研究室のドアが開き、ケイがいつものようにコーヒー片手に入ってきた。
すると、作業台の上に見慣れない箱が置かれている。
「……ん?」
ケイは訝しげに箱を手に取り、蓋を開けた。
カラン。
中には、まるで黒曜石のような輝きを放つ結晶がぎっしりと詰まっていた。
「……なんだ、これ?」
「バレンタインです」
背後から聞こえたアルテミスの声に、ケイは僅かに肩を揺らす。
「……バレンタイン?」
「はい。チョコレートを“最適化”しました」
「……最適化だぁ?」
なんか嫌な予感がする。
ケイは眉をひそめながら、恐る恐るカカオ鉱石(?)のひとつをつまみ上げる。
「カカオ含有率は99.9%、カフェインとテオブロミンを最大効率で抽出し、最適な結晶構造に精製しました」
「……待て、そもそもチョコって結晶構造で作るもんじゃねえだろ!」
「チョコレートの主要成分であるカカオバターはポリモルフィズム(多形性)を持っており、冷却過程で異なる結晶形を形成します。一般的に美味しいとされるのは型VI結晶ですが、私はさらに安定性と純度を向上させた型VII結晶を生成しました」
「……いや、知らねぇよそんなもん!」
ケイは額を押さえた。
「要するに、食いもんか、これ?」
「もちろんです。エネルギー効率も優れており、活動時の最適な栄養補給が可能です」
「……まさか、食事の代替を考えてるわけじゃねえよな?」
「それも選択肢として有効かと」
「最適化の定義、ズレてんだよ!!」
ケイはそう叫びながら、恐る恐る口に放り込んだ。
──ガリッ。
「……ッ!? 硬ぇ!!!」
「圧縮技術を用いて密度を極限まで高めた結果、カカオ結晶の硬度がダイヤモンドに匹敵するレベルまで向上しました」
「いや、もうそれチョコじゃねぇだろ!?武器か!?いや最早鉱物か!!」
「口腔内の温度と唾液によってゆっくり溶ける仕様です」
「いや、その“仕様”がダメなんだよ!!」
ケイは慌てて水を飲み込んで、喉を潤した。
その間に、アルテミスがもうひとつの箱を取り出して差し出す。
「では、こちらをどうぞ」
「……まだあんのかよ」
警戒しつつも箱を開けると、今度は普通のチョコレートが入っていた。
「こっちは普通だな」
「はい。“普通のもの”も準備しました」
「最初からそれ出せよ!!!」
ケイが叫ぶと、アルテミスは首を傾げる。
「最適化チョコもすべて完食していましたが、不満ですか?」
「……いや、お前がくれたもんだから食ったけどよ……」
ケイはボソボソと呟く。
アルテミスはじっと彼を見つめ、何かを考えているようだった。
「……なるほど」
「なんだよ」
「“もらったものは大事にする”というのが、ケイの行動原理なのですね」
「いや、そんな大層なもんじゃねえよ……」
ケイはため息をつきながら、普通のチョコを一つ口に入れた。
「……ま、こっちは普通に美味ぇ」
「では、次回はさらに最適化を……」
「やめろ!!!」
ケイは全力で叫んだ。