第48話いきさつ

「なにを頼んでもすぐ出てくるな。普通に作ってるわけじゃなさそうだ」


 俺は二杯目のカツ丼を持って席に戻った。

 これは自分用だ。

 最初のはペルチオーネに取られてしまった。

 ペルチオーネは左隣に座り、俺から奪ったカツ丼を頬張っている。


 カツ丼だけじゃない。

 パンケーキ、パフェ、タコス、ピラフ、チーズケーキにクリームソーダ。

 ペルチオーネが目に入ったものすべてを欲しがるものだから、それだけそろってしまった。

 もちろん、すべて俺が買ってきた。

 俺のクレジット残高は、あっという間にマイナス六千だ。


 自分もカツ丼用のフォークを持ち上げながら、話しかけてみる。

「いままでどうしてたんだ、ペルチオーネ?」

 ペルチオーネがこちらに顔を向けた。

 もぐもぐと咀嚼しながら見つめてくる。

 非生物的に青く輝く瞳は、もの言いたげだ。

 俺は待った。

 ペルチオーネが口の中のものを飲み込んだ。

 すると、また前を向いてカツ丼を口の中へ入れ始める。

 なにも語られない。

「……、なんか言えよ」

 ペルチオーネは聞く耳持たずで食べ続ける。


 代わりというわけでもないだろうが、イリアンが口を開いた。

「聞いてください。週の半分以上が体育なんですよ? まるで新兵訓練です」

 パフェ用のスプーンを持ち上げて、マトイが返す。

「アタシは体育なんて週に二回しかなかったよ」

 ヒサメが続く。

「体育は少ないが、初等魔法が多かったな。授業を受けてれば、本当にわたしでも魔法が使えるようになるのか? もちろん、ブルート・ファクツが、という意味だが。マナ・ファクツの使い方じゃないだろうな」

「マナ・ファクツなら子供でも使えるし、タネツケもすぐ使えたしねー。ここで教えるようなことじゃないと思うけど」

 そう相槌を打つマトイへ口を挟む。

「ちょっとまてよ、俺はブルート・ファクツだって使えるんだぜ? 子供と一緒にするなよ」


 どうも時間割の話をしているようだが、みんなどこでそれを知ったのだろう?

 それを聞こうと思ったが、マトイがシャルロッテに話しかけた。

「三年の授業はどんな感じ?」

 紅茶の入ったティーカップを置いて、シャルロッテが答える。

「わたくしの場合、体育はありませんでした。初等魔法のかわりに高等魔法があります」

 俺は自分の教科書の内容を思い出して驚いた。

 確か、俺の場合は初等魔法だった。

「俺は初等魔法だったよ。同じ三年なのに!」

 ヒサメが言った。

「おまえは超人的な能力でブルート・ファクツが使えるようだが、基礎は知らんのだろう? そのせいじゃないか」

 俺は眉を顰めた。

「なるほど。人によって授業が違うのか……? というか、みんなどこで時間割を知ったんだよ、俺はまだなにも聞いてない」

 マトイが呆れたような声を出す。

「自分の身の回りくらい、しっかりチェックしときなさいよ。机の横にマス目の入ったホワイトボードみたいのあったでしょ。あれに触ると時間割が表示されるから」


 そういえば、そんなものがあったな。


 俺は正直に言った。

「部屋のインテリアかと思って気にしてなかった」

「注意力不足だな。死ぬぞ」

 ヒサメは辛辣に言って、パンケーキを一切れ口に入れた。

 アデーレが下を向いて、ぼそぼそ言った。

「す、すいません、わたしもいま初めて知りました。時間割の出し方。ごめんなさい、恥ずかしい……」

 クリームソーダをぐるぐるかき回しながら続ける。

「よ、鎧がないと、どうにも調子が悪くて。鎧、売ってないでしょうか……?」

 マトイが言った。

「購買棟行ってきたけど、武器ばっかり。少なくとも鎧みたいな大きいものはなかったよ」

「そ、そんなぁ……」

 困った顔をするアデーレに、俺も言った。

「どのみち学園内じゃ制服で過ごさなきゃならないだろ。それにアルコータスの鎧より、その制服のほうが防御性能いいんじゃないか? 俺の制服と同等なら、間違いなく鎧より優れてる。鎧なしの状態に慣れるしかないな。勇気を出して」

 アデーレは上目づかいで俺を見つめてきた。

「ゆ、勇気、わけてもらえますか……?」


 なにかを求める潤んだ眼差し。

 むむ。

 かわいい。

 アデーレは気弱モードのとき、地味に俺ポイントを稼いでくる。


 そこへヒサメが割って入ってきた。

「そういえば、タネツケ」

「ん?」

「ここには生理用品が売ってないんだ」

「なんで俺にそんなこと言うんだよ。俺だって持ってないよ、生理用品なんか」

 ヒサメは構わず続けた。

「なぜ生理用品が売ってないかというと、必要がないからだそうだ。つまり、止まるらしい。この世界では」

「なにぃ!」


 それはッ!


