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小学1年生の教室での考察への応援コメント
子は宝、家族の宝、国の宝、人類の宝、
小学一年生の命と引き換えに成り立つ、流通経済、人類はもっと考えて!
(わたしも、うお座)
作者からの返信
タマオ さま
読んでくださってありがとうございます💕
フォローもありがとうございます。
ご自身が うお座 でしたか……。
小さい頃は大変でしたね。高学年になると、そうでもないんですけどね。
楽しいはずの新一年生。
訳の分からない授業を辛抱して座っているかもしれない子が居るのは
本当に切ない……。
そう思って、書いてみました。
せめて、義務教育中は、少人数でお願いしたい。
出来れば10人!!
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小学1年生の教室での考察への応援コメント
未知で興味津々です。
実際に回すには4人の教官が必要だとすると、計画と、現場が必要としている比率があっていない。
班(5名)、分隊(10名)規模が最も効率がよい、基本教育単位かもしれないですね。
顔と性格を把握できる上限は5人といわれてますね。
作者からの返信
豚の欲目 さま
読んでくださってありがとうございます💕
興味を持って頂けて嬉しいです。
未知の領域との事で、その言葉にワクワクしました。
>班(5名)、分隊(10名)規模が最も効率がよい、
↑ こちらの基本教育単位、本当に、基本だと感じました。
軍事専門家の視点から見て、一人の教官が教えられる
大人の生徒の数、ということでしょうか??
しかも!
>顔と性格を把握できる上限は5人
↑ そうなんですね!! 有益情報に感謝です!!
こちらの地方の小学校には、教室にストーブがありませんでした。
真冬には氷点下となり、雪が吹雪くひもあるのにです。
県の教育機関に要望書を持って行った時に何度も言われたのが
「寒さに負けない根性が、強い人格を作る」
でした。
( ゚д゚) ぽかーん ???
『え? 何言ってんの? 自分達は暖房の部屋にいるのにか?!』
って事で、資料集めました。
実は、戦前には達磨ストーブが、設置されていました。
戦時中の、金属供出の際に、ストーブが供出されていたんです。
「兵隊さんは、寒い中戦地で戦っているんだ。この程度は、根性で我慢しろ。」
という、戦時下の教育が、平成になっても残っていたんです。
そこから巻き返しました。戦時下教育をいつまで引きずるんだ、って。
ママ達は、我が子の為に署名活動。
40℃近くなる、真夏の教室に扇風機一つ無い環境も、根性論で反対されたので、こちらも熱中症の危険予測データを集めて、ママ達の署名活動。
教育基本法、いまだに、戦時下の思想が濃かったりします。
小さい子どもは、自分が置かれた環境に疑問を持ちません。
その場に何とか慣れようとします。
分隊10人。理想です。
一クラスが10人になったら、日本の子ども達は、もっと才能豊かになっていくと思うんです。
祖母になってしまった身には、動きようがありませんが……。
そういう署名が来たら、署名します!!
小学1年生の教室での考察への応援コメント
クラス10人、とっても理想的です♡
☆*:.。. o(≧▽≦)o .。.:*☆
私も、担任の先生には
感謝でいっぱいで( ; ; )
もう本当に大変な思いを
させてしまってます😨
そして子供たちも日々 成長していて
感動する日々です。
あっ怒鳴り散らす日もたくさん
あります笑
作者からの返信
みずかちゃん💕
読んでくださってありがとうございます💕
おお!
怒鳴り散らす日もある 😂
私もです!!
息子に怒鳴り散らしてました!! 🤣🤣
だって、学校から毎日呼び出されるんです。
「今度は何?! 今日は何やったのー!!」
って……。🤣🤣
それで思うんですが、先生って、大変な事が日々起こる事が楽しめる人達なんだってことです!
変化に飛んだ毎日が、たまらなく好きな個性の方々~ 🤣🤣
感謝です!!
少人数のクラスだったら、先生も少しは楽になるかと思うんです。
少人数が難しいなら、担任を3人にするとか……。
子ども達も先生も、苦しくならないクラスが一番だと思います!
