第44話オレの名は……

 結局、俺たちはバイザーの少女、サリーに従うことにした。


 ミッションシップと呼ばれる装甲車の中は思いのほか広い。

 おかげで俺たちは余裕をもって座ることができた。

 もっと人が乗れる作りだ。

 車体の側面に沿って、横一直線に座る俺たち。

 制服姿のサリーたち三人は対面だ。

 武装した二人の盗み見るような視線を感じる。

 ちらちらと俺の顔と股間に目をやっては、しらんふりをしていた。

 サリーは俺の正面だ。

 足を閉じてかしこまった姿勢で座り、右の鼻の穴にテッシュを詰めている。


 車内は静かだ。

 エンジン音も車の振動も小さいし、俺たちは会話を禁じられていた。

 唐突にサリーが口を開く。

「だ、男子だからと言っても規則はぜったいだから! か、会話は禁止!」

 なんだそのセリフは。

 俺たちは喋っちゃいない。

 逆になにか言ったほうがいいのかと思って、俺は話しかけてみた。

「サリー、この世界じゃいったいどうやって……」

 サリーは両腕を突っ張って激しく首を振る。

「だめ! 編入手続きが済むまで会話厳禁! わたしも喋りたくないし! 男子とか興味ないし! 放課後、カフェテリアのアイスバーの前で待ってたって無駄だし! わたし、五時ちょうどになったってそんなところ行かないし! きみのことなんて、いろいろ知りたくないし!」

「……」

 なにを言ってるんだ、こいつは……?


