第32話パイオニアスカイ
俺はテガッツァに聞いてみた。
「俺をヤツらの真上まで運んでくれないか? 上空から落としてくれるだけでいい。着地はできるんだ」
テガッツァは渋い顔をする。
「人ほどの重さを運ぶのは難儀だ。高度が下がる。われらはたどり着けぬだろう。断る」
「そう言うと思ったよ」
大してアテにはしてない。
俺は周りの人間に言った。
「これから器用な人でパラシュートっていうものを作ってもらいたい。大したものじゃないんだ。トラックのホロとロープでできる。革の帯もあれば提供してもらいたい」
グライダーのようなものが作れればよかったが、俺の知識で作れるようなものは、それしかなかった。
俺は続けた。
「パラシュートは落下の速度を遅くするものだ。俺はそれを持って魔法で上空まであがり、そこからナムリッドの風を使った魔法でヤツらの上まで運んでもらう。あとはひと暴れ食らわしてやるさ。できるよな、ナムリッド……?」
ナムリッドは困惑していた。
「タケツネがどこにいるかはっきり見えないと、風がコントロールできないわ」
テガッツァが割って入る。
「おまえたちはトークタグをつけているはずだろう? そのつながりを追え。目ではなく。われもこの遠見で力を貸そう」
ナムリッドは不承不承といった様子で言う。
「じゃあ、できるわ……たぶん。でも、あんまり取りたい手段じゃないわね」
団長が身を乗り出してきた。
「タネツケ、おまえの手段で私を運べないのか? 私が行こう。おまえより戦い慣れている」
俺が口を開く前にナムリッドが言った。
「着地にも魔法が必要です。行けるとしたら、タケツネだけなんです」
マトイが腕にしがみついてきた。
「やめよう! 危険過ぎるよ! ここでみんなと戦えば勝てるよ!」
俺は首を振った。
「それだと勝てるかわからないし、勝てても数日かかるだろ。そのあいだにエッジワンの人が死ぬ。できる人間がやるしかない。可能性のある限り」
トゥリーが話しかけてきた。
「勝ててもモンスターどものど真ん中だぞ。帰ってこられない」
俺は答えた。
「モンスターが半分獣に戻れば、ここにいるみんなの敵じゃないだろ。すぐに迎えに来てくれるって信じてるさ」
「言うようになったな……」
それからクラウパーが俺の右肩に手を置いて言った。
「代わってやりたいよ、タネツケ。おまえみたいな戦いをしてみたい……」
アデーレも俺の左肩に手を置いた。
「わたしも同感だ。おまえはきっと勝つ!」
ヒサメも続いて言った。
「妙案を思いついたものだな。わたしは特に心配していない」
その顔が青ざめているのを無視して、俺は言った。
「じゃあ、こういうものを作ってくれ」
そう言いながら、地面に下手くそな絵を描き始める。
☆☆☆
パラシュートは一時間でできた。
俺の指示なんだから、ずさんなものだ。
急ごしらえの革製ハーネスで胸を締めつける。
胸当ては外してあった。
パラシュートのつながったハーネスを着けると、その上からガリアンズクロークを巻く。
それから気圧の変化に対応するため、耳に綿を詰めておいた。
目下の問題は、パラシュートがちゃんと開くかどうかだ。
パラシュートの正しいたたみ方なんて知りはしない。
仕方ないので、幕をかかげるように手足をつっぱって広げておく。
この状態で上昇し、風を受け次第離すことにした。
これで準備は整った。
ナムリッドも用意万端だった。
他の自警団員や多くの兵士たちが、俺から離れて輪を作っていた。
ヘクターさんや、他の指揮官も注目している。
その中で、団長が進み出てきて、ギルティープレジャーの柄を差し出してきた。
「貸してやる。頼りになるぞ。必ず返せ」
ちょっと考えたが、借りることにした。
ギルティープレジャーの柄を握る。
重すぎて落としそうになったが、次の瞬間には羽毛のように軽くなった。
刃がギシギシと鳴り、柄が歌うように呻いた。
力が吸われ、また力が与えられる。
ギルティープレジャーと俺のあいだに、力の循環ができあがっていた。
「必ず返します」
「おまえは確かにそうするだろう」
そう頷いて、団長は下がっていった。
俺はナムリッドに合図を送る。
「いくぞ」
ナムリッドは頷き返した。
『緊急魔法陣多重展開!』
俺の関節のほとんどに赤い輪が回る。
身体中すべてから、金色の靄、ブルート・ファクツを吸収していった。
『放出力量限界突破!』
だが、まだだッ!