小学1年生の教室での考察への応援コメント
ホント、昔は1クラス40人以上当たり前で、
でも担任一人でそこそこ回していて、
そこまで酷い脱落者も出なかったんですよねー。
学校関係者の知り合いがいてよく話を聞きますが、
今の方がよい環境になっているように聞こえるのに、
今の方が生徒の質が落ちているようにしか思えません。
何故なんでしょうね……
作者からの返信
Ash さま
読んでくださってありがとうございます💕
私達の世代は、一クラス40人以上でしたよね!
それでも、皆、どうにかなってた……。
>学校関係者の知り合いがいてよく話を聞きますが、
今の方がよい環境になっているように聞こえるのに、
今の方が生徒の質が落ちているようにしか思えません
↑↑↑ 私も、そうじゃないかな……と思います。
生徒の質…というか、間違った自己顕示欲の表現のような。
承認欲求が強すぎるような……。
自分軸で考える人が多くなったと感じます。
自分以外の人にも、都合があって、意思があって、生活時間は同じじゃないのに、合わせてもらって当然だと考えてる。
そして、万事が指示待ち。間違いを嫌う。
……まあ、我が子もそんな感じなので、世代の思考でしょうか……。
すぐAIに相談するし……。
私も『新人類』と言われた世代なので、あんまり偉そうにはいえませんけれど💦
でも、少なくとも、自分で考えて動いていたと思います。
AIなんて無かったから、自分で調べて、自己責任で。
今の若い社会人の子達は、すぐに誰かか、AIが教えてくれる環境に生きてきたので、すぐ人のせいにする傾向があると感じます。
小学1年生の教室での考察への応援コメント
低学年のうちは、月齢の開きで発達にまだ大きな差がありますものね。うちの下の子は3月生まれでさらにその中でもチビスケなので、小3の今もまだ、見た目だけですでに浮いて見えます。
(こちらでの論点は外見ではありませんが…)
少人数授業、発達や理解度の差という観点からは妥当なものだと思います。塾については昔より、個別や少人数制が人気で、増えているようですね。(小耳に挟んだ程度です)
ただ、最近の教師(なり手)不足を考えると難しい部分もあるのかなぁとも思います。保護者の目から見ても、学校の先生、大変なお仕事に見えます。子どもだけでなく保護者対応も…。クレーマー保護者、実際に同学年におりまして。対応大変だろうなぁと。
子どもに沿った教育に先生が集中できるためには、まず先生一人一人の負担を減らしてあげたい。そのためには先生の数を確保したい。そして、そのためには…勤務時間? 制度? お給料? 見直すべきことがきっと他にもいろいろ出てくるだろうなぁと。素人ながら、そしていち保護者として。考えさせられました。
長文、失礼いたしました。
作者からの返信
睡蓮華 さま
読んでくださってありがとうございます💕
長文、大歓迎です💕
お子さんが3月生まれさんなんですね。
高学年になるまでは、月齢での体格差は、なかなか大変ですよね……。
教員になれる方って、優秀な方が多いので『いい子』だった方が多いと感じます。特に公立学校。
枠にハマって問題なく成長して来られているので
枠にハマらない子への理解が、追い付かない…感じとでも言いましょうか……。
私の息子は、枠に全くハマらない子でしたので、毎日呼び出しされて、親子で怒られてました。反論したら、モンスターペアレンツ認定されましたっけ……。
当時、担任と学校長の意見とは別でしたので、学校長からはモンペではないと判定して貰えたので、訴えませんでした~。
理不尽モンペの様子も見た事があります。PTAも引っ掻き回し、学校も引っ掻き回し……。担任は不登校になって退職(-_-;)
そういう保護者は、マジで警察に被害届出すか、民事訴訟に訴えるかしか方法は無いと思いました。
普通の会話が出来ないのだから(マジ頭おかしいんじゃないの?!でした)
大学の教育学部の定員は、あまり変わっていないんです。大学側も生徒が来ないと経営が苦しくなりますから。
少子化で学校が減り、教員採用試験が狭き門になってしまって、先生になりたい人がなれなくなった。
少人数の学級になれば、教員不足も解消出来るのではないかと思います。