 つまりッ!!


 うすうすハイパーもいらないということかッッッ!!!


 マトイが横から乗ってきた。

「でもいま止まったら、この世界のせいか、タネツケのせいかわかんないよねー」

 くっそ、生々しいな……。

 俺にはなんとも言えん。

 イリアンが咳払いをして、会話の流れを断ち切った。

「んっん、コホンっ! それはそうと、どこかわたくしたちだけで集まれる場所が欲しいですね。ここでお話するのも楽しいですけれど、他の学生さんの耳に入れたくない話もありますし。タネツケさんのせいか、わたくしたち人目を集めているような気がします」

「それには、わたしに一つアイデアがあるんだ」と、ヒサメが切り出した。

「部活か同好会を作ってしまってはどうだろう。そうすれば部室にわたしたちだけで集まれる。問題はどんな部にするかだ。既存のものと被ってしまっては認められないだろう」

 マトイがさも当然のような口調で言う。

「アタシたちの部活なら、もちろん『アルバ部』よ!」

 今度は俺が呆れた声を出してやった。

「なんだよ、アルバ部って。なにするところだかわからないし、実際、なにをするんだ……?」

「それはー、どうしよっか……?」

 マトイが小首を傾げる。

 ヒサメには考えがあったらしい。

「とりあえず、戦技向上のための同好会みたいな形は認められやすいんじゃないだろうか。学園の性質からして。実際になにをするかは部室の確保をしてから考えられないものかな」

 俺も考えを述べてみた。

「でも、そういうのは顧問の先生とか必要なんじゃないか? 俺たち入学したてで信用ゼロだから、曖昧な目的の同好会に賛同してもらえるかな」

 シャルロッテが外のほうに目をやりながら、口を開いた。

「あの方は、もしかしたら力添えしていただけるかもしれませんね」


 俺たちも視線を追う。

 金髪をアップにまとめたナムリッドが、カフェテリアに入ってくるところだった。

 ナムリッドも制服を着ていたが、俺たちのとは違う。

 黒のスーツ。

 教師用の制服だ!

 俺たちが見守るなか、ナムリッドは照れた様子で手を振りながら歩いてきた。

 まだ食事を続けているペルチオーネを目にして言う。

「ペルチオーネも出てきたんだ、無事でよかったわね」

 ペルチオーネは俺にそうしたのと同じように、しばらく咀嚼しながら目を向けたあと、また食事に戻る。


 俺は成り行きに見当をつけながらも、いちおう聞いてみた。

「ナムリッド、そのかっこうはどうしたんだ……?」

 ナムリッドは人差し指を唇に当てて言う。

「しーっ、ナムリッド先生って呼ばないと怒られるわよ。誰かに聞かれたら」

「ということは、やっぱり……」

「うんっ! わたしせんせぇになっちゃったー」

 胸についた白いプレートをぐいっと差し出してくる。

『実習生』と書かれていた。

 ヒサメが口を開く。

「おめでとう、と言えばいいのか……。なにを教えるんだ、ナムリッド……先生は」

「初等魔法!」

「でも、だいじょうぶなの……?」

 マトイが心配そうな声を出す。

 俺はその懸念を具体的に指摘した。

「ここの生徒、俺と同じくらい強いようじゃないか。新参者が教師なんかして、なめられたら大変なことになるんじゃないか?」

 ナムリッドは意外と余裕だ。

「ふっふーん。わたし、このスーツを着てれば、タケツ……いえ、タネツケくんにも勝てちゃうかもー」

 とうとう、ナムリッドからもタネツケ呼ばわりだ。

 それがここでの正式な名前なんだし、しかたないか。

 そのことには触れずに尋ねてみる。

「そんなにすごいのか、そのスーツ?」

 ナムリッドは腕組みし、あごをあげて自慢気に言った。

「スキンタイトシールド装備、フォースブラスト連射可能。それにこれから一週間、錬成気術の特訓があるの。授業を始めるのはそのあと。でももう、このスーツだけでザッカラントくらいには強いわね」