おれはさらに魔力を圧縮した。
限界の限界を超えてッ!
魔法を放つ!
「デクリーザー!」
俺の身体は弾丸のように空へ上昇した。
遥かな高みに達し、上昇が止まった。
俺はかすれ声で言う。
「やってくれ!」
突風が吹き寄せ、身体からパラシュートが離れた。
俺は落下していきながら、猛スピードで空を運ばれた。
眼下の森の中には、ひしめくモンスターの大軍がうごめく。
彼方には、潰され煙をあげるエッジワンの廃墟と、山の中腹にある光のドームが見えた。
場所からして、マイアズマ・デポの中心部だろう。
そちらの方向へ流されていく。
ナムリッドの声が聞こえた。
「そろそろよ!」
俺はもう、とらえていた。
眼下にある野営の煙と、いくつかの天幕を。
モンスターの群れの中にあって、不可侵の一点だ。
予想通り、高度は十分に取れていた。
俺は敵のキャンプの真上で、ギルティープレジャーを振るい、パラシュートのロープを切る。
突風は止まっていて、俺はまっすぐに落ちていった。
地面が近づくと再び魔法を使う。
「デクリーザー!」
俺はふわりと降り立った。
敵陣の真ん中に。
鎧姿の戦士が、ざっと二十人。
その他、軽装の男女が十人程度。
みな、呆気にとられて動きを止めていた。
だがッ!
こっちはッ!!
問答無用だッ!!!
「剣・ビィィィィムッ!」
ギルティープレジャーによって増幅された、光の帯がほとばしった。
金属も肉も切り裂く。
俺はその殺戮の光をぐるりと一回転させた。
それだけで敵のほとんどは死んだ。
ここはなんらかの結界が張られているらしく、モンスターの唸りも聞こえない。
静寂が訪れた。
ただ一人、ビームを弾いたヤツがいる。
筋骨たくましい男が、壊れた祭壇の傍らに立っていた。
鉄仮面をつけて顔を隠し、上半身は裸、胴を覆うほど大きなピンク色のレンズを首からかけていた。
下半身は黒革のズボンをはき、すね当てをつけている。
この男がボスだッ!
男は俺に向かって右腕を突き出す。
魔法のゆらめきを感じた。
俺が左へ飛び退くと、立っていた地面が光の弾で弾け飛んだ。
反撃する間もなく、今度は突風が襲いかかり、俺は倒れてしまった。
攻撃が来るッ!
直感した俺は地面を転がった。
案の定、光の弾丸が迫り、爆発する。
隙がないッ!
なんて早さで魔法を連射できるんだ!?
俺はまともに立ちがる時間も無く、積まれた木箱の陰へ飛び込んだ。
追撃が行われ、木箱は爆発で吹き飛んだ。
だが、この一瞬の間があれば十分だった。
俺は身を屈めたまま、緊急魔法陣を展開し、剣・ビームの魔力を溜めて、鉄仮面の男を見据えた。
そこで衝撃にとらわれる。
鉄仮面の男の身体ではいくつもの赤い輪が回っていた。
こいつ、激しく動きながらも『緊急魔法陣多重展開』をしているッ!
俺の力が追いつくわけはない。
こちらを向いた男の右腕に魔力が高まる。
こちらの剣・ビームは間に合わない。
俺は出が速い防御魔法、ラウンドシールドに切り替える。
左腕に現れた透明な盾を、俺はぎりぎりで構えることができた。
敵の魔法が弾け、盾で受け止めても俺は跳ね飛ばされた。
食料の入った木箱の山へ突っ込む。
ガリアンズクロークが無ければ、大ケガをしていただろう。
俺は反撃することもできす、散乱した死体や荷物のあいだを這いまわって逃げる。
このままではやられる。
せめて同じ条件にならなければ。
あいつと同じ力が欲しい!