学校の先生も、休みが取りやすくなって、自分の子どもの運動会にも行ってやれると思うんです。
そうなったら、いいですよね。
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小学1年生の教室での考察への応援コメント
コメント失礼します。
我が家の長男も今年からピカピカの新一年生。ランドセルを背負った小さな背中を見送るたび、嬉しさと少しの寂しさを覚える毎日ですが、そんな親の感傷をよそに、学校という新しい世界は日々猛スピードでアップデートされているようです。
最近の学校の教育方針ややり方には、令和の時代ならではの変化が詰まっていて、親世代の感覚からすると「おや?」と首をかしげたくなる瞬間が少なくありません。昭和や平成を生きてきた私たちにとっての常識が、今の学校ではすっかり様変わりしているのです。
中でも、入学して一番「おや、そうなんだ」と新鮮な驚きと違和感を覚えたのは、お友達の呼び方でした。クラスメイトの名前を呼ぶときの敬称が、男女の区別なく全員「さん」で統一されているのです。
息子が通っていた保育園では、男の子は「くん」、女の子は「ちゃん」と呼び合うのが当たり前でした。「〇〇くん、一緒に遊ぼう!」「〇〇ちゃん、これどうぞ」という元気な声が飛び交う温かい空間で、子どもたちもそれが自然なコミュニケーションの形として体に染み込んでいました。
だからこそ、小学校に入ってからもその名残で、家ではついつい「〇〇くん」「〇〇ちゃん」と口にしてしまいます。すると長男から「学校では『さん』だよ」と、どこか大人びた口調でさらりと訂正されてしまうのです。「あぁ、そうだった」と苦笑いしながら、時代の変化の早さを肌で実感する瞬間でもあります。
もちろん、この「さん」統一の背景にある配慮は頭ではよく理解できます。ジェンダーレスの観点や、それぞれの個性を尊重しフラットな関係性を築くための工夫であることは間違いありません。誰かを特別視したり、固定観念にとらわれたりしないための、学校側の丁寧な配慮なのでしょう。教育の現場も、子どもたちが生きる未来を見据えて模索を続けているのだなと感心させられます。
理屈では分かっているつもりでも、どこかで「くん」や「ちゃん」が持っていた、あの少し距離が縮まるような、子どもらしい親密な響きが恋しくなってしまうのも正直なところです。小さな子どもたちが「くん」「ちゃん」と呼び合って無邪気に駆け回る姿は、あの時期特有の愛らしさだったようにも思えます。
時代が変われば、学校のルールや当たり前も変わっていく。それは仕方のないことであり、むしろ子どもたちにとってはそれがこれからの当たり前になっていくのでしょう。
親である私たちも、子どもと一緒に新しい時代のエチケットや価値観に慣れていかなければいけないのだなと感じています。
主題とズレた長文コメント失礼しました😅
作者からの返信
てっぺい さま
読んでくださってありがとうございます💕
ピッカピカの一年生仲間!!
我が家の場合は、楽しい学校生活と思いきや……。
新学期早々、大変でした。
孫1号は、ひらがなの読みの音と文字が、脳内で一致せず、かなり苦労しました。
日常会話は問題なかったので、耳から情報が優位な脳だった訳です。
読みと音を一致できるようになるまでが、大変でした。
その子の脳特性を理解して、その子に合った学習方法を模索していくなんて、昭和の時代では考えられませんでしたよね。
令和ならではの学習方法だと思います。
耳から情報の処理速度を優位にしながら、視覚学習も行いつつ、日々向き合っております。そういった学習用の教材もあって、助かっています。
そういう脳の特性を早い段階で見付けて対応できるのは、家族の努力だと思いました。その情報を担任と共有しながら、指導の際の声掛けを工夫して貰えています。
そのおかげで、メキメキ成長しました。
元々、思考理解と処理が早い子だったので、劣等感を持たせないで済みました。
「○○さん」と呼ぶのは、職場でもそうでしたから、私は違和感は感じませんでした。
てっぺいさんのコメントを読んで、『そうだった!』と思いました!
