第13話 一九五四年、あるいはそれ以後への応援コメント
こうして、国は滅んでいく。
それでも、人は生きていくのは救いなのか皮肉なのか……
作者からの返信
アゲハチョウさん、引き続き読んでいただきありがとうございます。
救いでも皮肉でもなく、ただ現実なのかもしれません。
物語を現代へとつなげるため、編入後の展開は一気に書き進めましたが、ダンザンの歩みを丁寧に追っていけば、その間にもきっとさまざまな出来事があったのだろうと思います。
編集済
第11話 一九四二年、供出への応援コメント
あの地獄の泥濘の中へ行ったのか。
機械が唸りを上げ、砲声が絶え間なく響き渡るあの戦場に……
……時代的に考えて、恐らく騎兵が活躍する最後の戦いの一つになりそうだ。
作者からの返信
アゲハチョウさん、引き続き読んでいただきありがとうございます。
調べてみるとWWⅡ最終盤でも騎兵突撃は意外と記録に残っているんですよね・・・
トゥヴァ騎兵が投入されたのはウクライナ西部のデラジュノ(Derazhno)近郊の戦いのようです
第10話 一九四一年、号外への応援コメント
ヨーロッパと太平洋が地獄になる中で、この国も例外ではいられなかった。トゥヴァという国が、どんどん消えていく……
作者からの返信
アゲハチョウさん、引き続き読んでいただきありがとうございます。
戦況が地獄のようになる中で植民地軍が編成された、という話は聞いたことがありました。しかし、実際に歴史を追ってみると、当然といえば当然なのですが、そこには一人ひとりの生き様があるんですよね。
兵士として志願するだけでなく、さまざまな形で戦争に協力する人々もいる。直接戦っていなくても、国家総力戦の影響は社会全体に及んでいく。そして、その戦争の中で国家そのものが消えていくこともある。
何とも皮肉な構図だと思います。
編集済
第8話 一九三七年、名を抜くへの応援コメント
遂に始まってしまった。
こうやって静かに隣人が『人民の敵』として消されていく恐怖は計り知れなかっただろう……
第7話 一九三六年、箱が来なくなる年への応援コメント
もう1936年。
恐怖政治と粛清の足音が聞こえ始めてしまったな……
第6話 一九三三年、切手の箱への応援コメント
「意見を持つことと、それを口にすることとは、別のことだ。お前も、そろそろ覚えたほうがいい」
↑後の歴史を考えると、何とも生々しい響きですな……
作者からの返信
アゲハチョウさん、引き続き読んでいただきありがとうございます。
自由な遊牧民族が共産主義に飲まれていく何とも言えないセリフを選んでみました
第5話 一九三二年、回収される冊子への応援コメント
赤い旗がはためく音が、徐々に近づいてきている……
作者からの返信
アゲハチョウさん、引き続き読んでいただきありがとうございます。
正に記載いただいた通りです。
【補足】
1920年代後半、トゥヴァ人民共和国の当時の首相ドンドゥク・クーラルは、仏教を国教化しようとするなどソ連からの独立路線(チベット仏教・民族主義路線)を歩もうとしていました。
これに激怒したスターリンは、モスクワの東洋共産主義者翻訳大学(KUTV)で学んでいたサルチャク・トカら親ソ派の若者たちを現地に送り込み、1929年にクーデターを起こさせました。ドンドゥクが後に処刑されると、トカは1932年にトゥヴァ人民革命党の書記長に就任し、事実上の最高指導者となりました。
第3話 一九三〇年、活字が届くへの応援コメント
震えるホーメイの音色は、本人なりの最後の抵抗だったのかもしれない……
作者からの返信
アゲハチョウさん、引き続き読んでいただきありがとうございます。
絵的に美しいかなと思って入れたシーンですが、そういう解釈もあるんですね。なるほど、面白いです。
第2話 一九三〇年、国立印刷所への応援コメント
また、進む時代に大切な文化が踏み潰されていく……
作者からの返信
アゲハチョウさん、引き続き読んでいただきありがとうございます。
実は、モンゴル文字は読み書きのできる人が限られていたため、ラテン文字の導入には識字率を向上させるという側面もあったんですよね。
第1話 一九二九年、版木が焼かれるへの応援コメント
何十年、何百年と受け継がれてきた伝統文化が権力者のエゴと時代の狂気に焼かれていく。
これほどまでに見ていて辛い気分になる光景は、そう多くはないはずだ……
作者からの返信
アゲハチョウさん、引き続き読んでいただきありがとうございます。
ソウダトイイデスネ……。
序幕 二〇一一年、ポル=バジンへの応援コメント
国が消えてメロディだけがあとから芽生える。
不思議な気分。歴史の気まぐれと呼ぶべきか……
編集済
我はトゥヴァ人への応援コメント
すごく良い曲ですよね。
中央アジアに広がる草原とそこに生きる人々の想いというものを感じられるんです……
作者からの返信
アゲハチョウさん、応援コメントいただきありがとうございます
聞いていただきましたか?堂々としてかっこいい国歌だと思います。
終幕 二〇一一年、摺るへの応援コメント
こんにちは。
とても楽しく読ませていただきました!
