第79話一夜明けて

 戦いは終わった。


 俺たちの最大の目的、2―Aの救出は成功した。


 ミッションシップを包んだ分厚い魔力障壁を除去するために、俺はもう一度多次元接続を行わなければならなかった。

 車内には全員そろっていた。

 強力な魔力障壁を作るのに力を使い果たしていたものの、怪我人もいない。

 ミッションシップのほうは、内部機構がいかれていて動かなかった。

 俺たちの乗ってきたミッションシップもガラクタと化していたが、すぐに3―Bのミッションシップがやってきて、それに乗って帰ることになった。

 3―Bがもう少し早く来てくれれば、誰も死なずに済んだかもしれない。

 しかし、進級の儀式はいつか発生したことだろう。

 新たに3―Bとなった俺とイクサは、厳かな静けさをもって迎え入れられた。


 その日はすべてのスケジュールが狂った。

 だが、夜には寮の入り口に、サリーとサレニアのための献花台が設えられていた。

 サリーは顔が広かったため、ほとんどの生徒が悲嘆に暮れた。

 か細い声の悲しみが、学園を包み込む。

 サリーの部下だった2―Aの二人、マリーとメリーは忙しく動いた。

 喪に服すための黒薔薇を集めてきて、みんなに配っていた。

 俺たちは教師も含めて、誰もがその黒薔薇を身につけた。


 3―Cの生徒は、俺とイクサ以外、全員入院。

 一夜あけた明くる日、ネサベルとモーサッドが退学したと聞く。

 気の進まない様子で少し話してくれたところによると、退学者の町で一緒に暮らし、なにか荒っぽい商売を始めるらしい。

 食うだけなら、なにをやっても困らない世界だ。

 好きにすればいい。

 シフォラナとシャルロッテだけが残ることになる。

 どちらかが、新たな3―Cのリーダーとなるだろう。


 2―Aの生徒がほとんど繰り上がって、新たな3―Cを構成した。

 マトイ、アデーレ、ヒサメも3―Cだ。

 それは俺の恐怖、胃痛の種になった。

 このまま授業を受け続けていたら、また誰か死ぬ。


 俺とイクサはそろって3―Bの授業を受けることになった。

 3―Bの授業は、いままでの延長線上にある。

 ただ、多次元接続の使い方についての講義が始まった。

 いまの3―Bは全員がドリフティングウェポンを持っていた。

 講義室の後ろにはテーブルと椅子が用意されている。

 授業のあいだ、ソードリングたちが集まっておしゃべりするためのスペースだった。

 授業は粛々と進み、昼休みになると校内放送が告げた。

 特別にサリーとサレニアの葬儀を行うらしい。

 学園としての弔いは献花台だけだったが、マリーとメリーの二人が中心となって企画したもののようだった。

 放課後から真夜中まで、カフェテリアを貸しきっての偲ぶ会を開くという。

 俺だって出席するつもりだったが、その前にやらなきゃならないことがある。

 トークタグを起動して「葬儀に出る前に、必ず部室へ集まること」と、みんなに念を押しておいた。


 そして放課後。

 俺とイクサ、ペルチオーネとリキハの四人で部室へ向かう。

 部室へつくと、沈んだ面持ちのメンツが集まっていた。

 マトイ、アデーレ、ヒサメ。

 それに教師のナムリッドと、退院したばかりのシャルロッテ。

 シャルロッテの首の傷は、以前よりも綺麗に治っていた。

 ただし、銀の鎖はまだ縫いつけられている。


 俺はシャルロッテに話しかけた。

「シャルロッテ、首の傷は消えてるじゃないか。鎖、いらないみたいだけど……?」

 シャルロッテは毅然として答えた。

「この鎖を気に入っております。長から頂いたものですし。ザッカラントを倒す日まではこのままでいきます」

「そうか……」

 席につこうとして、お茶が出ていないことに気づく。

 見回せばイリアンがいない。

「イリアンはまだなのか?」

 俺の問にマトイが答えた。

「イリアン、カフェテリアで偲ぶ会の手伝いをするって」

「みんな集まるように言っといたのに!」

 軽い怒りが湧いたものの、考えなおす。

 下のクラスにいるイリアンには、まだ関係ない話かもしれない。

 まず、ここに揃っているメンバーにだけ、重要な話だった。

 俺は気を取り直して口を開いた。

「今日話しておきたいのは、3―Bへの進級についてだ」

 ヒサメが眉を吊りあげる。

「その話はぜひとも聞きたい。おめでとうタネツケ」

「それがめでたくもなんともない。確かに俺は強力な力を手に入れて進級した。だけどな、そうするのに必要なものは、クラスメイトの命だった……」

 一堂が息を飲む。

 教師のナムリッドが聞いてきた。

「どういうこと? 詳しく教えて」

 俺はまず疑問を口にした。

「ナムリッド、教師なのに知らないのか?」

「わたし、一、二年のことを覚えるのに手一杯で。当面関係ない三年のことはなにも知らないのよ」

「そうか、じゃ教えよう。サリーは死んで、この世界から飛び去った。その先で生きているのかは知らない。心臓がなくなっていたからな。だが、この世界から去っていくさいに、俺の『限界』を一緒に持っていってくれた。それが『三年の義務』だからと。そのあと、俺は新しい力を手に入れた。つまり、進級するだけの力を手に入れるのには、誰かの命が必要なんだ!」