「○○くん」「○○ちゃん」は、家庭と地域の方から呼ばれる呼称になったのですね……。
少子化の時代、教員になりたい人がいない。
先生の負担が大きいからでしょう。
先生だって、人間です。家族も大切。仕事も大切。
我が子の運動会にだって行きたいハズです。
生徒の運動会の成果も見たいハズです。
同じ日に、運動会がかぶらないように、地域で配慮していければ、教員の子どもが寂しい想いをしなくても済みます。
そういう部分も、令和の時代には、配慮していって欲しいですよね!
小学1年生の教室での考察への応援コメント
私が子どものころは40人を超していたので、今はそんなに少なくなってしまったんですね。
少子化というものを感じます。
それであればきっとクラス自体も減ったのでしょうから、教室にもゆとりがありそうですね。
なら仰る通りひとクラス当たりの人数を減らし、クラスを増やし教員を増やすと共に一人当たりの負担を軽減させつつ、子どもにもより密度の高い教育を施せば良いかもしれませんね。
雇用も増えますしね。
その予算をどうするか、という問題はありますが、無駄な事業等を削減すれば出来るやもしれませんね。
作者からの返信
ナナシ(仮)先生
読んでくださってありがとうございます💕
私達が小学生の頃の教室は、40人以上いましたよね……。
それでも、皆、どうにか授業が成り立って、塾に行かなくてもそこそこ勉強は出来ていた気がするんです。
担任の先生の能力が無いと言ってる訳では無く、生徒の理解能力に差があり過ぎ……って感じでした。
現在は、特別支援の公立学校が、もの凄い勢いで建設されていってるんです。それだけ対象児童が多いという事なんです。
少人数に出来れば、普通クラスで対応できるグレーゾーンの子も多いと思うんです。
少人数なら、先生の負担も、少しは軽減できて、本当に先生になりたい人が先生になれるはずだと思います。
予算は、どっかのいらない施設運営費とか、潰して回してくればいいのに……。
>無駄な事業等を削減すれば出来るやも
↑ 本当に、そう思います。
小学1年生の教室での考察への応援コメント
仰る通りですね。理解能力千差万別、行動特性多種多様です。
だからこそ、そして、少子化の今だからこそ、少人数クラスで丁寧に教えてあげて欲しい(学ばせて欲しい)と思います。子供は単なる生徒ではなく宝ですから。
作者からの返信
光り輝く未来 さま
読んでくださってありがとうございます💕
>子供は単なる生徒ではなく宝
↑ 本当にそうだと思います。
マンモス校に空き教室は無いかも知れませんが
校区を小さくして、対応出来ると思うんです。
小規模校は合併合併で、スクールバスやスクールタクシーでの遠距離からの登下校が当たり前になりました。
それ程子どもは減っているのだから、先生の採用数も少なくなっています。
けれど、教育学部の定員はそのままの大学が多い。
大学も経営があるので、生徒の数は減らせない。
けれど、学校の数は減っていってるので、採用試験は狭き門です。
先生になりたい人が、なれない。
門戸を広げられたら、教員不足も解消すると思うんですよね。
もの凄い勢いで、発達障害の子ども達の為の特別支援の学校が建っています。それだけ、対象児童が増えているということです。
小学1年生に入学時点では、まだ分かっていなくても、学習が進むにつれて付いて行けなくなって、判明します。
担任は、色んな子ども達に合わせながら対応していかなくてはならない。
大変そうでした……。
少人数であれば、グレーゾーンの子も掬くい上げていけると思うんです。
そう思いました。
小学1年生の教室での考察への応援コメント
息子が小学校のトキ、担任教師が新卒のペーペーの娘だったのは驚いたわねぇ……
(⌒-⌒; )
アタシの子供の頃って、新卒教師はベテランの下で副担任からだったわよねぇ……
(;´д`)