第5話 勝たせてあげようへの応援コメント
海上保安庁が来るということは日本近海でしょうから、宇宙まで手が伸びるとなれば近隣国が余計なちょっかい出してきて意外と面倒かも、と世知辛いことも考えてしまいました(^^;)
作者からの返信
コメントありがとうございます!
確かに、現実的に考えるとそこはものすごく世知辛い問題になりますね(^^;)
領海や領空の話だけでなく、宇宙まで伸びて利用価値まで出てきたら、「この腕はいったい誰のものなのか」で国際問題になりそうです。
今回はそのあたりを全部すっ飛ばして、人類が妙に協力的に腕を宇宙開発へ転用してしまいました(笑)
そもそも書いている側も、巨大な手の怪異なのか、SFなのか、寓話なのか、宇宙トイレ開発物語なのか、途中から何を書いているのかよく分からなくなっていました。
現実を入れるほど世知辛くなり、現実を抜くほど寓話っぽくなる話だったのかもしれません。
第4話 出席番号十七番への応援コメント
時間感覚がまるで違うというところでしょうか。
まあそももそ一年が同じとも限りませんが(笑)
ただ、結局生活環境の時間に縛られるのではないかという気はしますね。
あくまで社会的な存在なら、ですが(w
作者からの返信
コメントありがとうございます!
そうなんですよね。そもそも一年の長さが同じなのか、社会生活があるなら結局その社会の時間に合わせるのではないか、と考え始めると、長命種の時間感覚だけでもかなり設定を詰められそうです。
今回は和泉様の作品のように緻密な世界設定を組んでいるわけではないので、「寿命が長ければ気も長くなるだろう」という、かなり一般的な長命種あるあるに乗っかりました(笑)
その結果、歓迎会は一年後、交際六十年は短期、世界史の先生は三百年前を実体験で語る、という方向へどんどん極端になっていきました。
社会そのものが長命種仕様なら、学校や仕事や締切がどうなっているのかまで考えると、また別の一本ができそうですね。
第4話 出席番号十七番への応援コメント
「先の大戦では」で応仁の乱の話をする京都人とか、4000年語る歴史の国の中で1848年からの市史が全てという上海人はある意味では異世界人に通じるのかも(^^;)
前者はネタ的な話ですが、後者はまあまあ本気らしいですので。
作者からの返信
コメントありがとうございます!
長命種族の世界史の授業は面白いだろうな、と思って入れたネタでしたが、地球上にも時間感覚が異世界じみている例があるのですね(笑)
「先の大戦」で応仁の乱はさすが京都という感じですが、上海の1848年からの市史というのも興味深いです。
歴史の長さそのものより、「自分たちにとってどこからが現在につながる歴史なのか」で時間の尺度が変わるのかもしれませんね。
そう考えると、作中の先生が三百年前を「このころは」と自分の思い出話で語り始めるのも、案外とんでもない異世界感ではないのかも……と思えてきました(^^;)
第3話 どちらでもいいことの神様への応援コメント
どうでもいいことを決めるというのは言い換えれば気づいたら何かが変わってるわけで。
実は本当はこういうことが起きていても気付かないかもですね。
そして動物園のたとえは私も面白いと思いました。
動物からすればどういう風に見えているのか。
何も考えていないのかも含めて、分からないですよね、実際。
作者からの返信
コメントありがとうございます!
確かに、変わったあとの世界ではそれが「最初からそうだった」ことになっているので、佐藤のような例外がいなければ誰も変化に気づかないんですよね。
実は現実でも山田さんみたいな神様がこっそり決めているのかもしれません(笑)
動物園の最初のお題は、私もかなり面白いと思いました。
ただ、私はそこで「このまま行くと哲学的な話になりそうだ。それは困る」と、なぜか認知症老人神様路線へ逃走してしまいました(笑)
でも「動物からは動物園がどう見えているのか」という種そのものには、全然違う広げ方がありそうですよね。
同じお題を別の人が書いたら、まるで違う作品になりそうで、それも面白そうだと思います。
第3話 どちらでもいいことの神様への応援コメント
言われてみたら、動物園にいるカバは「自分が展示されている」とは思わないでしょうし、飼育員の方が展示されていると思っているかもしれませんね。
そこからこういう話の広がりを見せるのはいいですね。
作者からの返信
コメントありがとうございます!
最初の「カバから見たら飼育員のほうが展示されているのでは」という種は面白いと思ったのですが、私自身、まさかそこから「どちらでもいいことを決める認知症の神様」の話に着地するとはまったく予想していませんでした(笑)
カバ→展示する側/される側→それを決めるのは誰か→神様→でも哲学的すぎるのは困る→認知症のおじいさん、と転がっていって、気がついたらカバが冒頭にしかいない話になっていました。
こういう、最初の種から想像もしなかった場所へたどり着くところが、AIとのセッションで書く面白さなのかもしれません。
第1話 もうひとつの人生への応援コメント
中国だと見ず知らずの人も結婚式などにどんどん誘うらしいので、普通にありそうですね(^^;)
日本はコンパクト化が進んでいるので、政治家以外はやらなさそうな感じも……
というか、昔、都議のイベントに呼ばれたことを思い出しましたが、あれは完全にボランティアですし、株式会社参列者の方が余程良いです( ̄▽ ̄;)
作者からの返信
コメントありがとうございます!
