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仏教が王仁裔氏族の故郷たる百済より輸入された

『信濃古代史考』という本の、190ページに、

井上光貞は「王仁の後裔氏族の其の仏教――上代仏教と帰化人の関係についての一考察――」で、

文氏・武生氏・蔵氏を王仁の後裔氏族とし、王仁後裔を仮冒する氏族として、葛井・船・津氏をあげ、これらを総称して「王仁裔氏族」と称する。

そして、「王仁裔氏族の統率者である蘇我氏が衆に先んじて仏教を受け入れたという事実から、王仁裔氏族も又蘇我氏の如く衆に先んじて之を受け入れた」とみた、

と書いている。

206ページには、

河内と信濃で、長野氏と多氏(河内では志紀県主、信濃では金刺舎人)は同じ地や近辺に共に居住していること、そして、河内の長野に元善光寺、信濃の長野に善光寺があるのだから、この両氏が善光寺の創建に深くかかわっているとみて、大過ないだろう、

とあるが、長野氏の本籍は長野市芋井、傳田氏の出も長野市芋井。傳田氏は長野氏のなんらかの姻戚関係が合ったとみるのが普通ではないか?

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