第46話寮へ

「じゃあキミたち、わたしについてきて」

 ボルトクリッパーを肩に担ぎあげながら、サリーが言った。

「わかった」

「はい」

 俺とシャルロッテは返事をして立ちあがり、大きな白いバッグを手に取った。


 三年に振り分けられた生徒はもう一人いる。

 足に鉄球をつけている、ボロ雑巾のような姿のイクサだ。

 俺はそちらの様子を窺った。

 イクサは鉄球を胸に抱え、よろよろと覚束ない足取りで歩いてくる。

 自分に配られたバッグは置きっぱなしだ。

 その有り様を見て、サリーが深い溜息をついた。

 続いて下級生二人に指示する。

「イクサさんを両脇から担いで運んで。バッグも持ってきてあげて」

「えー」

「やだぁー」

 剣をつけている女の子と、サブマシンガンを肩に担いだ女の子は、それぞれに拒否した。

 サリーは目を覆っているバイザーに片手を当てて恫喝する。

「いいから! 言うこときけないなら、ショックウェーブをおみまいするわよ! 替えのパンツが必要になるかもね?」

 剣の女の子はどういう目に遭うか知っているらしい。

 サッと顔色を青くして、イクサの元へ向かう。

 サブマシンガンの女の子は、相棒の変貌に驚いた様子で、不安げな表情を浮かべながら後に続く。

 剣の女の子がバッグを持ち、イクサの右腕を取りながら怒鳴る。

「もう! 先輩、しっかりしてくださいよ!」

 サブマシンガンの女の子は左腕を取った。

「うわ、くさっ、きたなっ!」

 小柄なイクサは完全に持ちあげられて宙に浮いた。

 それでも鉄球を手放さず、無言、無表情だ。

 口に学生証をくわえているから、喋れないというのもあるだろう。

「ああ、早く下ろしたい!」などとぶつくさ言いながら、二人組は先に立ってイクサを部屋から運び出した。

 サリーは涼し気な顔で歩き出す。

「じゃ、わたしたちも行くから」


 イリアンやマトイたちはもう出ていってしまっていた。

 俺はまだ残っているナムリッドへ片手をあげて別れを述べた。

「じゃあな、ナムリッド。またあとで」

「行っちゃうの? この薄情者!」

「そういう問題じゃないだろ?」

 むくれるナムリッドに構わず、シャルロッテの後ろへ続く。

 俺たちは部屋を出ると昇降口に戻る。

 サリーは昇降口で立ち止まり、顔を向けてきた。

「武器ロッカー使う?」

「武器ロッカー?」

 聞き返す俺に、サリーは身振りで示す。

「昇降口に並んでいるのは武器ロッカーよ。空いている場所を学生証に登録すれば、自分専用にできるわ。銃器なら必要のないときには、必ず収納しておくこと」

 俺はペルチオーネの柄に触れながら聞いた。

「剣もしまっておかなきゃだめか? こいつはただの剣じゃなくて、持って歩いてるだけでも便利なところがあるんだけど……」

「そう、剣みたいな携行性に優れた武器なら持って歩いても問題ないわ。自分がよければ。暴発もしないしね。じゃ、いいわね?」

 そう言うと、サリーは入ってきたときとは反対の方向へ向かう。

 行く先には、すりガラスのドアがあった。

 担がれたイクサたち三人組がドアを開けて出ていくのに続いて、俺たちも外へ出た。


 イクサの垢の臭いに、花と緑の香りが混ざる。

 ドアを抜けた先には、見事な庭園が広がっていた。

 幾何学的に配置された草木のあいだに、色彩豊かな花々が咲いている。

 シャルロッテがつぶやく。

「素敵な庭園ですね。お手入れも大変でしょう」

 サリーが応える。

「いつもなにかしらの花が咲いてるわ。いまの時期はバラね」

 目の前にはバラの絡んだアーチがあり、瀟洒なマンションふうの建物に続いていた。

 サリーが歩き出しながら、指をさす。

「これが一年生の寮。一番大きいわ。二年生は奥。三年生の寮はさらに奥。その分、庭園を長く楽しめるの」


 俺たちは手入れの行き届いた草木のあいだを進む。