歴史のなかでかつてたしかに生きた人たちの物語のうえに、現代の私たちの物語もつながっていることをあらためて感じました。
ダンザンたちとともに悠久の旅をし了えたかのような、満足感と寂寥とが同居する読後感に浸っています。すてきな物語を、ありがとうございました!
作者からの返信
久里 琳さん、応援コメントをいただき、ありがとうございます。
舞台の珍しさに惹かれて書き始めた本作ですが、史実がどの程度集まるのかも分からず、手探りでのスタートでした。
それでも、いざ書き終えてみると、大国の思惑や歴史の大きなうねりに翻弄される小国や民族があり、その中でも、自分たちのアイデンティティを守るために懸命に奮闘していた人々がいたのだと、しみじみ感じながら執筆していました。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。
終幕 二〇一一年、摺るへの応援コメント
現在では存在しない国も、文化から産業への移り変わりも、情勢も、命も、なにもかもが諸行無常で、でもその移り変わる時にたしかに生きた人たちがいたのだな、と思うと、とても寂しく、でも暖かい気持ちになりました。
そして、こぼれ落ちていくものの中に、時間を超えて残るものもありますね。
浅学にして、トゥヴァ人民共和国という国が存在したことさえ知りませんでした。
物語の素敵なことは、知らないことに出会えるということですね。
どうしてこの国を題材にされたのだろうと、すごく興味深かったです。
作者からの返信
目 のらりんさん、応援コメントいただきありがとうございます!
今はもう無い国でも、そこには確かに人々の営みがあり、それぞれの思いがあった。
「諸行無常」という言葉を、僧籍にあったダンザンが還俗することで、かえって実感することになるというのは、何とも言えないところですよね。
実は私も、トゥヴァ人民共和国については、この作品を書くまでまったく知りませんでした。
YouTubeをぼんやり見ていたら偶然トゥヴァの動画が流れてきて、そこから調べ始め、調べながら書いているうちにどんどんのめり込んでいった、という感じです。
9/22の近況ノートに書いた通り、まさに、
『Hearts of Iron IV』でプレイできる最弱国。
そんなの、小説の題材にぴったりじゃないか。
書きたいから書く。
ただ、それだけ。
……くらいのノリで書き始めました(笑)。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!
第1話 一九二九年、版木が焼かれるへの応援コメント
こんにちは。はじめまして。
私の物語にお越しいただき、すてきなレビューまで寄せていただいて、ありがとうございました! 敵・味方である以上に人間を描いているとのお言葉、光栄です。
こちらの物語は時代・背景は異なりますが、地域的には近いところが舞台で、興味深く読ませていただいています。
一歩一歩ゆっくり地を踏みしめて歩むような綴られ方が、読んでいて心地いいです。
この先どのように描かれていくのか、楽しみに読み進ませていただきます。
作者からの返信
久里 琳さん、応援コメントいただきありがとうございます!