「まじかよ……」


 ナムリッドが空いた席に腰をおろすと、ヒサメが質問した。

「気になっていたんだが、錬成気術っていうのはなんなんだ?」

 ナムリッドが答える。

「どうも、ブルート・ファクツを使うような準備も必要なしで、強力な攻撃力を振るえるような技術らしいの。ただ、魔法ほど汎用性がなくて、それだから魔法も学ばせるみたい」

「そんなことができるのか!」

 ヒサメは感嘆し、マトイとアデーレも目を輝かせた。

「アタシたちがこの世界へ流れ着いたのって、ホント奇跡的よね。必要な力がつけられるもん」

 マトイの言葉に、アデーレは少々悲観的に言った。

「でも、もとの世界に帰れなければあんまり意味がないかもしれません」


 少しのあいだ言葉が途切れたあと、マトイがつぶやいた。

「お父さん、どうしてるかな。アタシたちが死んだと思ってるだろうけど……」

「クラウパー……」

 アデーレは弟の名を呼んだ。

「ロシュー……」

 イリアンは兄の名を呼び、

「トゥリーも……」と、ナムリッドが付け足した。

 とたんに場が湿っぽくなってしまった。


 俺はつとめて明るく、気休めを言った。

「まあ、向こうは向こうで無事なのは確かだからな。どうにか帰るさ、じきに。それより誰か、ナムリッドに頼みごとがあるんじゃなかったか」

 マトイが顔をあげた。

「そう! ナムリッド……先生! 部活の顧問になって!」

「えっ、なんの話?」

 怪訝な顔をするナムリッドに、ヒサメが言った。

「みんなで集まれる部室が欲しいんだ。なんとかならないか?」

 シャルロッテが落ち着いた口調でつけ加える。

「お互いを切磋琢磨し、戦技の向上を図る部活だそうです」

 ナムリッドはあごに手を当てて答える。

「ああ、どうだろう。新米の実習生でも顧問になれるのかな。できるのなら、もちろんノリノリでやるけど。あとで聞いてみるわ」


 俺の隣で、カランと食器が音を立てた。

 ペルチオーネの食事が終わったようだ。

 満足気に腹を撫でながら言う。

「はぁー、食べた食べた。マスター、お水」

「自分で取ってこいよ」

「おなかいっぱいで動けなぁーい」

「なんてヤツだ。おまえ別に食べなくても生きてけるような存在だろ。そんなに食うなよ」

「あたち、あらゆる手段でエネルギーを回復するの。みんなをこの次元に着地させるためにスカスカになっちゃったんだから」

「えっ?」

「無能なみなさんは、もっとあたちに感謝してもいいと思うの。あたちがいなければ、みんな今ごろ、灰色の虚無の岸辺でぼけーっとしてるはずだしー。バラバラにならないように、無能なみなさんをしっかり保持してさー、やっとかすめ通ることができたまともな世界のここに、フックをひっかけて一生懸命たぐりよせてー。ぜんぶ、あたちが一人でやったのよー」


 一瞬の沈黙のあと、みんながペルチオーネに群がった。

「ペルチオーネ、大好き!」

「えらいぞ、ペルチオーネ!」

「ああああ、ペルチオーネさま、もったいないぃぃぃ」

「グスッ、わたくし、あなたのことを誤解してましたぁ」

「感謝いたします、ペルチオーネ。わたくしなど知り合って間もないのに……」

「タネツケくん、水! 早く!」

 みんなペルチオーネを抱きしめたり、頭を撫でたり、拝んだり涙ぐんだり。

 当のペルチオーネは迷惑そうだった。

 両手を振り回して叫ぶ。

「いやーっ! 触らないでー! あんたたちバクテリアだらけじゃなーい! もういいから! もういいから!」


 俺たちがこの世界にたどり着いたのは、偶然の幸運じゃなかった。

 ドリフティング・ウェポンがどこまでの力を持っているか計り知れない。

 だけど、簡単な仕事じゃなかったはずだ。

 ここについてから、ペルチオーネが活動を休止していたことから、それが明らかだ。

 つくづく大したヤツだ。

 コイツに気に入られた幸運にも感謝しなければ。

 ちょっとやそっとのわがままに逆らえないのは、偉大な力を感じ、本能的に畏れてしまっているのかもしれない。

 建前では、俺のほうが主人ということになっているが。

 まあ、細かいことはいいか。

 水くらいいくらでも汲んできてやるさ。

 コイツは俺のみならず、仲間まで救ってくれた。


 みなに劣らず感謝の念を抱きながら、マスターである俺は、しもべであるペルチオーネのための水を取りに席を立った。

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