 レンガ色の敷石でできた道だった。

 一年生の寮より一回り小さくなった二年生の寮を過ぎると、俺たちの寮が目に入った。

 建物はさらに小さくなったが、かわりに威厳と美しさがあった。

 白い壁面のところどころに彫刻が施されている。

 出入口の前にも列柱があった。

 しかし、その先は現代的なガラスドアだ。


 先行する三人がドアに達すると、サリーが声をかける。

「まずお風呂へ連れて行って! そこであなたたち二人は帰っていいから」

「はいー」

「ひーん」

 下級生たちが返事をしながら、イクサを中へ運び込む。

 数歩遅れて俺たちもドアを抜けた。


 すご……。


 俺は息をのんだ。

 外から垣間見えていたものの、中へ入るとその空間に圧倒される。

 まるで一流ホテルのロビーだ。

 天井は高く、巨大なシャンデリアが吊るされていた。

 凝った模様の絨毯が敷かれ、アンティークのテーブルと椅子、ソファがゆったりと配置されている。

 正面に両開きの扉が大きく開かれていた。

 中は白を基調とした部屋だ。

 サリーはそこへ向かってまっすぐ進む。

 このロビーを見物する暇もなく、俺たちも続いた。


 白い部屋の中は広く、長いテーブルと椅子が並べてあった。

 白いテーブルクロスがかかり、椅子も白だ。

 奥の方には、受け渡しカウンターのような場所がある。

 入って、まっすぐのところに、もう一つ両開きの扉が開け放たれていた。

 部屋を突っ切り、そっちへ向かいながら、サリーが説明してくれる。

「見ての通り、ここは食事をする場所よ。五十席あるけど、わたしが三年生になってから、すべての席が埋まったことはないわ」

 前を見ると、先に食堂を出たイクサたち三人組は、左右に分かれた廊下を左へ行く。

 俺たちも幅広い廊下に出たところで、サリーが立ち止まって振り返る。

 イクサたちが向かっていった先を指して言う。

「向こう側はキミ、立ち入り禁止だから」

 俺は驚いて聞いた。

「寮で立入禁止? いったいなにがあるんだ……?」

「トイレとお風呂、ランドリーよ。キミが行く必要もないの」

「そうなのか?」

 男子が入ることは稀だというが、ないことでもないらしいし、男子用の設備もあるんだろうか。


「居室はこっちよ」

 サリーはトイレ・風呂エリアとは反対方向へ俺たちを導いた。

 すぐ横に上へ続く階段があった。

 階段より向こうにはまっすぐな廊下と、ドアの列が続く。

 俺たちは階段を素通りして進む。

 最初にたどりついたドアは異様だった。

 ドアの取っ手に鎖が巻かれ、南京錠がかけられている。

 まるでなにかを封印してあるみたいだ。

 ちょっと気持ち悪いので尋ねてみる。

「なんだよ、その部屋。この世界でも怪談みたいな話があるのか」

 サリーは鎖のドアの前で立ち止まり、ボルトクリッパーを下ろす。

「ここがキミの部屋。長いこと使ってなかったから、南京錠の鍵を失くしたって、先生が言ってた」

「ええっ?!」

 だから鎖を外すためにボルトクリッパーなんかが必要だったのか……。

 サリーはボルトクリッパーで、南京錠の切断にとりかかる。

 その後ろでシャルロッテがクスリと笑った。

「この方のお名前は伊達じゃないようですから、普段からこれぐらいしないと学生のみなさんが危険ですよ」

 シャルロッテが冗談を言うのは初めてかもしれない。

 サリーは鎖を外しながら言った。

「わたしも本心からいえば、消灯時間には鎖を巻きつけに来たいんだけど……」

 俺は自己弁護をしておかなければなるまい。

「人を異常性欲者みたいに言うなよ」

 実際にはほとんど異常性欲者だったけど。

 しかし求められた場合に限る。


 鎖が完全に外れた。

 ドアを開きながら、サリーがくちびるを尖らせる。

「とにかく、用もないのにフラフラしたりしないで。部屋の中に閉じこもってて」

