第59話再封印

 燃えるようなオーラをまとったデーモンメイルが剣を繰り出してくる。

 俺は魔法の透明な円盾を出して、剣戟を防いだ。


 デーモンメイルの武器は普通の剣だったから、いまのところなんとか対応できている。

 だが、その動きは徐々に鋭さと大胆さを増してきていた。

 太刀筋には見覚えがある。

 おそらく、依り代としているアデーレの技を吸収してきているに違いない。

 アデーレは手練の戦士、俺のほうはてんで素人。

 このままだと剣技で上をいかれるのは時間の問題だった。

 早く手を考えなければならない。


 ヒサメとマトイが援護射撃をしてくれていた。

 デーモンメイルには普通の武器では歯が立たない。

 それは逆にいうとアデーレを傷つける可能性が低かったから、二人とも遠慮なく命中させていた。

 デーモンメイルのほうは二人の射撃を相手にしていなかった。

 それでも命中すれば、衝撃で身体の動きがブレる。

 そのさいにできる隙は、俺が考えをまとめるための助けになった。

 この強力なデーモンメイルには魔法があまり効かないようだった。

 倒すには、ペルチオーネで何度も斬りつけ、力を吸い取り、ズタズタにしなければならないだろう。

 ならば、その頑強さを逆手に取るッ!

 アデーレを助けるためにッ!


 俺は剣を受け流しながら、ペルチオーネに聞いた。

「ペルチオーネ、コイツはどうやって外の世界を知覚しているんだ」

『えっ?』

「目はどこだッ!?」

『知覚器官はだいたい頭部周辺に集中してるわ』

「よし、攻勢に転じるぞ! フルブーストッ!」

 俺の関節のほとんどに赤い輪が出現し、きらめきながら回転する。

 赤い輪は金色の靄を吸収し、世界から俺の身体へ間断なくブルート・ファクツを供給した。

 魔法を連射する体勢が整った。

 続いてペルチオーネに命じる。

「対物質粒子、展開!」

『キタキター! やる気になったのね、マスター!』

 魔剣の刀身から光の刃が伸びる。

 俺は大きく後ろへ飛び退った。

 デーモンメイルは躊躇なく突進してきて、剣を振り下ろす。

 俺はその剣をペルチオーネで振り払った。

 ただの鋼鉄であるデーモンメイルの剣は簡単に切断できた。

 柄だけになった剣の残骸を握りしめ、デーモンメイルが硬直する。


 俺はその隙を逃さなかった。

「剣・ビィィィムッ!!!」

 ペルチオーネで増幅された光の奔流が、デーモンメイルの頭部を襲う。

 ビームが発生した瞬間には、次の魔法を準備していた。

「デクリーザーッ!」

 俺の身体は重力のくびきを断ち切って跳ぶ。

 洞窟の屋根に接触するギリギリを縫うように、デーモンメイルの上を飛び越えていく。

 試みを悟ったらしく、マトイとヒサメも、デーモンメイルの頭部に射撃を集中してくれた。

 剣・ビームによる目潰しと射撃よって、屈強なデーモンメイルも瞬間的に無力となった。


 そのガラ空きの背中はッ!!!


 いまや、俺の目の前だッ!!!