自分と同じようなテーマで書いている方はいないかな~と探していたところ、久里さんの作品に辿り着き、楽しく読ませていただいています。
こうして交流できて嬉しいです。
もしよろしければ、私の作品も楽しんでいただけると幸いです。
序幕 二〇一一年、ポル=バジンへの応援コメント
失われた国家の歴史と現代を交錯させる着眼点が非常に渋く、言語のニュアンスにこだわりを持つ主人公の丁寧な心理描写がいいですね!
作者からの返信
てっぺいさん、応援コメントありがとうございます!
こうして応援していただけるのが本当に嬉しいです。
渦中にいた過去と、すべての結果が分かっている現在。その両方から物語を描きたかったので、このような構成にしました。
引き続きお読みいただけると、とても嬉しいです!
終幕 二〇一一年、摺るへの応援コメント
ダンザンさんが長いあいだ守り続けてきた四つの品が、こうしてアイラナさんの手元まで残っていたのですね……。
由来も意味も失われて、大事なもの。という言葉だけが受け継がれていたのが、なんとも切ないです。
そして、木版の欠片にインクをつけて、実際に紙へ摺る場面がとても良かったです。
完全な図柄はもう分からない。それでも、不完全な印として確かに紙の上へ現れる。
失われた過去も、すべてを取り戻すことはできなくても、残ったものから辿っていけるんだなあと感じました。
「歌は、国よりも長生きすることがある」という言葉も、とても胸に残りました。
国は消えても、歌や言葉や小さな欠片は残り、それを受け取る人がまた現れる。
冒頭の2011年へ戻ってくる終わり方も、とても良かったです!
ダンザンさんが守ってきたものが、未来へ届いたようで、じーんとしました✨
作者からの返信
舞見ぽこさん、各話コメントいただきありがとうございます。
第1話の背景で革命政権内部の権力闘争によって現首相を排し、第10話ではソ連に協調して国家総力戦を行った政府が、最後の最後に、ソ連から与えられた国歌をトゥヴァの古い民謡へと変える。
その理由が、時を越えてアイラナさんにまで伝わったということは、革命政権が最後に行ったこの「ソ連の歌をトゥヴァの民謡へ変える」という試みは、意図した形で後世に残ったのだと思います。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。
第13話 一九五四年、あるいはそれ以後への応援コメント
ここで2011年のアイラナさんへ繋がるのですね……!
ダンザンさんがずっと守ってきた四つの品が、世代を越えて残ったのは嬉しいのに、その意味を知る人がいなくなってしまったのが切ないです……。
「大事なもの」という言葉だけが残って、理由は失われていく。
アイラナさんがこの四つから何を読み取っていくのか、気になります。
作者からの返信
舞見ぽこさん、引き続き読んでいただきありがとうございます。
妻や娘がその意味を知ってしまったら危ない、という状態は、結局ダンザンさんが亡くなるまで解けませんでした……。
このあたりになると、年齢のせいか、積み重ねてきた経験のせいか、ダンザンさんの雰囲気が少しずつオンダールさんに近づいていくんですよね。
第12話 一九四四年、編入への応援コメント
セレンさんが戻ってきた……!とほっとしたのも束の間、今度は国までなくなってしまうのですね……。
「僕の右腕の傷は、いったい、何のためだったのか」という言葉があまりにも重いです。
そして、国章の版木まで燃やされていく光景がつらい……。
ダンザンさんが麦の穂の欠片をひとつだけ残したところにも、胸が締め付けられました。
僧院、名前、セレンさんの目打ち、そして国そのもの。
手元に残るものが増えるほど、失われたものの大きさを感じます……。
作者からの返信
舞見ぽこさん、引き続き読んでいただきありがとうございます。
少数民族が参戦する理由は、経済的な困窮だけではなく、まさに11話でセレンさんが言っていたような「国があったから」という、アイデンティティの問題も理由の一つとして挙げられます。
