第30話 一人歩き

「あれ?幼馴染の彼はどうしたの?えっと、サックっていったかな?」


 ミリアムは店に出てきたライカにそう尋ねた。

 やって来たライカは単身だったのである。

 表で誰かが待っている様子でもなかった。


「え?サックなら街を見て回ってると思う」

「一人で大丈夫なの?」

「凄く小さい子とかじゃないんだし、大丈夫だよ。ミリアムは心配性だね」

「でも、普通遠くから友達が出てきたりしたらずっと一緒に過ごしたりするんじゃない?」

「同じ街にいるじゃないか」

「ええっと」


 ライカのキョトンとした顔を見て、ミリアムは少し戸惑った。


(やっぱり男の子だと感覚が違うのかしら?)


「まあいいわ、じゃ、昨日休んだ分、きっちり働いてもらいますから、覚悟してね」

「うん、覚悟してます」


 にこりと笑ったライカの頭をミリアムが軽く小突く。

 まだ準備中で客のいない食堂だが、憩いの場所に相応しい暖かな笑い声がその場に響いた。


 ― ◇ ◇ ◇ ―


(うっとおしい)


 街中を歩いていると視線と意識が重さを感じさせる程に纏わり付く。

 一人適当に歩いていたサッズは、すっかりその量に辟易していた。


(いっそ姿を消してしまおうか?)


 サッズはセルヌイのように他人の興味を引かないようにことわりを弄ることは出来ないが、周囲に大気の膜を張って自分の姿を見えなくすることは出来る。

 人間の社会にいる間は人間らしく振舞うように言われていたが、さすがに段々苛立ちが募り、暴れ出しそうな気分になって来ていたのだ。

 暴れるよりは力を使ってそれらの原因を遮断する方がマシなはずだと考えるサッズは、やや極端な性格なのかもしれない。


「ん?」


 ふと、サッズは視線の中に敵意に近いものがあるのに気付いた。

 そこに全く隠す気のないオスの闘争心が窺えて、少しだけ気を惹かれる。

 さっそく混ざって縒り固まった意識を一つ一つ選別すると、覚えのあるものに辿り着いた。


「あ~、あれか」


 先日ライカと両替所に行った帰りに会った相手だ。

 まだ巣立ったばかりの青さを漂わせながらも立派に縄張りを持つ雄のプライドを持った相手だったが、それにしても若い。


「面白いかも」


 サッズは一人呟くと、その意識を追って歩き出した。

 相手は自分の方にサッズが近付いているのに気付いていたが、そこから動く様子がない。むしろ待ち受けている構えだ。

 サッズが視認してみると、その相手は路地の入り口に腕組みをして立ち、彼をじっと睨んでいた。


「よぉ、確か昨日会ったよな」


 サッズは、いっそにこやかな程の調子で語り掛けた。

 相手の顔が歪む。

 益々険を増した意識と敵意に満ちた目が、サッズにはつたない一つの言葉として伝わって来た。


(へぇ、人間だって全く意識言語や動作言語が使えない訳じゃないんだな)