 静けさのなかで、俺はつけ加えた。

「全員そろってこの学園を卒業することは、たぶん不可能だ。だからといって退学しては、この世界から去る方法がますますわからなくなる……」

 鎧を着ていなかったアデーレがおずおずと口を開く。

「そ、そういえば、すいません、わたしの記憶違いじゃなければ……、あのときもそうでしたよね、ボンゼン・ブードーが攻めてきたとき……」

 ヒサメが重々しく言った。

「覚えている。3―Cの生徒が二人死んで、別の二人が進級した」

 マトイが口に手を当てた。

「ヤダ! それって完璧じゃないっ! 誰か死なないと進級できないって!」

 俺も相槌を打った。

「そういうことだ。ここにいちゃいけない。いくら力がつくといっても」

 それから青い顔をしているナムリッドへ聞いた。

「マイアズマ・リアクターについての調べ物はどうなってる?」

「ごめんなさい、それが全貌をつかんでないから、まだなんともいえないわ」

「そうか。それでもいい。そっちは中止だ。次元間移動についての知識を優先して調べてくれ。いまなら多次元接続の使い手が二人もいるんだ! これをパワーソースにして、なにか方法があるかもしれない!」

「わたし、なにを調べればいいの?」

「三年で教えるべき知識だと思う。多次元接続の使いかたかもしれない。俺にもはっきり言えないけど」

 ナムリッドはため息をついた。

「やっとどの資料をあたるべきか目星がついてきたところだったのに。でも、命がかかってるんじゃしょうがないわね……」

「そういうことだ」

 そこへシャルロッテが口をはさんできた。

「すみませんが、お聞かせください。次元接続の使い手二人という前提でしたが、イクサさんはすでに同意されてるのですか? わたくしたちの世界へ同行することに」

 俺はすっかり忘れていた。

 慌てて隣にいたイクサを振り返る。

「イクサ、勝手に話進めてごめん。おまえだけ置いていく考えがなかったんだ。どうだ? 手を貸してくれるか? すぐに答えなくてもいいけど」

 イクサは伏し目がちにぼそりと言った。

「いいさー、別に。自分の世界なんて別に帰りたくなかったから」

「そうか、よかった。一緒に行こう」

 ここより不便になるし、向こうでも激しい戦いが待っているかもしれない。

 俺はそう続けようとして、なんとか言葉を飲んだ。

 元いたアルコータスの世界ではザッカラントが暴れているらしい。

 それは、まだみんなに秘密にしていた。

 戻る方法ができるまでは、言ってもしかたないことだった。

 特に、みんなには家族もいる。

 ここで気を取られて死んだりしたら取り返しがつかない。


 ここまでくると、今日話しておくべきこともなくなった。

「いま話し合えるのはここまでだ。あとはみんなでサリーとサレニアの死を悼もう」

 みんな頭が混乱しているだろう。

 考えるべきことがシリアスになってきた。

 言葉少なに席を立ち、カフェテリアに向かう。

 俺だけ途中で道を逸れて、車両棟へ向かった。

 車両棟も閑散としている。

 二台のミッションシップがおしゃかになって修理する必要もないのだから、整備員も葬儀に出ていることだろう。

 俺はアルバ部で買ったバイクのところへ行った。

 ボルトを抜いて、バイクからリヤカーを外す。

 背後でペルチオーネがつまらなそうに言った。

「みんなおいしーもの食べてるんでしょ? あたちたちもそっちいこ?」

「しばらくひとりで考えたいんだ」

「ひゃんっ!?」

 刃を少し引き抜くと、ソードリングは消えた。

 俺は腰からペルチオーネを外して、それをリヤカーに載せる。

 置いていくつもりだった。

 ただの武器じゃないから、盗まれることもないだろう。

 それから動力供給源となるリングを手首につけて、バイクに乗る。

 バイクはマナ・ファクツの力で走り始めた。

 開け放たれた校門を走り抜ける。

 俺はこのままひとけのない場所で、ゆっくり明日からの行動を考えるつもりだった。

 舗装路を走り、街をまだ抜けないうちにトークタグが鳴った。

 マトイからだった。

「タネツケ、いまどこ? マリーとメリーが探してるよ。サリーの最期の様子をみんなに話してもらいたいって」

 くそっ!

 いままでなんの話もなかったから失念していたけど、確かにそういう流れになるだろう。

 俺は気乗りしなかったが断るわけにもいかない。

「わかった。暗くなることにはそっちへ行く。それまでしばらく一人にしておいてくれ」

「そっか……。わかった、そう伝えておくから……」

 通話は切れた。


 俺はバイクの出力をあげ、退学者の街を走り抜けた。

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