第27話反魔法

 朝食が終わり、トゥリーがやってくる。

 それからアルバの一日が回り始めた。

「今日は仕事が多いな。緊急出動がかからないといいが……」

 トゥリーはそう言って、巨大トリファクツ結晶を運び出した。

 馴染みの工場に引き渡し、特注装甲車の詳細をつめるという。

 午後までには、そこに団長も加わるそうだ。

 それまでは何をするかというと、ヒサメを補佐として報告書を仕上げるらしい。

 トゥリーやナムリッドじゃなくて、ヒサメというのが意外だった。

 でも、考えてみれば納得できる。

 トゥリーには団長が動けないときに、代理として働いてもらいたいだろう。

 それにヒサメの冷徹な物腰は、細かい書類を作成するさいにも頼りになりそうだった。


 普段はどのように待機時間である午前を過ごすのか、マトイに聞いてみた。

 まず、基本的には洗濯がある。

 掃除をしてもいい。

 これはみなが、それぞれやらねばならないことだ。

 もっと個人的にはどうか?


 団長は、作戦検討室にあった通信機で、周囲と連絡を取りあう。


 トゥリーは団長の言いつけで、外に出ることが多い。


 マトイは積極的に街中をパトロールし、顔馴染みに挨拶してまわる。


 ナムリッドは読書して過ごすという。


 ヒサメは武具調整室にこもって、自分好みの矢を作る。


 クラウパーはロシューの手伝いをよくした。

 特に買い物だ。


 アデーレはイリアンの仕事を手伝ったり、ふらっとパトロールに出たり。

 比較的に気まぐれだそうだ。


 戦いさえなければ、半分休みみたいな過ごし方だった。

 その反面、俺たちには休日が無かった。

 丸一日オフということは無い。

 そりゃそうだ。

 相手はモンスターだからな。


 さて、俺は午前をどう過ごすか……?