 首の後ろに、確かに目立つ、禍々しい文様があった。


 時間は刹那、アデーレの身体に達するほど深く突いてはいけない。


「うぉおおおッ!!!」

 俺は機械になったつもりで神経を研ぎ澄まし、ペルチオーネを両手でしっかりと支えて、文様を突き刺した。

 ぶすりと。浅く。

「吸え、ペルチオーネッ!」

『おいしーっ!』

 ペルチオーネは喜んで好物のデーモンエナジーを吸った。

 それができたのは一秒にも満たない時間だった。

 しかし、効果は大きかった。

 デーモンメイルはこちらを振り向きざまに、ペルチオーネを振り払う。

 そのときにはもう、膝が崩れていた。

 体勢を立て直すこともできずに、膝をついたかと思うと、赤い装甲に包まれた身体を痙攣させて倒れこむ。

 デーモンメイルは岩屋の床で、ガタガタと無力に揺れた。


 俺はフルブーストを解き、ペルチオーネを鞘に納めて跪いた。

 震えるデーモンメイルの肩をつかんで言う。

「アデーレ、いましかない! 自分を取り戻せ!」

 マトイとヒサメも寄ってきて声援を送る。

「アデーレ、しっかりして!」

「おまえの根性見せてやれ、アデーレ!」

 最後にイリアンがデーモンメイルの頭の横へ跪いて言った。

「わたくしはあなたの強さを知っています、アデーレ!」

「ぐ、くくっ」と、兜のなかからアデーレのうめきが漏れた。

 意識を取り戻したらしい。

 だが、身体の支配権をかけた戦いは続いているようだった。

 デーモンメイルは震えながら身体を起こした。

 アデーレの叫びが響く。

「うぉおおおおおおおッ!」

 デーモンメイルのなかのアデーレは、右手を後ろへ回し、文様のあるあたりをつかんだ。

「おまえはわたしのものだぁぁぁっ!!!」

 アデーレの声へ抗うように、紅蓮のオーラが燃えさかる。

 続いてデーモンメイルの身体から、バチバチと放電が始まった。

 俺たちは一歩退いて、声援を送る。

「アデーレ、おまえならできる! 頑張れ!」

 アデーレはもう一度叫んだ。

「おまえはわたしのものだぁーっ!!!」

 デーモンメイルの身体から不吉なうなり声があがる。

 赤く輝く装甲に、数えきれないほどの切れ目が走った。

 かと思うと、まるでリボンが巻き取られるように、装甲がアデーレの右手のなかへ消えていく。


 デーモンメイルは消えた。


 あとには制服姿で跪くアデーレの姿が残った。


 その右手には禍々しい文様の刻まれた、メダルのようなものが握られている。

 アデーレははぁはぁと肩で息をし、あごから汗を滴らせていた。

 俺の顔を見あげ、ふっと微笑む。

 そして崩折れた。

「アデーレ、しっかりしろ!」

 俺は駆け寄ってアデーレを抱き起こした。

 安らかな寝顔で、反応はない。

 少し休ませる必要があるようだった。


 それから俺が担いでアデーレを洞窟から運び出し、木陰に寝かせた。

 リュックを枕にし、川の水で冷やしたタオルを額に置く。

 アデーレの顔を覗き込みながら、マトイが心配そうな声を出す。

「校医のスティーン先生に診てもらいたいね」

 俺はこういうことに一番詳しそうなペルチオーネに聞いてみようと思った。

 ソードリングはお菓子目当てに姿を現している。

「ペルチオーネ、アデーレの様子はどうだ?」

 ペルチオーネはお菓子を選びながら、暢気に答えた。

「大丈夫じゃないのぉ? デーモンメイルを再封印して勝ったんだし」

 俺は肩をすくめた。

「だ、そうだ。しばらく様子を見よう。苦しそうじゃないし。担いで帰る場合に備えて荷物を減らそう。お茶にして食べられるものは全部食べちゃってくれ」

 ヒサメも賛成してくれた。

 隣に座りながら言う。

「タネツケの言う通りにしよう。大丈夫だ、アデーレは強い」

「じゃあ、わたくしがお茶をいれます」

 イリアンがポットを手に取った。

 俺たちはイリアンのいれてくれた紅茶を飲み、持ってきた軽食をとった。

 無言というわけでもないが、言葉少なにアデーレの回復を待つ。

 二十分もしたころ、アデーレが意識を取り戻した。


「アデーレ、大丈夫か?」

 俺たちは口々に調子を尋ねながら、アデーレのまわりに集まる。

 アデーレは身を起こし、珍しく晴れやかな笑顔で言った。

「みなさん、すいません、ご心配をおかけして。も、もう大丈夫です」

 右手につかんだ文様の刻まれた赤いメダルを差し出して続ける。

「このデーモンメイル、わたしのものになりました!」

「さすがだよ、アデーレ」

 俺はアデーレの肩を叩いた。

 アデーレは俺の顔を見ると目を伏せ、頬を赤らめる。

「タ、タネツケくんにはいつも助けてもらってばかりで……、わたし、なんて言ったらいいか……」

「気にするなよ、アデーレ。当然のことじゃないか」


 アデーレは『いつも』なんて言ってたが、俺にはどのことかわからなかった。

 アルバの女性陣を手助けするのは、実際に当然のことになってしまっていて、特に覚えてない。

 俺にとっては自然な行為だった。

 俺にみんなの助けが必要なときも、俺は遠慮しないだろう。

 例えば、ちょうどいまがそのときらしかった。

 目の前にうっすらと闇が降りてくる。

 強烈な睡魔が襲ってきた。

 フルブーストを使った反動だった。

 呂律が回らない。

「気に、気にすら、俺もみんらに……」

 俺は意識を失った。


 ☆☆☆


 目が覚めると暗い部屋のなかで、ベッドの上に裸で寝ていた。

 右から熱い吐息がかかる。

「め、目が覚めましたかタネツケくん……? す、すいません押しかけちゃって……」

 俺の右には裸のアデーレが寝ていて、生の体温を伝えてきていた。

 アデーレは続ける。

「わ、わたしがデーモンメイルを着てタネツケくんを運ばせていただきました……、ま、前と同じですね、これも」

 そんなことよりも……。

 左側にも体温があるッ!!!

 俺は首を回した。

「うおっ!?」

 思わず大声を出してしまう。

 俺の左側には、ウサミミリボンもつけていない、裸のペルチオーネがいた。

 ペルチオーネが妖艶に囁く。

「マスター、あたちも混ぜてー。楽しむんでしょー?」

「なにやってんだ、おまえはっ!?」

 俺は飛び起きた。

 シーツがめくれ、ペルチオーネの身体が露わになる。

 それを見て、俺は逆に安心してしまった。

 ほっそりした少女の裸身ではあったが、あるべきところにあるものがない。

 俺は落ち着きを取り戻して言った。

「楽しむって、おまえ、胸もアソコもツルツルじゃないか」

「だってソードリングだもん」

 ペルチオーネは舌なめずりをして続けた。

「でもお口は使えるよ?」

 俺はため息をつきながら、ベッドを抜けだした。


 おお、パンツもはいてないじゃないか、俺。


 アデーレをまたいでベッドをおり、机に向かう。

 机の上には綺麗にたたんだ制服と、魔剣ペルチオーネが置かれていた。

 背後でペルチオーネが言う。

「あたちたち、もっと絆を深めてもいいと思うの」

「なに言ってんだか……」

 俺は魔剣を手に取り、横に構えて振り返る。

「もしかしたらおまえのお口の世話になりたくなる日も来るかもしれないが、そんな絶望的な未来はまだずっと先だ」

 言いながら、わずかに剣を引き抜く。

「ひゃんっ」と叫んでソードリングは消えた。

 剣を机に置き、裸のアデーレへ向き直る。

「邪魔者は消えた。準備はいいか、アデーレ?」

 アデーレはもじもじと恥ずかしそうに答えた。

「あ、はい、いつでもいいです、ちょ、ちょっとだけ自分で準備してました……」

「いい心がけだ、相変わらず……」


 という、夜を過ごした。

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