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第11話 考えるのを放棄への応援コメント
驚くべき、完成度と整合性。
人の根底に有る、単純だけど、深く重いテーマを掘り下げている。
内容にも感心する。
一語一句言葉を選びながら紡いでいる。
頷けるエピソードばかりなのだ。
特に琴線に触れたのが、普通の人と合わせるのに、笑って誤魔化し、やり過ごすというところ。
人の心は思い詰めるほど、毒々しい膿の様に肥大化していく、怪物の様な物。
どうやって折り合いをつけてやり過ごすかは、年月と経験が解決してくれるだろう。
もう少しだけ、阿呆のふりをして道化師の様におどけてみようじゃないか。
分かる人には分かるものだ。
棲みにくく居心地が悪いかも知れないが、普通=凡庸な世界もまんざらじゃないぜ。
自身が普通になる必要は全く無い。
俯瞰して冷静に観察すればいい。
斜に構えた傍観者になるのだ。
難解な言葉で、理論武装するのも良いだろう。
だが、言葉の重い鎧で自分を固めた時、相手からも自分からも見えなくなって、孤立して寂しい思いをしないだろうか。
強がっても人は一人では生きられないのだから。
だから日々、思い悩むのだろう。
答えは永遠に見つからない。
しかし先人や賢者に教えを乞うたり学ぶのはヒントになるだろう。
人を尊敬し、敬うことは悪くない。
毎日、アンテナを伸ばし、心のセンサーを敏感に張り巡らせると、愚者からも学ぶ事があると思うのだ。
作者からの返信
ここまで丁寧に読み込んでいただき、本当にありがとうございます!
「普通の人と合わせるために、笑って誤魔化し、やり過ごす」という部分を拾っていただけたのが特に嬉しかったです。
自虐や道化のような振る舞いは、自分を傷つけるものでもありながら、時には自分を守るための手段にもなっているのだと思います。
「もう少しだけ、阿呆のふりをして道化師の様におどけてみようじゃないか」という言葉、とても印象に残りました。
私はどうしても何事も深く考え、答えを出そうとしてしまうのですが、考える行為そのものに自分を苦しめることもあります。
だからこそ、あえて考えないことや、少し馬鹿になって笑ってみることも、生きていくためには必要なのかもしれません。
また、「言葉の重い鎧で自分を固めた時、相手からも自分からも見えなくなる」というお話にも、とても考えさせられました。
言葉は自分を守ってくれる一方で、使い方によっては自分と他人の間に壁を作ってしまうものなのかもしれませんね。
この文章を書きながら、自分なりに「普通とは何か」「自分らしく生きるとは何か」を考えていましたが、やはり綺麗な答えは出ませんでした。
もしかすると、おっしゃる通り答えは永遠に見つからないのかもしれません。
それでも、人の言葉や経験から少しずつヒントを拾いながら、生きていければいいのかなと思います。
「自身が普通になる必要は全く無い」という言葉も、ショウリョウバッタにはありがたく受け取らせていただきます。
素敵な感想をありがとうございました。
第5話 敷かれたレールへの応援コメント
大変、感銘を受けました。深く心に突き刺さりました。
私には出来ないです。強い人なんですね。
私は弱く、寂しがり屋で、根性がありません。
弱い自分を補う為に愛を語ってしまうのです。
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第3話 食パンの耳への応援コメント
3話まで一気に読んだ。
断片的に近い事を考える人が居るものだなと関心した。
私が未整理でおぼろげに思っていた事を具現化してくれている。嬉しく思う。
いねの様の真骨頂。
正にいねの様ならではの斬新なズキズキと痛みを感じる切り口と珠玉の言葉で綴られている。
いねの様にとって、言葉は崇高で大事な宝物だと感じた。
それは触れざれるべき、犯されざるべき、聖域(サンクチュアリ)なのではないか?
安易に語ってはいけない物なのではないかと。
僣越ながら、私は仲間になれるかしら。
少し肩の力が抜ければ良いですね。
いずれ、あなたに安らぎと平和が訪れる事を祈って居ます。
気付いてしまった不幸と気付かずにいる不幸。
どちらも幸せで不幸せかも知れません。
私は気付いてしまって良かったと思って居ます。
たとえ、それが茨の道でも。
こうして疎外感を感じながら長い年月を過ごして来ました。
一人ぼっちでずっと過ごして来ました。
心の拠り所になれたらきっと素敵だろう。
私はここに居ます。
偶然の出会いに感謝して居ます。
共に過ごす時間は一瞬で終わる事は解っています。
でも、かけがえの無い時間(とき)は永遠だろう。
お互い精進しましょう。頑張りましょう。
足りない、足りないと嘆く無かれ。
そうでは無い。
余計な物が多すぎるのだ。
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第13話 自己肯定感への応援コメント
私も昨日も同じ様な事を考えていた、今日も同じ事を考えている。そして明日も同じ事を考えるのだろう。
自分も心の浮き沈みが激しく、特に深い時は、自分で自分が心配になる。
足元は真っ暗で、目眩が暗闇を歩いているようだ。
あらゆる危険な障害物がある。
一瞬先、数秒先は闇だ。
誰も助けてくれないし、慰めにならないかも知れない。
人は変わる必要はないし、変われないものだ。
自分に誇りを持つことは生きる処世術にならないだろうか?孤高に立つ、自分は偉い、尊い、賢いと鼓舞するのだ。考えられる事は美徳だ。気付いてしまった者は尊い、選ばれし者なのだ。
例えば心のご褒美を貰った時は、スイッチを入れターボのブーストをアップするのだ。入れたままだと疲れるし、持たない。最大限に喜ぼう。オンオフを明確に。
いいことが有ったら、心底喜んだら癒しにならないだろうか?
昨日はとてもいいことが有った。
今日は更にいいことが有った。
束の間の幸せを余韻と共に生きるのだ。
ある部分だけでも、ほんの少しでも、自分の為になり、生きる上でプラスになる前向きな蘊蓄を述べる人に出会えたら素敵じゃないだろうか。些細なことでも。
心穏やかに、平安な日々と、日に一度でも心から笑って過ごせる事がある事を願って居ます。