第一章 冬の日、野ウサギ狩り3


一般的に、ルシオール在住のハンターの狩場はカルルア山地からアルデバン山地まで。街の外周をほぼ綺麗に一周する形で、広範囲に及ぶ。

標高一五〇〇メートルを誇る雪山の山頂。長く広がる真っ白な高原。午後、フィオはカルルア山地にやって来ている。降り積もった雪の上を移動して、今回の獲物――野ウサギを探す。

探すと言っても、人間の視力で野生動物の姿を追うのは限界があるので、フィオはライフル銃の光学照準器――スコープとも呼ばれる――を望遠鏡代わりに使用する。一時間以上、森林帯に留まって辺りを観察、移動を繰り返す。意外と忍耐力が必要になる作業だ。

忍び猟――ハンターが獲物を追いながら狩りをする方法を一般にそう呼ぶ。フィオのハンティングの基本スタイルでもある。ハンターは多くの場合集団で狩りを行うが、フィオは正反対にいつも一人だ。大きな動物は仕留められない一方で、小型動物――それは例えば野ウサギであったりキツネだったりする――は捕獲可能であり、手柄も立てやすい。どうでもいいことだけれど、ソロハンターって肩書は結構イケててかっこいい、とフィオは思っている。

森林帯の終わり、スコープを覗いていると、雪山の斜面でようやくに小さな影が視界に引っかかった。白い毛並みに丸みがかった体躯――野ウサギだ、とフィオは直感する。距離は大体三〇〇メートルちょっと。姿を感づかれないように、フィオは身を低くして素早く茂みの中に隠れる。

野ウサギは周知の通り耳が良いし逃げ足も早い。後ろ足をバネのように使って、油断するとあっという間に逃げおうせてしまうこともある。肝心なのは、標的の前で焦らないこと。スコープをライフル銃に装着し、フィオは伏射の姿勢で構えて、標的をレンズ越しにしっかりと補足する。

――ところで、フィオのライフル銃は現代で言うところの狙撃銃だ。もともと軍用に開発されて、現在では世界中で幅広く採用されている狙撃銃の決定版。ボルトアクション式、通常の曲銃床タイプ。この世界の開発されたばかりのライフル銃よりも、圧倒的な精度・威力を発揮する。薬室にはすでに弾薬が装填されている。

野ウサギはこちらには気づかず、斜面に生えた山草を食べている。下を向いて油断している隙に、フィオはじっくり頭部に狙いを定めて引き金を絞る。

パァンという乾いた銃声。

直後、一直線に飛び出した弾丸が正確に獲物を射抜く。

野ウサギの頭部に着弾するのを確認。ヘッドショットだ。脳を潰せば、大抵の動物はみんな即死する。ボルトアクション式は連射性に欠けるので、いかに少ない弾数で急所へ当てられるかが鍵となってくる。興奮状態に陥って体に血が回ってしまうと、肉の鮮度にも関わる。

「……ふぅ」

野ウサギが倒れてから、フィオはようやく一息つく。

――まず、一匹目。

見つけるのに少し時間がかかってしまったので落ち着いている暇はない。すぐに倒れた野ウサギを回収する。野ウサギは頭から少し出血していて、フィオは服に血が付着してしまわないように後ろ足を掴んで持ち上げた。体毛のふわふわと柔らかい感触が手に直接伝わってきて、しかし心臓はすでに止まっていて筋肉だけがまだ僅かに痙攣している。

背筋に何となく冷たいものが走って、勝手に肌が粟立った。動物を殺した時のこの感じに、フィオはまだ慣れていない。慣れていいとも思っていない。しかし、最近は死に関してどこまでも冷静な自分が、心のどこかに潜んでいるかのような瞬間がある。――何かを殺すのも死体を見るのも、この世界に来てからが初めてではないような、奇妙な感覚……。


「よいしょっと」

野ウサギを背中のリュックサックに仕舞って、フィオは次の二匹目を狙う。この斜面で待ち伏せていれば、また野ウサギがひょっこり姿を現すかもしれない。移動し続けるのは体力を消耗するだけだし、安全策を取って先ほどの茂みへ戻ることにする。

歩きながらフィオは、待ち伏せはやっぱり卑怯だよなあー、と思う。しかし狙撃とはそういうものだ。

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