 ひどい言われようだと思いつつ、開かれたドアを通って中に入る。

 窓はないが、照明がついていて明るかった。

 十畳ほどの広さか。

 学習机にダブルサイズのベッド、クローゼット、姿見。

 こざっぱりした部屋だった。

 横の壁にドアがもう一つある。


 俺は率直な印象を述べた。

「思ってたよりずっと広いな。いい部屋じゃないか」

 入り口の横でサリーが言った。

「どの寮にも男子用の部屋は一室しかないって話だから。男子がさらに増えたとしても、全員ここに詰め込むわ」

「そ、そうなんだ……」

「ドアの向こうにトイレとシャワー、洗濯機があるはずよ。掃除する必要があるかもね」

 俺はバッグを置いて、ドアを開けてみた。

 ほっとしたことに、清潔なユニットバスがあった。

「綺麗だよ。ピカピカだ」

「そう、よかったね」

 サリーはそう応えたあと、腕組みして続けた。

「なんでドアが封印されていたかわかる? この部屋だけ内側から鍵がかかるようになってるの。他の部屋は全部、鍵なし。この意味がわかる?」

「どういうことだ?」

「部屋にいるときは鍵をかけて誰も入れるなってことよ!」

「よ、夜這い防止措置か……」

 サリーは「うっ」っと呻いて鼻を押さえる。

 数秒動きを止めたあと、立ち直った。

 いくぶん鼻声になりながら言う。

「キミは圧倒的少数派なんだから、変な妄想してないでいうこと聞いてればいいのよ! 制服に着替えたら今日は自由だけど、夕食までひきこもってて!」

 それだけ言い放ち、「じゃ、次!」と出ていってしまった。


 一人になって、あらためて部屋を見回す。

 この部屋も悪くないが……。

 前にいたアルコータスの部屋も、やっと日用品がそろったところだったというのに。

 すっかり流浪の身になってしまった。

 命があるだけ幸運だったともいえるけど。

 俺は溜息をつきかけてハッとする。

 それどころじゃない!

 制服!

 デザインが気になる!

 ベッドの上にバッグを置き、ファスナーを開ける。

 変な属性に目覚めたりしたらどうしよう、などとドキドキしながら中身を引っ張りだす。

 ほっとした。

 女子とは違う制服だ。

 白一色の詰め襟学ランだった。

 他にはYシャツ、白い靴下、ブーツ、ナイフ。

 ……木綿の白ブリーフ、三枚……。

 俺は今はいてるズボンから学生証を取り出した。

 上から所属クラス、名前、いつの間にか現れた顔写真、身長、体重、そして一番下に『残高〇クレジット』の表記があった。

 ああ、早く金を稼いでパンツだけでも買わなければ!

 どんな目に遭うかわからないが、戦闘が待ち遠しい。

 俺は今度こそ溜息をつきながら、着替えるためにエプロンを外しにかかった。


 ☆☆☆


 白い詰め襟に着替えて、姿見に映してみる。

 まるで海軍人みたいで、かっこいい。

 サイズもぴったりだ。

 ズボンのすそをブーツの中に入れるか、外に出すかで少し迷ったが、中に入れることにした。

 入っていた手引書に従い、ナイフはベルトを通して、腰の後ろにつける。

 女子も同じだろうか。

 サリーはつけてなかったみたいだけど。


 手引書には、制服の性能についても書かれていた。

 通常の銃弾や斬撃を防ぐ、とある。

 また傷ついた場合には、自動修復機能があるそうだ。

 さらに、襟のボタンを押せば自動クリーニングがかかるらしい。

 魔法の物品にも慣れたつもりでいたが、ここまで高機能とは恐れ入る。


 最後にペルチオーネを腰につけていると、首から下げたトークタグがピッと音を立てた。

 いちおう身につけていたんだが、この世界でも機能するらしい。

 マトイの声が聞える。

「タネツケ、二時間後にカフェテリアに集合。アタシたち、それまでちょっと学校の中見まわってくるから。シャルロッテのトークタグ、まだ同期してないから、一緒に連れてきて」