 押し黙った俺の首へ、隣のヒサメが腕を回してきた。

「喋らなければいいんだろう?」

 そう言って、ぐいっと俺の頭を引き寄せる。

 何をするのかと思えば、耳の穴に舌をいれられた。

「うひぃっ!」

 温かくぬめる感触に変な声を上げてしまう。

 それから耳朶をねっとりと舐られる。

 れろれろれろれろれろ……。

 正面のサリーが凝固して顔を赤らめる。

「ヒサメ、いい加減にしろ!」

 俺がヒサメの腕から逃れようとしたとき、サリーの鼻から鼻血が吹き出した。

 栓をしていない左の鼻からだ。

「か、会話禁止……」

 その言葉とともに、サリーは座席の上に倒れた。

 後輩らしい武装した二人が駆け寄る。

「サリー先輩、気を確かに!」

「男とはいえ、たった一人じゃないですか!」

 二人はサリーの身体を床へおろし、頭を座席にもたせかける。

 顔を上へ向かせて、手で扇いでやったりしはじめた。

 片方が言う。

「この人、ほんとに三年生なの? むっちゃだらしない」

「戦闘だとすごい強いよ。ビーム出せるから」


 俺はもちろん、ビームという単語に反応した。

 アルバの女性陣たちと顔を見合わせる。

 みなの顔に軽い不安が浮かんでいた。

 それはそうだろう。

 俺のように破壊的な光線が出せる人間が他にもいるということだ。

 このかわいい制服を着た女の子たちは、戦うとなったら恐ろしい強敵かもしれない。

 いまはそうならないことを祈ろう。


 ☆☆☆


「とまったようね……」

 サリーが両方の鼻の穴から、赤く染まったティッシュを引き抜く。

 鼻血は止まっていた。

 この装甲車も停車したところだった。


 すんすんと鼻を鳴らしたあと、サリーが言う。

「まずわたしが出るから。すぐ後ろに続いて。最後尾はこっちの二人」

 ナムリッドが口を開いた。

「最初はわたしが出るわ。一番年上だし」

 ヒサメがそれを遮る。

「いや、最初はタネツケを出そう。何かあった場合、確実だ」

「そうだな、俺が出る」

 俺は同意した。

 サリーが車のハッチへ向かいながら、唇を尖らせる。

「まだおしゃべりして欲しくないんだけど」

 仕方ないので、俺は黙ってサリーの背後へ続いた。

 サリーがスイッチを操作し、ハッチが開く。


 空気とともに、大勢のざわめきが流れ込んできた。

 女の子ばかりの黄色い声だ。

 サリーがハッチを出て、強い日差しの中へ身をさらす。

 俺も続いて、陽光の降りそそぐ石畳の上へ降り立った。

 途端にわっと声があがる。

 見回してみれば、やはり女の子ばかりだ。

 サリーたちと同じ制服を着て、この装甲車を取り巻いている。

 五十人くらいだろうか。

 襟元のリボンは緑色と青ばかりだ。

 サリーと同じ赤はいない。


 エプロン姿の俺を見て、女の子たちが口々に言う。

「かっこいい!」

「男の子みたい!」

「惚れる!」

 女の子たちの興奮に、サリーが水を差す。

「みたいじゃなくて、ほんとーに男子だから」

 ざわめきが止まる。

 垂直落下の沈黙が訪れた。

 続いてザザッと。

 女の子たちの囲みが俺から遠ざかった。

 今度は眉根を寄せてひそひそと囁きあう。


 男みたいな女の子ならモテるようだが、本当に男となると話は別か……。


 サリーが先頭に立って歩き始めたので、俺も後ろに続く。

 行く先で女の子たちが、疫病でも避けるように道を開けてくれる。

 少々物悲しいが、歩きやすい。

 サリーはまっすぐ、ガラス張りの昇降口らしい場所へ向かう。

 俺の基準からしても校舎っぽい、角ばった建物だ。

 首を巡らせると、他にもいくつかの建物が目に入る。

 巨大な体育館のような建物、陸上競技用のトラック、おしゃれな外観の店っぽい建物はカフェテリアだろうか。

 そして目を引くのは、装飾華美な黒い塔だ。

 少し離れた場所には車両基地もあり、三台の装甲車が停まっているのが見えた。


 昇降口に着くと、ガラスドアが自動で開いた。

 中には幅一メートル、高さ二メートルはある大きなロッカーのようなものがずらりと並んでいる。

 サリーはロッカーのあいだを進み、数センチ高くなった床へ土足で上がった。

 俺たちも靴のまま入る。

 サリーは右に曲がり、すぐに立ち止まった。

 上部にランプのついた金属製のドアの横に立ち、手で指し示す。

「一人ずつ入って。中へ入ったら喋ってもいいから」

「そうか」

 俺はドアの前に立つ。

 シュッという音がして、ドアは上下に開いた。

 心持ち用心して、中へ入る。

 頭上でチャイムが鳴った。

 しかし、問題ではないらしい。

 サリーはなにも言ってこなかった。


 中は清潔な雰囲気の狭い部屋だ。

 正面が全面ガラスになっていて明るい。

 左側に大きなテーブルがあって、そこで女の人が作業していた。

 栗色の髪をしたメガネの女の人で白衣を着ている。

 歳は三十歳くらいだろうか。

 女の人はテーブルの上にカードを並べ、そのカードを差し込めるような機械を手にしていじっていた。

 女の人が声をかけてくる。

「ようこそイシュタルテアへ。わたしは第一校医のスティーン。ところであなた、男子よね……?」

「はい、俺は男です」

「そう……。前例がなかったわけじゃないわ。稀にあることよ。このイシュタルテアに男性が来ることは。なにか意味が見いだせるといいわね」


 それだけか?


 俺が言葉をつなげようとしたところへ、サリーが大きな声を張り上げる。

「全員異常なし! 通常の漂着者です!」

 スティーンが笑顔で返事した。

「はい、ご苦労さま。ちょっと待っててね」

 全員が入室し終わっていた。

 異常がないなら、まずはいいが、もっとも前提が問題だらけだ。


 話しかける前に、スティーンが口を開く。

 アデーレに向かって言った。

「あなた、それはファッションじゃなくて怪我してるの?」

 アデーレは申しわけなさそうに答える。

「あ、はい、肩を脱臼しました。すいません……」

「じゃあ、オリエンテーションが終わったら医務室に来て。脱臼ならすぐ完治できるから」

 次にはシャルロッテに話しかける。

「あなたの首の傷は……どうしましょうか? ファッションなの? 後悔してるなら治せるけど?」

 首の傷を鎖で縫いつけてるものだから、ファッションだと思われているらしい。

 シャルロッテは物静かな口調で言った。

「わたくしには普通の医療は役に立ちません。それに特別不自由してもいないのです」

「ここにはいろいろな人がいるのよ。数多の次元から引き寄せられてきた子たちが大勢。特殊な子の面倒も見なければならないの。たぶん治せるわ」

「それでも遠慮させていただきます。わたくしはこの傷を戒めとして残しておかなければならないのです」

「そう。気が変わったらいつでも医務室へ来てね」


 俺はここで話に割り込んだ。

「その傷をつけたヤツが俺たちの敵なんです。そいつにこの世界へ飛ばされてしまいました。俺たちはそいつと戦わなくちゃならない。事情が特殊なんです。元の世界へ帰してもらえないでしょうか、スティーンさん?」