だからこそ、それを懸けて参戦したのに、負傷して帰国できなかった仲間もいて、最後には国体を維持できないほどボロボロになった末に編入される――というのは、何とも形容しがたいものがあります。
第11話 一九四二年、供出への応援コメント
セレンさん、行ってしまうのですね……。
「戻ってきたら、返してもらいます」と目打ちを預けるところ、胸にきました。
木切れ、活字、そして目打ち。
ダンザンさんの手元に残るものが、少しずつ増えていくのが切ないです……。
どうか本当に、目打ちを返せる日が来ますように。
作者からの返信
舞見ぽこさん、引き続き読んでいただきありがとうございます。
ここ、実はダンザンさんも志願させるか迷いました。
ただ、遊牧民のセレンさんと違ってダンザンさんは騎馬に乗れないため、志願すると別部隊になるんですよね。
そこで今回は、ダンザンさんには目打ちを預かるという役回りをしてもらうことにしました。
第10話 一九四一年、号外への応援コメント
ついに戦争がダンザンさんたちの日常にも入り込んできましたね……。
宣戦布告という重い知らせを、まもなく使われなくなるラテン文字で組んでいるというのが、なんとも切ないです。
「これで、また誰かが、遠くへ行くことになるんでしょうね」というセレンさんの言葉も胸に残りました。
ここから印刷所やダンザンさんたちの暮らしがどう変わっていくのか、怖いです……。
作者からの返信
舞見ぽこさん、引き続き読んでいただきありがとうございます。
文字をソ連と揃えることがクレムリンによって決定され、その半年後には、トゥヴァ政府が独ソ戦への参戦を決定する。
セレンを含め、そこにいる一人ひとりが、何か嫌な予感をひしひしと感じている――そんなシーンにしてみました。
第8話 一九三七年、名を抜くへの応援コメント
名前を一行抜いて、残った人たちの位置までずれていくというのが怖いですね……。
「信じるか信じないかを、口にすることが、いまは一番危ない」というオンダールさんの言葉も重かったです。
そしてダンザンさんが、名前を失った活字を一本だけ持ち帰るところ……。
せめて自分だけは覚えておこうとする気持ちが、切なかったです……。
作者からの返信
舞見ぽこさん、引き続き読んでいただきありがとうございます。
オンダールさんも監督者の立ち位置ではあるものの、色々と抱えているものはあるんでしょうね。
第7話 一九三六年、箱が来なくなる年への応援コメント
切手の箱が届かなくなったことから、ここまで空気が変わっていくとは……。
「恐れていない者など、いまはいないでしょう」という言葉が重いです。
そして出てきた「編入」という言葉……。
何かが静かに終わりへ向かっている感じが、じわじわと怖いですね……。
作者からの返信
舞見ぽこさん、引き続き読んでいただきありがとうございます。
静かに終わりに向かうと思うじゃないですか。
実は、最初に投稿したときは本当に静かに向かっていたんですよ。
ところが、時代考証を進めて書きつつ、後から各話に挿絵を付けるための画像用の資料まで集めていたら……私が書いたストーリーより、史実のほうが悲劇的になっていまして。
仕方がないので、結構書き直しました。
第5話 一九三二年、回収される冊子への応援コメント
かつて版木を焼かれる側だったダンザンさんが、今度は自分の手で……😭
「焼く者と焼かれる者、その両方の場所に、同じ人間が立てる」というところが特に胸に響きました。
自分もいつ消される側になるか分からない空気も、じわじわと怖いです……。
作者からの返信
舞見ぽこさん、引き続き読んでいただきありがとうございます。
おっしゃっていただいた通り、だんだんと空気感が不穏なものになってきていますね。
かつて版木を焼かれる側だったダンザンが、今度は自分の手で……というところは、私もこの物語を書く上で意識していた部分です。
「焼く者と焼かれる者、その両方の場所に、同じ人間が立てる」というところまで受け取っていただけて嬉しいです。
第1話 一九二九年、版木が焼かれるへの応援コメント
版木が次々と焼かれていく光景がつらいですね……。
「木は逃げなかった。だが、今日、木は燃えていた。」が特に刺さりました。