葬儀や結婚式への人の集まり方も、地域や立場によってかなり違うのですね。
この話ではごくオーソドックスな日本の葬儀を想定していましたが、冠婚葬祭やイベントへの「参加の仕方」そのものにも、いろいろな文化や事情がありそうです。
そして都議のイベントに呼ばれた経験がおありとは(笑)
完全ボランティアと聞くと、確かに株式会社参列者が急に良心的な会社に見えてきます。
少なくともこちらは三万円くれますので( ̄▽ ̄)
第2話 八月十二日への応援コメント
この世界……警察が特定日のどこそこ周辺の記憶を募集する(報奨金あり)とかやっていそう、とか思いました(笑)
作者からの返信
コメントありがとうございます!
確かに、この世界なら警察が「〇月〇日、この場所にいた方の記憶を募集しています」とやっていそうですね(笑)
目撃証言だけでなく、その時間帯そのものを買い集められるなら、迷宮入りする事件もかなり減りそうです。
そして「記憶に報奨金がつく」というのも面白いですね。
普段なら百円にもならない何気ない記憶が、事件が起きた瞬間に急に高騰する、とか。
本人が覚えていない背景の一瞬に、とんでもない価値が付くこともありそうです。
この設定、犯罪捜査ものにもかなり相性がよさそうです。
第1話 もうひとつの人生への応援コメント
なんか実在しそうな会社ですね……。
それが認識されるサービスに至ってると異様ですが、知らないでやってることはあるかも。
ただ、同時に故人の名誉を毀損する目的で運用されるかも……などと性格の悪さゆえにろくなことを考えませんでした(ぉぃ
ただ、そこから自分の父親を辿る話になっていくのは、多分AIだけではまず作れない流れだろうなぁ、と思いましたね。
作者からの返信
コメントありがとうございます!
故人の名誉毀損目的、確かにありそうですね(笑)
「別人生」が一般化した世界なら、当然そういう悪用も出てきそうです。そこまで行くとまた一本書けそうな気もします。
そして実は意外なことに、父親を辿る方向を強く推してきたのはAIのほうでした。
私はむしろ会社やサービスの仕組みのほうが気になって、そちらへ話を振っていたんですよね。
そこから父親の謎を追う話と、私が考えていた「死者が生きなかった人生を供える」という寓話的な着地が合流して、最終的にこうなりました。
どこまでがAIっぽくて、どこからが人間っぽいのか、わからないのが、このセッションで一番面白かったところかもしれません。
第6話 反抗期をはじめましょうへの応援コメント
あー、マジで藤崎竜先生の『WORLDS』という短編集に収録された『TIGHT ROPE』という作品を思い出しました。
AI(厳密には作中では違ったが)があらゆる行動を『提案してくれる』未来を描いた作品。
言い換えるなら、その世界の人々は自主性を失ってましたね。
やりたいことが分からなくなってる状態というか。
本作は最後にそうではない自我を手に入れてましたが、実際そのまま流れてしまう人が未来で出てくるのでしょうかね……。
作者からの返信
コメントありがとうございます!
『TIGHT ROPE』、私は未読でした。コメントをいただいてから調べてみたのですが、こんな作品が1990年頃にすでに描かれていたことに驚きました。
今回の話を書くきっかけになったのは、別に書いた「AIネイティブは『自分』を必要とするのか?」へのレビューでした。私はかなり思考実験のつもりで書いていたのですが、実際にAIネイティブの幼いお子さんを育てている方から、「時にはAIにNOを突き付けられる大人に育てたい」という、とても切実なレビューをいただいたんです。
私はむしろ、そのことに驚きました。私がSF的な問題として考えていたことが、もう現実の子育ての問題として始まっているのか、と。
そこから、本当にAIにNOと言える子どもを育てるには何が必要なんだろう、とAIと話し始めました。言葉や論理的思考力を育てればいいのか。でも賢くなればなるほど、AIの合理的な提案を理解して「確かにその通りだ」と納得してしまうかもしれない。
それでも人間には、「正しいのは分かっている。でも嫌だ」「理由はわからない。でも行く」ということがあります。そこから反抗期という発想にたどり着いて、この話になりました。
『TIGHT ROPE』では、人々が「やりたいこと」そのものを分からなくなっているんですね。今回の五歳児はまだ「わかんない。でも行く」と言えましたが、未来の子どもたちがずっとそう言えるのか。
和泉様のコメントを読んで、レビューをいただいたときに感じた問題が、30年以上前のSFとつながってしまったことに、もう一度驚いています。これは『TIGHT ROPE』、読んでみたくなりました。