「馬鹿言え、これは戻ったら壊れるから一度こっきりだ」


 サッズは指に嵌った指輪を示しながら主張した。


「うんうん。ほら、ちゃんと練習してればそんな指輪なんか無くったって自力で人化ぐらいできるはずなのにね、サボってたツケが回ってきたんだよ、世界の秤は釣り合ってるね」


 鼻で笑って肩を竦めてみせたライカに、サッズは食って掛かった。


「人間の姿だって、行くことはできるだろ!そうだ、ほらなんだっけ、旅だよ、旅。その王都とかやらに行けばいいんじゃないか」

「歩いて?」

「ああ」

「無理だよ、場所が分からない」

「知ってる奴がいるだろ!」

「言葉で行程が理解できる訳ないだろ?言っておくけど、知識を食べるのは禁止」

「なんとかなるだろ!」

「サッズってさ、少しものを考える癖を付けたほうが良いよ、本当に」

「行く!絶対に行く!」


 ライカはサッズをじっと見詰めたが、どうやら相手が本気らしいことを理解してしばし考える。

 単独で行かせるなど言語道断だ。

 何をやらかすかわかったものではない。

 ということはもしかして自分も行かなければならないのだろうか?

 そんな感じにライカは頭の中で色々な思考を纏めて行く。

 基本的に竜は何かをやる時に他者に相談したりはしないので、行くと行ったらサッズは行くのだ。

 ライカは諦めて、主に誰と誰に迷惑を掛けるとか相談するとかその類のことを考える。

 大変なことになりそうだとライカは思った。

 だが逆に言えばそう思っただけだで心を決めた。


  「仕方ないな」


 一見常識が育ったように見えていても、ライカの人間社会での経験は僅か一年になろうとする程度である。

 彼等はとても簡単に、一般常識からすればとんでもない話を、そうやって道の途中で決めてしまったのだった。

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