そして師僧の「意味は、木の中にあるのではない。それを覚えている者の中にある」という言葉も胸に残ります。
僧院を追われたダンザンさんが、ここから印刷所でどんな道を歩むことになるのか気になります。
作者からの返信
舞見ぽこさん、引き続き読んでいただきありがとうございます。
焚書坑儒を思わせるシーンですが、背後ではソ連の思惑と革命政権内部の権力闘争が蠢いていました。
この時点の首相ドゥンドゥク・クーラル自身が、もともとはラマ僧出身の人物です。彼を失脚させるのと時を同じくして、ラマ僧や僧院も弾圧の対象になっていきます。そこには単純な「仏教対共産主義」だけではない、当時の政治的な事情がありました。
師僧の言葉は、私もお気に入りです。
第1話 一九二九年、版木が焼かれるへの応援コメント
凄く面白いです。
地の文が丁寧で、物語の世界観に引き込まれます。
その場所の匂いさえ感じられそうです。
じっくり読み進めていきます。
作者からの返信
モトキトモキさん、応援コメントをいただきありがとうございます。
フィクションを書いているはずなのですが、時代考証を重ねていくうちに、「こうきて、多分こうなって……えーと」と考えながら書いているので、自分が物語を書いているのか、それともトゥヴァの世界をできる限り忠実に再現しようとしているのか、時々分からなくなります。
もしよろしければ、ぜひ続きもお読みいただけると嬉しいです。
序幕 二〇一一年、ポル=バジンへの応援コメント
オヴァーをロシア語の一語に置き換えられないくだりがとても印象に残りました。
言葉だけではなく、その土地の祈りや暮らしまで一緒に残っているんだなあと感じます。
そして最後に出てきた曾祖父の古い写真……。
「一九三〇年前後、クズルにて」というわずかな手がかりから、何が見えてくるのでしょう。気になります……!
作者からの返信
舞見ぽこさん、引き続き読んでいただきありがとうございます。
文化も残っているには残っているものの、トゥヴァの中でも、結構方言などが分かれていて、すでに消えてしまったものも多いようですね。
それでも、何か惹かれるものがあるのか、調べてみると結構な数の研究資料が出てきます。
まだ近況ノートのほうに、挿絵と一緒にリンクを付けられていないのですが、彼らの文化の中でも「喉歌」はかなり独特なので、一度聴いてみる価値はあると思います。
我はトゥヴァ人への応援コメント
汀さま、はじめまして。
冒頭から「我はトゥヴァ人」という言葉の力がすごいですね……!
山や川、フーメイ、民族への誇りがまっすぐ伝わってきて、短い中にも強い熱を感じました。
静かな始まりなのに、これから失われていくものを予感させますね。
続きが気になります!
そしてこの場をお借りして失礼いたします。
先日は拙作にお越しくださり、嬉しすぎるレビューをありがとうございました!✨
温かいお言葉をいただき、大変励みになっております。心より御礼申し上げます!
作者からの返信
舞見ぽこさん、応援コメントをいただき、ありがとうございます!
魅力的な冒頭になるよう意識して書きました。
もしよろしければ、ぜひ続きもお読みいただけると嬉しいです。
終幕 二〇一一年、摺るへの応援コメント
今の我々も、こうして消えていった者達の上に知らず知らずのうちに立って生きている。
我々も、いつかは上に立たれる側になるのだろうか……
作者からの返信
アゲハチョウさん、最後までお読みいただき、大変ありがとうございました。
どうでしょうね。「上に立たれる」というのが何を意味するかにもよりますが、特定の地域に住めなくなったり、当たり前に手に入っていたものが入手困難になったりする、という意味なら、すでに起きていることなのかもしれません。
経済的・文化的な理由から、かつて日本人が多く暮らしていた地域でその存在感が薄れていくこともあれば、十年、二十年前なら比較的容易に手に入った最高級の肉や魚が、今ではお金を出しても国内では手に入りにくくなっていることもあります。
形は違えど、私たちもまた、時代の変化によって少しずつ何かを失っていく側なのかもしれませんね。