「わかった」

「じゃ、あとで」

 通話が切れる。


 俺も見物して回ろうかと考えたが、そうもいかないと思い当たる。

 この学園、いやこの世界にいる男は俺一人だけらしい。

 かなり目立つ。

 俺の存在はすぐ広まるだろうが、今日は初日だ。

 下手に歩きまわると騒ぎになるかもしれない。

 俺はトークタグを起動した。

「マトイへ。マトイ、俺のことを迎えに来てくれないか。一人じゃ歩き回れないよ」

 マトイの返事が聞える。

「えー、もう寮から遠いもーん。またあとで。シャルロッテとおしゃべりしてなさいよ」

「つれないな」

「じゃーねー」

 通話は終わった。


 仕方ない、とりあえずシャルロッテに事情を話しておこう。

 ……ん?

 そういえば、シャルロッテの部屋はどこだ……?

 まだ知らないぞ。


 甘く誘惑的でいて、背徳的なある考えが頭をよぎる。

 サリーの話によれば、全室鍵はかかってない。

 それにみんな授業で出払っている。

 ドアをひとつひとつ開けていけば、シャルロッテはみつかるはずだ。

 ゴクリとつばを飲み込む。

 顔も知らない女の子の部屋を覗いてまわるのは、このさいしかたないことなのだッ!


 しかたないやんか、しかたないやんか!


 俺は意を決してドアを開け、首だけ出す。

 周囲に人の気配がないことを確かめた。

 ゆっくりと廊下に出る。

 なぜか忍び足になっていた。

 慎重に歩を進め、まず隣のドアについた。

 心臓が高鳴る中、静かにドアの取っ手を引いていく。

 中を覗いた。

 俺の部屋よりずっと狭いが、窓があり、陽光が差し込んで明るい。

 残念だ。

 いや、幸運だった。

 もう見つかってしまった。

 まだ昼間だというのに、シングルベッドの上でシャルロッテが寝ていた。

 もうすでに生首姿さえ見ていることだし、俺は躊躇なく部屋へ入っていった。


「シャルロッテ、悪いけど……」

 声をかけながらベッドの脇まで行く。

「シャルロッテ……」

 肩を揺すろうと手を伸ばしたとき、紅い瞳がぱちりと開く。

 シャルロッテは即座に身を起こす。

 シーツの下はすでに制服に着替えていた。

 シャルロッテは美人だが、やはりシックな色調のほうが似合う。

 ショートボレロと、そのパステルカラーはいくぶんか浮いていた。

「ふぁああー」と、今まで見たこともない気の抜けたあくびをして涙を流す。

 その様子に意外性をつかれ、急に恥ずかしいような気がしてくる。

 俺はシャルロッテのプライベートな空間に踏み込んでいるのを意識した。

 どもりながら話しかける。

「シャ、シャルロッテ、寝てたとこ悪いんだけど、二時間後にカフェテリアでみんなが集まるそうなんだ。もちろん行くよな?」

 シャルロッテは完全に油断した寝ぼけまなこで答える。

「ひゃい、いきます。それまでねかせてくだひゃい。わたくしもよるのいちぞくのはしくれでふから、ひるまはよわいのです。ここまではきをはってきまひたが、もうげんかいれす。では」

 呂律が回ってない。

 シャルロッテはそれだけ言うと、ベッドに倒れこんで寝てしまった。

 俺が見ている分にはいつも凛々しかったシャルロッテに、こんなユルイ側面があったとは。

 起こしておくことはできなさそうだ。

 そうなると、あと二時間、暇だぞ。

 俺はペルチオーネの柄に手をかけながら自室へ戻った。


 ソードリング・ペルチオーネも、いったいいつまで出てこないつもりなんだろう……。

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