 それを考え始める間もなく、ナムリッドに声をかけられた。

「ねえ、タケツネ、ちょっと表に出ましょう。広い場所がいいから、街の外になるわ。ヒマなときにやっておきたいことがあるの」

 俺が返事をする前に、マトイが口を挟む。

「あっ、じゃあアタシも行く!」

「別にマトイが期待してるようなことはしないわよ?」

 マトイは顔を赤くして言った。

「そんなの、行ってみなきゃわからんないでしょっ?!」

 俺はまだなんの返事もしてないのだが……。

 アデーレが鎧を鳴らして、勢いよく立ち上がる。

 そして、何を言うでもなく、再びノロノロと腰を下ろす。

 何をしたいのかわからないが、コイツもヒマな口か……。


  ☆☆☆  


 というわけで、俺たちは街の外壁の外に来ていた。

 農耕地もほど近い、緑の丘の上だ。

 俺たちは四人。

 俺、ナムリッド、マトイ、アデーレ。

 最初は、ナムリッドがトラックを運転して、俺と二人でここまで来るつもりだったらしい。

 しかし、アデーレもついてくることになったので、トラックは使わずに済んだ。

 マトイのバイクの後ろに俺が乗り、アデーレの後ろにはナムリッドが乗った。

 ナムリッドは空になった食用油の一斗缶を持ってきていた。

 用途は不明だ。

 左手に一斗缶を抱き、右手には白いスタッフを持っていたので、道中はちょっと大変そうだった。

 周囲にはのどかな風景が広がっているが、俺たちは全員、きちんと武装してきていた。

 外壁の外へ出るには、必要な身だしなみだった。


 バイクから降りると、ナムリッドは俺たちから離れた草の上に一斗缶を置きに行った。

 戻ってきたところへ尋ねる。

「あんなものどうするんだ?」

「的は必要でしょ?」

 そう言ってから、ナムリッドは説明し始めた。

「わたし、昨日気になって調べたのよ、夜間図書館で。昔習ったことが頭をかすめたの。勘は当たったわ。『インクリーザー』が使えるなら……」

 赤い瞳が、凛と光って俺を見つめる。

「反魔法の『デクリーザー』も使えるはずよ!」

「反魔法ってことは、『インクリーザー』の逆に作用する魔法ってことか……?」

「そう!」

 そうは言われても、俺は教育の欠如を吐露するしかなかった。

「でも、やりかたなんてさっぱりわからないよ」

「そこはわたしが力になれると思う」

 ナムリッドは自信たっぷりだ。


 それから俺たちは、ちょっとした打ち合わせをして準備を整えた。

 俺とナムリッドは、缶のほうを向いて横に並び、手をつなぐ。

 ナムリッドの右手にはスタッフが握られ、左手は俺の右手をつかんでいた。

 マトイとアデーレは、腕を組んで後ろで見守っている。


 ナムリッドが言った。

「案ずるより産むが易し。行くわよ」

「ああ!」

「せーの……!」

 ナムリッドの合図に合わせて、

『通常魔法陣展開!』

 俺たち二人の足元に光と文字の輪が広がる。

 ゆっくりとした時の流れの中で、思考だけが素早く動く。

 俺は魔法の準備をしていった。

 ナムリッドに言われた通り、いつも通りに。


『ブルート・ファクツ収束』

 足元の魔法陣が金色の靄を集め、俺の身体へ流し込んでくる。

 力の奔流が、俺の背筋を這い上がってきた。

『魔力錬成』

『対象魔法構成』


 そこで、つながった右手から、ナムリッドの思考が飛び込んできた。

『構成魔法反転!』

 俺が組み立ててきた魔法の元が、くるくるとひっくり返る。

 内側と外側が入れ替わり、上下も逆になった。

 そこで俺は要領を得た。

『反転魔法構成!』

 ナムリッドの組み替えた魔法を、がっちり固定する。

 これで、この魔法は俺の新しい力になったはずだ。

 魔法の準備は整った。

『放出力量、限界突破!』

 俺は左手を缶に向ける。

「デクリーザー!」

 缶は「ぽふっ」と気の抜けた音を立て、ロケットのように空中高く跳ね上がった。


 成功だ!


 見上げると、缶は点にしか見えないほどの高度に達していた。

 それがゆっくりと、鋭い放物線を描いて落ちてくる。


「おおっ?!」

 見上げていたアデーレが、叫んで身をかわす。

 缶はアデーレの足元に落ちて弾み、変形した。

 アデーレがガントレットで指さしてくる。

「おまえ、わざとやったろう!」

「よくわかったな。さすが、勘のいいアデーレさまだ」

 アデーレは缶を踏みつぶして腕を組んだ。

「こんなもの、効きやしないけどな!」


 俺はまだ握っていたナムリッドの手を握り直して、礼を言った。

「ありがとう、ナムリッド! こいつは使えるよ!」

 ナムリッドは、少し疲れをにじませた顔で微笑んだ。

「わたしもいろいろ新しい経験ができて嬉しいわ」

 そこで、俺はあることを思いついた。

 試してみる価値はある。


 ナムリッドの手を離し、

「ちょっと下がって見ていてくれ」と一同から離れる。

 緑の丘の彼方を見据えて、俺は走り始めた。

 走りながら、

『緊急魔法陣展開!』

 ゆっくりした時の流れの中で、魔力が高まっていく。

 速い精神と、遅い身体の動きを同調させるのが難しい。

 だが、やってできないことはなかった。

 俺は魔法を溜めに溜め、身体の動きが追いつくのを待った。

 足が地を蹴るのと同時に、魔法を放つ。

「デクリーザー!」

 自分自身を魔法の目標にしてみた。


 俺の身体は宙を飛んだ。

 重力を軽減し、人間離れした高度と距離を。

 俺は放物線を描いて飛び、地面が迫ってくると再び緊急魔法陣を展開した。

 落下していく中で、タイミングを見てデクリーザーを放つ。

 魔力を絞るように、弱い力で着地できるように。

 足がしっかりと地を踏む。

 俺は着地に成功した。

 ダメージは受けていない。

 俺は後ろを振り返って手を振る。


 ナムリッドたちは、三十メートルも向こうに居た。

 マトイは手に口を当て、アデーレは仁王立ち。

 ナムリッドは、スタッフを手から落としていた。

 どこかで見た光景だ。

 俺がナムリッドの魔力障壁を打ち破ったときだったか。

 そのときと同じように、みな呆然としていた。


 よし、帰りは全力を試してみよう。

 俺はダッシュをかけ、

『緊急魔法陣多重展開!』

 俺の関節すべてに赤い輪が回る。

 だが、一瞬で消えた。

 時間の流れが分断され、そのおかげで俺は足を挫きそうになった。

 立ち止まって考える。

 魔力を一気に高める多重展開は、通常展開同様、激しく動きながらは無理みたいだ。

 こんなこと、ナムリッドに訊けば前もってわかるはずだが、こっちはこっちで訊ねる言葉を知らないんだからしょうがない。


 それならもう一度、成功したことをおさらいしよう。

「デクリーザー!」

 俺は宙を飛んで戻った。

 彼女たちは、やんややんやの大喝采で迎えてくれた。

 ナムリッドはまだ若いけど、いい師匠になれる素養がある。

 いや、俺にとってはすでに素晴らしい師匠だろう……。

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