2026年9月13日 01:19
自己の確立の価値への応援コメント
これはまた深いテーマですね……。私もAIについては色々考えてはいても、結局あくまで『ツール』としてしか考えていなかったですが、確かに『AIネイティブ』の人はそもそも思考の優先順位とかもそれまでと違う可能性もあるのか。何とも薄ら気味悪い、というのが正直な感想ですが……。ただ、その『選択肢の外側』というのは、おそらくAIには提示可能な選択肢でもあったんでしょうね。ある人が選択肢ABCではなくDを選んでも、AIなら4つどころか100個提示可能。ただ、『自力でDにたどり着くプロセス』に意味があるのかどうか、ということになるのでしょうが……。ただ、昔藤崎竜先生が書いた漫画で、あらゆる行為・行動をAIの指示に依存した社会があって、作中でAIが機能停止した際、本当に何もできなくなってましたから、そうなる恐れはあるのかもしれません。
作者からの返信
コメントありがとうございます!そうなんですよね。AIネイティブになると、AIを「ツールとして使う」という感覚そのものが薄れていくのではないか、というところから考え始めると、かなり妙なところまで行ってしまいました。そして「ABCではなくD」というところですが、実はここは書いた後にも考えていたところです。最初、私もAIとの会話の中で「100の選択肢にない101番目を見つける」という表現をしていたんです。でも、それでは結局100の続きなんですよね。今考えている「選択肢の外」は、Dや101を見つけることよりもっと広くて、「そもそもABCから選ぶ必要があるのか」「この問いの立て方自体がおかしくないか」、場合によってはまったく別の方向へ行ってしまうことまで含みます。もちろんAIが進歩すれば、「前提そのものを疑った案を出して」と言わなくても、そこまで先回りして提示するようになるでしょうし、さらにその外まで提示するかもしれません。ではAIがものすごく優秀になって、人間の「いや、どれでもない」まで先回りするようになったら、人間にとって未知とは何なのか。今はそこが気になっています。その場合、案外、実際に何かを経験することや偶然、他人との出会いなど、まだ起きていない現実のほうに「外」が残るのかもしれません。それとAIの機能停止は、確かに大きな問題ですね。今でも電気や通信が止まれば大変ですが、それでも「どうするか考える」主体は人間側に残っています。ところが思考や判断まで日常的にAIへ預ける社会になると、AIの停止は単なるインフラ停止ではなく、「自分で判断する機能まで一緒に止まる」ということになりかねない。便利さによって失われるのが技術だけならまだしも、「AIなしで考える習慣」まで失われると、文明としてかなり脆くなる気がします。考えれば考えるほど、AIの性能そのものより、人間の側がどう変わっていくのかのほうが気になってきました。
自己の確立の価値への応援コメント
これはまた深いテーマですね……。
私もAIについては色々考えてはいても、結局あくまで『ツール』としてしか考えていなかったですが、確かに『AIネイティブ』の人はそもそも思考の優先順位とかもそれまでと違う可能性もあるのか。
何とも薄ら気味悪い、というのが正直な感想ですが……。
ただ、その『選択肢の外側』というのは、おそらくAIには提示可能な選択肢でもあったんでしょうね。
ある人が選択肢ABCではなくDを選んでも、AIなら4つどころか100個提示可能。
ただ、『自力でDにたどり着くプロセス』に意味があるのかどうか、ということになるのでしょうが……。
ただ、昔藤崎竜先生が書いた漫画で、あらゆる行為・行動をAIの指示に依存した社会があって、作中でAIが機能停止した際、本当に何もできなくなってましたから、そうなる恐れはあるのかもしれません。
作者からの返信
コメントありがとうございます!
そうなんですよね。AIネイティブになると、AIを「ツールとして使う」という感覚そのものが薄れていくのではないか、というところから考え始めると、かなり妙なところまで行ってしまいました。
そして「ABCではなくD」というところですが、実はここは書いた後にも考えていたところです。
最初、私もAIとの会話の中で「100の選択肢にない101番目を見つける」という表現をしていたんです。でも、それでは結局100の続きなんですよね。
今考えている「選択肢の外」は、Dや101を見つけることよりもっと広くて、「そもそもABCから選ぶ必要があるのか」「この問いの立て方自体がおかしくないか」、場合によってはまったく別の方向へ行ってしまうことまで含みます。
もちろんAIが進歩すれば、「前提そのものを疑った案を出して」と言わなくても、そこまで先回りして提示するようになるでしょうし、さらにその外まで提示するかもしれません。ではAIがものすごく優秀になって、人間の「いや、どれでもない」まで先回りするようになったら、人間にとって未知とは何なのか。今はそこが気になっています。
その場合、案外、実際に何かを経験することや偶然、他人との出会いなど、まだ起きていない現実のほうに「外」が残るのかもしれません。
それとAIの機能停止は、確かに大きな問題ですね。
今でも電気や通信が止まれば大変ですが、それでも「どうするか考える」主体は人間側に残っています。ところが思考や判断まで日常的にAIへ預ける社会になると、AIの停止は単なるインフラ停止ではなく、「自分で判断する機能まで一緒に止まる」ということになりかねない。
便利さによって失われるのが技術だけならまだしも、「AIなしで考える習慣」まで失われると、文明としてかなり脆くなる気がします。
考えれば考えるほど、AIの性能そのものより、人間の側がどう変わっていくのかのほうが気になってきました。