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  • 第1話への応援コメント

    面白すごかったですっヾ(≧▽≦)ノ

    澪さんがこういう作品を書かれるとき、
    ヒロインの『目的性』をどこに置かれているのか興味がわきました(^▽^;)

    僕は『言葉による自傷』をする人物を書くときにけっこう悩むんです。
    その行為の目的はどこにあるんだろうって。
    村上春樹さんの初期の小説の中で
    「文章を書くことは自己救済の手段ではなく、自己救済のためのささやかな試みの一つに過ぎない」
    という一節があって、普段は概ねそれをトレ-スしているんですが(>_<)

    作者からの返信

    やった!やったー!ご感想ありがとうございます!!飛び上がって喜んでいます。面白すごかったとおっしゃって頂いて、大変光栄です。光栄の極み、天にも昇りそうな心地です。

    ヒロインの「目的性」、ですね……。むむむ、大変難しい、難しいご質問です。同時に大変鋭く、シャープなご質問でもあるとおもいます。

    そうですね、大枠のところで言うと春樹さんの「文章を書くことは自己救済の手段ではなく、自己救済のためのささやかな試みの一つに過ぎない」という部分と重なります。ただ本作を書いているときに大きく意識していた事がありまして、大前提として語り手とでもいうべきヒロインは強烈な自己嫌悪の持ち主でありながら、かなり強烈な自己愛者でもあります。そうでもなければここまで自己を細かく解剖しないと思っているので。ただ、喋る言葉も、喋る物語の型も正直他人の言葉なんですよね。言葉は伊藤計劃、物語の型は西尾維新の戯言シリーズ。どれほど自分の言葉で己を憎み、断罪しようにも、必ず他者の言葉を必要とする。他者の物語を必要とする。言わばミームの中でしか己を表現できない。そこから抜け出そうとするヒロインですが、それもまたミームの中に位置付けられる、みたいな。そんな事を意識して書きました。

    すみません、ちょっとご質問とはズレた回答になった気がかなりしてますが…。

    まぁ、一言でいうと、村上春樹的な自己救済の目的を掲げ、真に己の意思で己の言葉で自らを救済する事。言わばミームからの脱却です。ですのである意味では部分的には成功しつつ、ある意味では完全に失敗している、みたいな。

    すみません、長々とかたってしまいました。大変興味深いご質問に大興奮し、筆が止まりませんでした。大変温かいご感想に、素敵なご質問をありがとうございました!

  • 第1話への応援コメント

    高密度の呪詛。
    冒頭と最後の数行だけでも含意は通じるが、重要なのは全体を埋め尽くすこの量、このバリエーション。
    いや、重たいものを読ませていただきました。
    我が身を振り返りますw

    作者からの返信

    やったあ!ありがとうございます!ありがとうございますというのもなんだか語弊がある気もしますが笑笑。

    呪詛の塊をいつか皆様にお届けしたいと思っていたので、届いたようで何よりです,というのは流石に冗談ですが。書きたいところを拾って頂けて涙が出そうなぐらい嬉しいです。ありがとうございます!ヘビーさ全振りでお届けいたしました!

    内省もよかれあしかれって感じですね!