 スティーンはキッと俺を睨みつけた。

「『スティーン先生』と呼びなさい。あなたも今日からこの学園の生徒。わたしは先生です。ここに来た経緯など考慮はされません。帰りたいなら、自力で帰れるだけの力をつけるしかないわ」

 サリーと同じことを言う。

 俺はさらに尋ねた。

「学校、学校っていうけど、いったいなにを学ばせるつもりなんですか? だいたい、俺たちは必要な教育を終えています」

 スティーン先生はメガネを押し上げながら言った。

「なーにが『必要な教育を終えている』ですか。あなたなんかヒヨッコよ。そのドリフティングウェポンを使っても、素手のわたしに勝てるかどうか。この世界に来たからには、真に『必要な教育』を受けてもらいます。あなたたちが生き残り、力をつけ、自分の意志でその力を振るうようになったとき、マルチバースにおける力の均衡が保たれるのです。そのようにできています」


 ナムリッドが声を挙げる。

「わたしたちは普通の人間です、せいぜいが魔法を使えるくらいの。そんな力が持てるとは思えません!」

 さらにイリアンが不安そうに続いた。

「わ、わたくしなど魔法どころか、ほとんど家事しかしていないメイドなんですよっ?!」

 スティーン先生は涼しげな顔で言う。

「魔法は初歩ね。もっと優れた力を使えるようになってもらいます。もちろん、魔法が使えなければ、まず魔法から」

 マトイが震え声を出す。

「アタシたち、死ぬような目に合わせられるの……?」

「侮れば死ぬわ。敵は敵だから。あなた、銃を持っているところからして、ある程度は戦ってきたんでしょ? 勇気を出して」

 それから全員に向かって言う。

「あなたたちを拷問にかけようってわけじゃないわ。このイシュタルテアは別名『女神のゆりかご』。あなたたちに女神と呼ばれるほどの力を養ってもらう場所なの」

 俺をちらっと見て付け加える。

「本来、女子専門の」

 俺は食い下がった。

「俺は男だし、女神になるつもりはない。学校に通うより、元の世界へ帰る方法を探したいんです」

「退学は自由よ。学園の外には進級を諦めた人たちの『退学者の街』が広がっているわ。もちろん女性しかいないけど。そこで穏やかに暮らす? たぶん、そこにあなたの求めるものはないでしょうし、退学者の街より先には自然があるばかりよ」

 唐突にヒサメが口を開く。

「わたしはこの学校で学ぶことに興味が出てきた。力を得るためにベストを尽くしたい」

 先生はヒサメに笑顔を向ける。

「そうそう、その調子!」


 それから「まず、みんなの分の学生証を作るから」と、テーブルの上のカードと機械を取ってきた。

 ここまで来たら、とりあえず入学するしかないようだ。

 一番目は俺だった。

 先生が俺の前に立って言う。

「名前を教えてちょうだい。好きな名前にしていいけど、一度決めたら変えられないからね」

「俺はタケツネです」

 先生は「むふっ」と吹き出す。

「いいの? そんな名前で?」


 えっ……、なにが?!


 先生は機械のボタンを押しながら声を出す。

「えーっと、タ・ネ・ツ・ケ……っと」


 また聞き間違いかっ!!!!


 俺は慌てて訂正に入った。

「タネツケじゃないです! タ・ケ・ツ・ネ!」

「あ、ごめーん。先生、聞き間違えちゃった。すぐ直すから」

 先生はボタンを操作しようとして、ふっと横を向いた。

 そして悲鳴に近い声をあげる。

「ひぃっ!」

 俺もそちらへ目をやった。

 外に面した窓だ。

「うおっ!」

 俺も思わず声をあげてしまった。

 大勢の女の子たちが、窓にへばりついて中の様子を伺っていたのだ。

 たぶん、主に俺を。

 防音が完璧なので、いままで気づかなかった。


 先生は機械を持った手を振りながら、窓に迫っていく。

「こらーっ! 行儀の悪い! 見世物じゃないのよ、散った散った!」

 声は聞こえないだろうが、身振りでわかったのだろう。

 女の子たちが不承不承といった様子で散開する。

「まぁ、みんな年頃だから仕方ない部分もあるけれど……」

 先生はそう言いながら戻ってきて、俺の前で作業を再開しようとした。

 そこで「あっ……」とつぶやく。


 えっ……、なにが?!


 先生は金属製のカードを差し出しながら言った。

「ごめーん、決定ボタン押しちゃった。いまの騒動で……」

 カードを受け取る。

 顔写真が入るらしいスペースに下に、名前が打刻されていた。


『タネツケ』と。


「……」


 俺はこの世界で、正式に『タネツケ』という名前になった。

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