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  • 後編への応援コメント

    「自分はだまされない」と思っている人ほどだまされると言いますが、まさにその通りでしたね。

    人は失敗して成長するもの。過去の自分がしたことを冷静に見られるようになった「私」はもう大丈夫だと思いたいです。

    作者からの返信

    志草ねな様
    コメント、本当に有難うございます✨

    そうなんですよね。
    主人公自身も最初は「私は慎重だ」と思っていて、先生も「信じなさい」ではなく、むしろ「自分で考えなさい」「疑いなさい」と言ってくる。

    だからこそ、自分が影響を受けていることにもなかなか気づけなかったのかな、と思いながら書いていました。

    そして「もう大丈夫だと思いたいです」というお言葉、とても嬉しいです✨️

    完全に元通りになったわけでも、もう二度と迷わないわけでもないけれど、過去の自分も含めて受け止めながら、「分からなくても自分で考えてみる」ことが少しずつできるようになった。

    最後のクッキーには、そんな小さな回復を込めてみました🍪

    読んでくださって、ありがとうございます!

  • 後編への応援コメント

    先生は最初は

     自分で考えなさい。
     疑いなさい。
     他人の言葉を鵜呑みにしてはいけない。

    と言っていたのに、先生のところで働くようになった主人公は何も自分で考えられなくなってしまった。言われるままの規則正しい生活に、考える必要のない生活に慣れてしまった。

    進藤さんに「自分で考えなさい」と言われると腹が立ってしまうなんて、洗脳がなかなか解けなかったせいでしょうね。

    でも、本来の自分を取り戻し始めたようです。考えさせられるいい作品でした。

    作者からの返信

    変形P様
    コメント本当に有難うございます✨

    まさに先生の

    「自分で考えなさい」
    「疑いなさい」
    「他人の言葉を鵜呑みにしてはいけない」

    という言葉と、その結果として主人公が「自分で考えられなくなってしまう」という逆説は、今回とても書きたかったところでした。

    先生は「自分で考えなさい」と言いながら、実は何が起きても「これはこういう意味だ」と答えを与えてくれる。

    逆に進藤さんは、主人公が答えを求めてもなかなか教えてくれない。
    だから主人公にとっては、むしろ進藤さんの方が腹立たしいんですよね💦

    そして最後は、元の自分に完全に「戻る」というより、先生のところにいた自分も含めて自分だったと受け入れながら、これからのことを少しずつ自分で選べるようになる。

    そんな回復を書いてみたいと思っていました✨️

    丁寧に読み取っていただけて、とても嬉しいです。
    ありがとうございます!

  • 前編への応援コメント

    人の変化って怖いですね。
    私も、母からそういうメッセージがきたことは何度かあります。
    最初はただ心配しているだけかな、と思っていたのが、回数を重ねるごとに重いメッセージになってきて、私は距離を置きました。

    あの時離れたことが、今になって正解かは分からないですが。

    作者からの返信

    はるぱる様
    コメント本当に有難うございます✨

    ご自身の経験まで重ねて読んでくださったんですね✨️

    「離れたことが正解だったのかは分からない」という最後のお言葉が、今回書きたかったこととも重なるように感じました。

    人との距離って、後になっても「あれが絶対に正しかった」と言い切れないことがありますよね……

    今回の主人公も、最後まで何が正しいのかを完全に分かったわけではありません。
    それでも「今の自分はどうしたいのか」を少しずつ自分で決めていけるようになる。

    そんな変化を書きたいと思っていました✨️

  • 後編への応援コメント

     今まで信じていたものが「実は正しさの根拠なんかない」って思わされるのが怖いですね。

     改めて考えると世の中の大半って「洗脳」で出来てる部分もかなり多い感じありますし。

     その辺で行列して物を買う感じとか、あとは期間限定だとか安くなった感じだとか、色々と心理学的に刺激して購買意欲動かしてるのが実情だから。

     そういう「当たり前に受け入れていた洗脳」をリセットされて新しい価値観を植え付けられちゃうと、本当に何を信じて何を疑えばいいかってわからなくなりそうですね。

    作者からの返信

    黒澤 主計様
    コメント、本当に有難うございます✨

    まさに「何を信じて、何を疑えばいいのか分からなくなる」という部分は、今回すごく書きたかったところでした。

    先生が逮捕されて「悪い人でした。はい、洗脳が解けました」で終わるものでもないだろうな、と。

    それまで自分が「正しい」と思っていた基準そのものが崩れてしまったら、今度は夕飯を何にするか、箱を捨てるか、そんな小さなことまで「これで正しいの?」となってしまうのではないかと思ったんです。

    仰るように、普段の生活にも「なんとなく皆がそうしているから」「そういうものだから」と受け入れているものって、たくさんありますよね。

    だからこそ最後は、大きな正解を見つけるのではなく、
    「食べたいから食べる。そして自分で美味しいと思う」
    という、とても小さなところに着地させてみました✨️