 サッズはちょっとだけ認識を改めて相手に対する。

 サッズ自身も動作言語で挑戦に対する受諾を伝えた。

 どういう事かとういうと、顎を上げてニヤリと笑って見せたのである。

 人間で言う所のガンを付けたのだ。

 相手はすぐさま反応する。

 やたら勘の良い人間だった。


「てめぇ、いつまでこの街にいるつもりだ、貴族の物見遊山ならこの狭い街でもう見る物なんかねえだろ!さっさと帰れ!」


 相手の少年、もちろんそれはレンガ地区で少年達を纏めているノウスンだったのだが、彼は口を歪めてサッズにそう吐き捨てた。


「ん?この街って確か領主が一番偉いんだろ?なんでお前がそんなことを言って来る訳?」

「街の住人としての意見だよ」

「お前一人の意見だろ?何で勝手に代表を名乗ってるのさ」

「誰も代表を名乗っちゃいねぇだろ?ああ?お前が勝手にそう思うのは仕方ないけどな」


 サッズが驚いたことに、ノウスンの言葉には意識が乗っていない。

 言葉だけを道具のように使っているのだと気付いて、サッズは素直に感心した。


「なるほど、言葉を意識とをあえて分けて使ってるのか、面白いな、本当に」

「てめぇが何言ってるかさっぱりだぜ、これだからお貴族さんは訳わかんねぇんだよ」


 当然そんなことは相手にわかるはずもない。

 ノウスンは単純にサッズが自分をバカにしていると受け取った。


「言っておくが俺は貴族とかというものではないぞ。勝手に決め付けるのはそれこそお前の勝手だけどな」

「へぇ、でもどう見ても農民にも商人にも見えないぜ。人ってのは育った場所で色が付くもんなんだよ。だがてめぇにはその色が見えねぇ。他人に頭を下げた経験がないってことだけはわかるがな」


 サッズのどこか超然とした態度に苛ついたのか、ノウスンは更に突っ込んで噛み付く。

 サッズには彼のその率直なもの言いは新鮮なものであり、そのせいで聞いている内にニヤニヤと笑みを貼り付けた楽しげな様子になっていったので、その様がまたノウスンの気持ちを逆撫でしていた。


「確かに頭を下げたことも下げられたこともないな。俺はいわゆる人間社会には属してないし」

「はぁ?何言ってんだぁ?精霊祭に現れた精霊とでも言うつもりかよ」

「精霊なんか見たこともないな。この辺にそんなのがいるのか?」


 サッズにとっては素直に受け答えているだけの話だが、それはノウスンからしてみれば腹が立つ物言いにしか聞こえない。

 ノウスンの顔は段々と苛立ちで赤く染まっていった。


「もうてめぇは口を開くな!」


 彼の悪い癖だが、ノウスンは苛立つと考える前につい手が出てしまう。

 言うが早いか、ノウスンは目の前のどこか超然とした相手に向かって予備動作無しに踏み込んだ。

 しかし、いくら暴力が先に立つ彼とて、それだけでリーダーを張っている訳ではない。

 ある程度は自分を制することが出来なければ、それは単なる暴れん坊に過ぎず、人を纏めることなど出来ないのだ。

 ノウスンのこなれた一撃は、幾多の経験に裏打ちされた、相手に手酷い怪我を負わせない、いうなれば警告の一撃だ。

 足を踏み出し、その勢いで腰を回し、肩から腕を突き上げるように振り上げる。

 顎に入れば相手は一瞬意識をぶらし、倒れ込むが、怪我自体は大したことはなく終わる。

 少なくともノウスンは、歴戦の経験から瞬時にそう計算して拳を放った。だが、


「な!」


 ノウスンは我が目を疑った。

 相手から視線を外したことは一瞬たりとも無いはずだった。

 だが、現実として彼の拳を受けるはずの相手は、その拳が届く時にはもうそこにいなかったのである。


「悪ぃ、本当は受けてやりたいんだが、戦ったら怒られるんでな、勘弁してくれよ」


 背後から聞こえた声に、ノウスンは肝を冷やす。

 そこには気配すら無かった。移動する時間などなかったはずなのだ。それは到底信じられるような動きではなかった。


「て、めぇ」

「うん、すまない。つい付き合ってしまったけど、よく考えたら不味かったんだった。まぁ怒るなとは言わんけど、出来れば忘れてくれ」


 サッズは含みのない笑顔を見せると、覚えたばかりの挨拶として手を上げて兵士の簡易礼をしてみせる。

 サッズに他意などあるはずも無いのだが、それはノウスンからしてみればほぼ挑発と同じ行為だった。

 憤るノウスンを残し、サッズは足早にそこを立ち去る。


「不味い不味い」


 と繰り返しながら通りに戻ってのんびり歩き出したサッズには、残った少年の顔に浮かんだ怒りと、そしていくばくかの畏れを知る由はなかった。

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