そのとき、俺の奥底から何かが浮かび上がって、頭の中に曖昧な形を取り始めていた。
俺はそれに名前をつける。
『フルブーストッ!』
俺の関節のほとんどに、赤い輪が出現した。
身体全体でブルート・ファクツを収束していく。
これは激しく動いても解除されない、『緊急魔法陣多重展開』だった。
魔力がいくらでも醸成されてくる。
新たな光の弾丸が俺に迫った。
俺はそれに向かって一歩を駆け出す。
「デクリーザー!」
俺は光の弾丸を飛び越えた。
男の頭上をも越えようとしたとき、身体を捻り、「剣・ビーム!」を放つ。
ビームは男の身体を傷つけることはできなかった。
しかし、鉄仮面は切り裂かれて落ちる。
波打つ黒髪が溢れ出た。
俺は男の背後に降り立ち、振り返る。
男も振り返りざま、何らかの魔法を放った。
俺には迫り来る魔力の塊が見えた。
ギルティープレジャーが吠えたので、そのまま切り裂く。
敵の魔法は効力を発揮しなかった。
男は奇怪な刺青に覆われた顔の、赤い瞳で俺をにらみつけた。
俺もギルティープレジャーを構えて応える。
これで互角ッ!!!
茶番は終わりだッ!!!
一瞬の凝固ののち。
男が一声叫び、左右の腕から光の弾を放ってきた。
俺はデクリーザーで飛び越える。
空中を狙わるのはわかっていた。
インクリーザーを自分に使い、強引に着地する。
足の骨が軋みをあげたが、気にしていられない。
予想通り、俺の頭上を光の弾が通過していった。
俺は構わず突進する。
俺と男は肉迫した。
男が魔力のこもった右腕を振り上げ、俺はギルティープレジャーを突き出す。
二つの暴力が交錯した。
ギルティープレジャーの切っ先が、男のつけていたピンクのレンズを砕く。
だが、それは予想以上に頑丈なものだった。
男はそれに守られたが、衝撃で後ろへ倒れる。
その直前には、男の魔法が炸裂していた。
衝撃を受けたラウンドシールドは消失し、俺は弾き飛ばされた。
ダメージはガリアンズクロークがほとんど吸収してくれたが、頭をぶつけた。
溢れ出た血が視界を妨げる。
フルブーストは解けてしまっていた。
魔力が尽きてしまったのかもしれない。
目を拭いながら、よろよろと立ち上がる。
男のほう見れば、向こうもダメージを受けていた。
砕けたレンズから光の筋が溢れ出して、男の身体を締めつけていた。
男は両腕を上げて、苦しみ悶えている。
魔法の品が壊れ、溢れた魔力に襲われているのかもしれない。
この機にトドメを刺そうと、俺はよろめきつつ、一歩を踏み出した。
男はこちらを向き、雄叫びを上げた。
膝をつき、両手で地面を叩く。
突然、大地が揺れ始めた。
男の下に黒い影が湧いてくる。
影が形を成しながら、男を空中へ押し上げていく。
影はドラゴンの形になった。
こいつ、まだこんな力があったとはッ!
男を頭に載せた影のドラゴンが、俺に向かって一歩を踏み出す。
俺は力無い腕で、ギルティープレジャーを構えた。
攻撃されるかと思った瞬間、ドラゴンの上の男が口から血を吐き出し、身をよじった。
男は燃える赤目で俺をにらみ、指をつきつけた。
血の溢れる口で言う。
「キサマッ! このザッカラントの野望を邪魔したこと、必ず後悔させてやるッ!」
影のドラゴンが翼を広げ、魔法的な力で飛び立つ。
ザッカラントとドラゴンは上昇し、そのまま飛び去って行った。
遠ざかっていくその姿を確認し、俺は剣を地に突き立てて休んだ。
一度そうしてしまうと、ギルティープレジャーは重くなり、もう持ち上がらなかった。
足が震える。
吐き気とめまいが襲ってきた。
あとはこの陣地の結界がいつまで保つかだ。
トークタグに向かって言う。
「全軍へ。敵の首領は追い払った。こっちはかすり傷だ」
様々な声で返信があったが、俺にはもう聞き取れなかった。
周囲に死体が転がっているのも気にせず、俺は崩れるように眠りへ落ちた。
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